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小説『闇の中』

2009-11-09 13:11:01 | 短編小説

都月満夫

 

 

一月十五日、成人式の夜、茂木範夫は大学生の友人二人と飲んでいた。だが、彼らは社会人の範夫を残し、十時頃に帰っていった。

範夫も飲み過ぎていたが、冬の夜風が心地よくて、フラフラと歩いていた。七丁目界隈で『祇園小路』のネオンが赤く見えた。その中間辺りに『バー・水溜り』の行灯が、更に赤く見えた。足がその店に向かった。

「いらっしゃいませ。」

ドアを開けると、女たちの声と、店の暖気が範夫を包み込んだ。急に気持ちが悪くなって、店を出ようとしたが、金髪の女に抱えられ、無理やりボックス席に座らされた。

 

どれくらい時間が過ぎたのだろう。目覚めると、範夫は見知らぬ部屋のベッドにいた。

「あらっ、モーさん、やっとお目覚め…。」

赤いブラジャーに、白百合のパジャマズボンを穿いた、金髪女が範夫を覗き込んだ。

「モーさんって…。ここ何処?今何時?」

「私の部屋。一時過ぎ。背広のネーム見ちゃったの…。茂木さんって云うんでしょ。」

「ハイ。あの…上、着てくれませんか。」

「恥ずかしい?カワイイッ。でも、モーさんじゃ牛みたいね…。そう、モギーがいい。」

「…、そうかな。」

「カッコいいわよ、モギー。決めたわ。」

「いいよ、モギーでも何でも…。君は?」

「私はリリーって云うの。金髪のリリー。」

「リリーさんですか。面倒掛けて申し訳ありませんでした。店に入ってから記憶がないんですけど、吐いたりしませんでしたか。」

「大丈夫、ちょっとだけ…。」

「ああ、やっぱり…。ご迷惑を掛けて、本当に申し訳ありませんでした。」

「いいのよ。アンタ、タイプだもの。店に入ってくるなり、私飛びついちゃった。」

女はそんなことは全然気にしていない。

「ねえ、元気になった?今日、成人式?」

「ハイ、そうです。もう大丈夫です。」

「いいなぁ、成人式…。じゃあ、スル?」

…。じゃあスルって、何だ…この女…。

「スルって…、ナニを…ですか?」

「男がいて女がいて、スルことと云えばアレしかないじゃない。お祝いよ、成人の…。」

「ダメですよ。会ったばかりで、君のことも良く知らないし…。申し訳ないけど…。」

「へえぇ、真面目なんだ…。そうよね…。それが普通よね。私の勝手な一目惚れよ…。」

「君はとても魅力的で…、男の恥といわれるかも知れませんが…、今夜は帰ります。」

「じゃあ、私タクシー呼ぶ。直ぐそこの角に、公衆電話があるの。また来てね、絶対。」

「その格好じゃ…。自分で呼んで帰る…。」

範夫が言うより早く、女は白いふわふわのオーバーを羽織って、飛び出していった。

 

範夫は次の晩、『水溜り』に寄った。昨夜の女も気になっていたが、とにかく、ママに謝りたかった。ガソリンスタンドという商売は、どの客が何処で誰と繋がっているか分からない。そう先輩から教わっていたからだ。

ドアを開けると、嬌声と共に、昨夜の金髪女が飛びついてきた。

「来てくれたんだ。ママ、この人、モギーっていうの。リリーのお客さんだからね。」

範夫はママに、昨夜のことを謝った。

「あら、この子、謝りに来るなんて…。若いのに、今時珍しい。どうぞ御贔屓に…。」

店内は、ボックス席が五つに、カウンターが五席。濃い赤色で統一した小奇麗な店だ。

リリーは、範夫を一番奥のボックスへ案内し、鼻がぶつかる程、顔を近づけて言った。

 「やっぱり、リリーとシタかったんだ。」

 「露骨だな、君は。言葉は婉曲に使うと色っぽいのに…。私の心情を察して…、とか。」

「嫌だよ。そんな回りくどい言い方は…。」

 「まっ、君に、もう一度会いたかったことは、間違いないよ。本当に綺麗だから…。」

 ちょっと目じりが下がった、子供っぽいが端正な顔立ち。日本人離れのしたスタイル。脚の長さも然る事乍ら、お尻も胸も大きい。

リリーは、白のホルターネックのロングドレスで、肩や背中が露出している。裾サイドのスリットも深い。爪には赤いマニキュア。

ぷっくりした唇に引かれた、赤いルージュは、色白のリリーを、一層引き立てている。

他のホステスたちは、パンツが見えるほど短いミニスカートを穿いて、騒いでいる。

 「嬉しい、綺麗だなんて…。」

 「だって、本当に綺麗です。掃き溜めに鶴…。じゃあなくて…、水溜りに鯉ですよ。」

 「面白いわね。信じちゃうわよ、リリー。」

 「だけど、そんなに綺麗なのに、どうしてこんな店に居るんですか…。」

 「だったら、世界中に飲み屋は山ほどあるのに、何故、昨夜この店に来たんですか…。」

 「偶然、店の名前が面白かったから…。」

 「リリーも偶然この店に居たの…。こういう店で働く女には、みんな物語があるのよ。そんなことを聞くのは、野暮ってもんよ。」

 「そうですね…。失礼しました。」

 「今から、閉店までいると、お金が掛かるから、何処か別のスナックで待っていて…。」

 すっかり、リリーのペースである。

 「昨夜、モギーはリリーのこと、知らないからシナイって言ったでしょ。今夜、リリーの物語を話してあげる…。ネッ、野暮さん。」

 「じゃあ、十丁目の長谷部ビルの七階、スカイガーデンで待っています。そこのチーフがお客さんで、安くしてくれるので…。」

 「いいわ、そこで待ってて…。」

 

 「モギー、お待たせ…。」

十二時近くなって、リリーが入ってきた。

「あれ、茂木さん、こんないい女と知り合いなんだ。隅に置けないなぁ…。」

チーフの香川が、ニヤニヤして言った。

「そんなんじゃないよ。」

「あらっ、この店感じ悪ぅい…。」

リリーは範夫の腕をつかんだ

「それじゃあ、チーフまた来るから…。」

 

「モギー、ホテルへ行こうか?」

「えっ、行き成り…。直行…、ですか。」

「二人っきりで、話をしたいから…。モギーにリリーのことを、知って欲しいの…。」

リリーはベッドの端に腰掛けた。

「モギーは、そっちの端、接近禁止よ。話を聞き終わったら、抱いて…くれるかな…。」

範夫は言われた様に離れて腰掛けた。

「私の物語、…話すね。絶対に秘密だよ。

名前は、山本百合子。歳はモギーより一個上の二十一歳。パパは小学校の教師、ママも元教師。リリーは進学校の柏木高校に通学していた。ところが、リリーが高二の時、パパが、PTAの役員だった女とデキちゃって、パパとママは喧嘩ばっかりの毎日…。

リリーはそんな家が嫌になって家出…。

そして、お決まりのコースでヤクザのスケ(女)…。初めは優しかったわ。チンピラたちも、私のことを、姐さんって呼ぶし…。

 直に、私は店に出された。稼ぎのいい高級クラブ。まだ十七才なのに…。金髪のリリーの誕生よ。客は街の名士。偉そうな顔の狒狒爺と、腰巾着の猿。アフター(閉店後)の交際はお断り。私は、金で猿の餌なんて…、御免よ。名士で紳士なんて男は滅多に来ない。

一年後、私はアイツの子供を身籠った。アイツは火の様に怒った。『バカヤロー、お前にはまだ稼いでもらう。子供なんか産んでる場合か!』って、殴る、蹴るの暴行。子供は流産し、私は子供の産めない体に…。子供が産めない女って、悲しいよ…。誰に抱かれても、何回抱かれても、デキないんだから…。

別れるってアイツに言ったら、暴行が一週間続いた。それでも、私は諦めずに別れた。

それ以来二年近く、店を転々とし、日銭貰っては、一人キスグレル(泥酔する)毎日。

『水溜り』のママに拾われて、昨夜初めて店に出たの。これは運命の出会いかもね…。」

「運命かどうかは、分かんないけど…。俺にそんな物語は無いよ。一応話しとく。名前は茂木範夫。親父は製材工場の役員。何事も無く育ち、二条高校を卒業。何もすることが見付からなかったので、大学も行かずに、ぶらぶらしてた。そしたら親父に叱られて、知り合いの会社を紹介された。その会社に紹介されて、今の会社で働いている。サービスステーション、即ち、ガソリンスタンド…。」

リリーが傍らに躙り寄って、微笑んだ。

「リリーのこと、分かった?…スル?」

「うん。君は悪い女じゃなさそう。俺、本当は怖かったんだ…。宜しくお願いします。」

「女の私に、スルって二回も言わせて…。男の癖に、宜しくお願いします、なんて…。」

「すみません…。」

クスッと笑ってから、範夫のほうを真っ直ぐに見つめて、リリーは真顔で話を始めた。

「最初に謝っておくことが、一つだけあるの。絶対にリリーの裸は見ないで欲しい…。」

「えっ、それって、どう言う事ですか?」

「闇の中で行う、秘め事…。私、モギーには裸を見られたくないの。照明は全部消す。お風呂も一緒に入らない。シャワーも覗かないで…。本当にゴメンね。理由は訊かないで…。…でないとデキない。我慢してくれる。」

…。何故、どんな理由があるのだろう…。

「いいよ。リリーが嫌なら、我慢する。」

「シテる間に、毛布を剥ぎ取るなんて真似は、最低だからね。絶対に許さないから…。」

「しっ…しないよ。そんな卑怯なこと…。」

「じゃあ、リリー、シャワー浴びてくる。」

範夫は冷蔵庫のビールを飲んでいた。

リリーが白いバスタオルを巻き出て来た。

「モギーもシャワー浴びてきて…。」

範夫は言われた通り、シャワーを浴びて出て来た。照明は既に消されていた。ベッドサイドのスタンドだけが、ぼんやりと点っている。リリーはベッドに潜り込んでいる。

「リリー、反対側に移動してくれないか。俺、左利きなんだ。」

「あららっ、左利きの男はスケコマシ(女たらし)って云うけど、モギーも…。」

「違うよ、そんなんじゃないよ!」

「女は普段と違う所を攻められると、猛烈に感じちゃうのよね…。優しくシテ…ねっ。」

灯りを消し、範夫もベッドに潜り込んだ。リリーの、いい香りがした。二人は静かに唇を合わせた。柔らかい感触が、範夫の唇を押し返した。範夫は髪の毛に指を絡ます。上等な羽毛のような柔らかさが、掌をくすぐる。

「肌理細かい柔肌。君は天女のようだ…。」

範夫はリリーを抱き締め、耳元で囁く。リリーは堪らず、声にならない息を吐く。範夫は、暗闇で蠢く虫のように…肌を模索する。闇の中で、錯覚と妄想が渦巻く。雲のような柔肌の上、範夫はリリーの中に吸収された。

 

二人が、週に二、三度関係を持つようになって、半年ほど経った、七月の半ばだった。

「ねえ、私たち、何日一緒に寝た?」

「日数までは…。」

「リリーは、一日ずつ全部覚えている。」

そして、リリーは言った。

「もう、今夜から、モギーに会わない…。」

「えっ、何だい…、俺が嫌いになった?」

「違う!大好き。八月七日まで…。七夕の日、広小路を腕組んで歩きたいの。お願い。」

…。こんな金髪女と腕組んで歩いたら、目立って仕様が無い。どうするんだよ…。

「織姫と彦星みたいに、しばらく会わないで、七夕の夜会うって、ロマンチックじゃない。いいでしょ。お願い。一生のお願い…。」

リリーの目は真剣で、断る状況ではない。

「分かった。じゃあ…、七日の七時、西二条の角で待っているから…。」

 

その日、範夫は金髪に対抗して、派手な赤いポロシャツに白いズボン姿で来た。いくら探しても、リリーの金髪姿が見えない。

「茂木さん、茂木範夫さん。」

範夫は振り向いた。そこに、黒髪を結い上げ、藍と白の桔梗柄の浴衣を着た女がいた。紺の花緒が、色白の小股に切れ込んでいる。

「リリー?」

範夫は、思わず訊いてしまった。

「いいえ。私、山本百合子と申します。」

薄化粧のリリーが言った。厚化粧の下に、こんなに清楚な顔を隠していたなんて…。

「茂木範夫さんと、デートに参りました。」

「範夫と百合子、本気ってこと…ですね。」

百合子は笑顔でうなずき、腕を組む。浴衣の、身八つ口から覗く胸が、範夫の腕に触れる。温かくて、柔らかい。とても気持ちがいい。雑踏の中で我に返る。女の胸に触れている自分に赤面する。範夫が離れる。百合子はしなやかに身を寄せ、範夫の腕を抱え込む。

「ねえ…、恥ずかしいの?顔が赤いよ…。私、初めてなんだ、男の人と七夕見るの…。」

 

二人は食事をした後、ホテルに居た。今夜はしらふでシタイのだと、百合子は言う。

照明の消えた部屋。丁寧に唇を重ねる。至福の時が緩やかに流れる。闇の中の安らぎ。母の胎内で鼓動を聞くような穏やかさ。今…範夫は、本気で百合子を愛していることに、気付いた。目頭が熱い。次々と涙が溢れる。

「百合子…、ゆり…こ、愛し…てる…。」

震えて声にならない。百合子は何度もうなずく。深く息を吸い、静かに話しを始めた。

「昔、ママが言っていた。『女の体は丸くて柔らかい。女の心も同じ…。一方が傷つくと、もう一方も傷つく。優しい男を選びなさい。自分を大切にしなさい。』ってね。でも男は、土足で入ってきて、一人で何処かへイッテしまう。私だって感じたい…。女だって生きているって感じたいの…。でも、範夫は違う。いつでも優しかった。私を連れてイッテくれた。今夜も…、優しくシテ…。ああ…。」

百合子は、喘ぎながら、やっと、話した。

視覚の無い部屋。残った感覚の神経を研ぎ澄ます。皮膚の触覚で柔らかい肌を愛撫し、丸い女体を想像する。もう暗闇ではない。

範夫の脳裏に、白い完璧で美しい裸体がはっきりと見えている。照明など要らない。視覚では見えない、百合子の心の色までが、見えた気がした。塩辛い汗が、滲んでくる。花蕊の奥から蜜が溢れる香りが、興奮を誘う。

百合子の血管が痙攣し、息が激しくなる。「来てっ…、来てっ…、範夫早く来て!」

 

次の日、範夫は『水溜り』に行った。リリーは居なかった。ママが怒って言った。

「リリーなら、先月、アンタが来た夜で、辞めちまったよ。全く恩知らずな女だよ…。」

その後、リリーの行方は分からなかった。

 

四十年経った今も、百合に関係のある行灯を見ると、寄る習慣が付いてしまった。

今夜もそんな店を見つけ、ドアを開けた。

茂木より少し年輩の男が、カウンターで一人飲んでいた。ママは茂木の前に水割りを置くと、男の前に戻った。男が話し始めた。

「俺は昔、ヤクザだった。嫌がる女の左の内股に、無理に刺青を彫った。花札の『桜に花見幕』の刺青だ。女は三日三晩泣き通しだった。これで堅気の女には戻れないってな。

その後、傷害で二年、オツトメ(服役)した。出所後、直ぐに女を捜した。女は見つからなかった。その女に、惚れてたんだ。何処かで会えるかもって…、今は長距離貨物の運転手。今夜は雪だって予報だから、シバレルべなァ。冬は背中の刺青の墨が、皮膚の下で冷える。寒い夜は、心まで凍みるんだよ…。ママ知らないかな…、金髪のリリーって女。」

男は残っていた水割りを、一気に飲み干して、グラスをカウンターに置いた。

グラスの氷が崩れた。その哀しげな音は、冷たい涙のように、茂木の心に滲み込んだ。

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