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拍子抜けした田中県政の終焉

2006年09月13日 | 長  野  県  政

  村井当選ではなく、田中落選の感慨
   改革サボりの鬼っ子が田中知事

大勢が判明するのは深夜だろうと多くのマスコミが報じていたし、私もそう思っていた。6日夕刻、村井有利の情報が流れてきた。確認したら、それは午前中のもので、午後はほぼ同じになった─という情報も出てきた。
取材しているマスコミ記者たちも「正直どっちが勝つかわからない」と言っているものが多かった。ところが、午後9時20分ごろにはSBCが村井当確を打った。

これまでいくら叩いてもビクともしなかったものが、文字通り一夜にして崩れ去ってしまった。あまりのあっけなさに拍子抜けした。5万票差ぐらいで田中が勝つのではないかと思っていた。

結果はこの通りだ。

当選 村井仁  612725 票 
    田中康夫 534229 票   
78000票あまりも村井氏が田中氏を上回った。
投票率は前回(73・78%)を7・80ポイント下回る65・98%だった。
村井氏に浮動層がかなり乗ったのではないか。田中票が前回82万票からこんなに減るとは思わなかった。

こう考えれば合点がいく。前回田中氏が獲得した82万票の中には感度の高い票が含まれていた。それが今度は田中知事の問題性を見抜き、とりあえず村井氏に乗った。
せっかちな私は、遅々たる民意を侮っていたのかもしれない。

これまで6年間田中県政をウォッチしていたが、無理が通って道理が引っ込むことの連続だった。私の気持ちの中で負け癖がついてしまっていたようだ。こんな不合理が通るのか!ということがあまりに多かった。それは私だけの思いではない。もっと直接的に田中県政の被害にあっている人は数多くいるはずだ。

与えてはならない者に、与えてはならない権力を与えた結果の混乱が田中県政の6年間ではなかったか。よかったものなどなにもない。結果としていいことはあったかもしれないが、それはあくまでも結果論だ。派生して生まれた副産物のようなものだ。
田中康夫は人の上に立つべき人物でない。世の中には恐ろしい人物がいたもので、そして、そういう人物が一応作家として評価されていたのに驚いた。日本社会の危うささえ感じたものだ。

長野県庁や行政を見世物にした。田中康夫が巨悪だったら、問題ははっきりして追及しやすかったかもしれない。ところが生憎、小悪党でしかなかった。巨大な利権など目指そうとしても彼には無理だ。悪事を働くにもそれなりの能力は要る。悪党なりの信頼関係も必要だ。幸か不幸か彼にはそういうものはなかった。
田中康夫が何をしようとしたのかよくわからない。本人にもわかってないのではないか。ただ騒ぎを起こしただけだ。建前を論じるマスコミはそういえないだけだ。何かしら意義付けをしているだけだ。建前論の中で田中康夫は改革者を装っていただけだ。本質的改革をサボっていた日本社会が産み落とした鬼っ子が田中知事だったのだ。
我々が田中知事なるものから何か学ぶものがあるとすれば、反面教師として斯くあってはならないものの標本とすべきだろう。

私は元々田中康夫が嫌いではなかった。彼の社会時評の共感者でもあった。しかし、間近で見て、それは間違いで、長年騙されていたことのショックが大きかった。それが元でこんなことを6年間もやる破目になっていた。田中康夫が落選し、一応の決着がついたので人心地ついた。
人の悪口を言うのは気分のいいものではない。田中康夫と付き合っていると精神衛生上よろしくない。ある種の呪縛から逃れられるような開放感がある。今はまだ十分な実感がない。

 これから村井さんは大変だ
長野県政はこれから大変だろう。いちばんそれを感じているのは村井仁氏ではないか。問題は山積だ。ダムはどうする?高校改革は?県庁内の人事は?

村井氏に対する視線は冷たいものになるだろう。村井氏が勝ったのではなく、田中康夫が負けたのだから。田中知事を引き摺り下ろすことがとりあえず村井氏に期待されたことだが、勝ったとなればそれだけではすまない。いや、そもそも村井氏が本当に勝つなどと最初は誰も思っていなかったのではないか。
これから何かと田中知事と比較されるだろう。うわべだけ調子のいいことを言ってきた田中知事の後だけに、何をやるのも難しい。

深夜話した県議は「これから俺たちの真価が問われる」と言っていた。反田中県議はこれまでは田中知事を批判だけしていればよかったが、これからは責任ある県政を作っていかなければならない。

「大局的に見れば、何十万人もの下した結論には間違いはないということだろうね」ここ何年かの長野県政の選挙結果をみてその県議が言った。吉村県政から田中県政へ、そして村井氏へ─。巨視的に見れば有権者は賢い選択をしたことになる。


堕ちた犬は叩け─が世論の習性だ。これから田中批判は強くなるだろう。あれだけ無茶苦茶をやってきた田中県政だから、何もなしに終焉を迎えるわけにはいかない。いままで遠慮していたマスコミも田中批判を強めるだろう。いや、もう手のひらを反したように田中批判をし始めている。
遠慮していたのはマスコミだけではない。これから一波乱、二波乱あるはずだ。独裁の最後は平穏には終わらない。もうしばらくはこの活動を続けていく必要がある。

 

昨夜8時台からアクセスが増え始め、9時台には急上昇し一時間で1100を超えた。その後若干落ちたものの、深夜まで続いた。一日で5500を超えるアクセスがあった。もちろんこれまでで最高だ。普段は1500前後だ。日曜日は半分近くに落ちる。


田中落選の報が流れてしばらくして、これまで関わりのあった人や東京のマスコミ関係者数人から祝電めいた電話やメールがあった。私が当選したわけではないのだが、気持ちはわかる。



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