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小説「潤子のパンツ」

2009-09-05 12:31:03 | 短編小説

都月満夫

本木辰夫、四十五歳、独身、一人暮らし、石油販売会社経理課長。今夜も残業である。

 

若い頃はガソリンスタンドに所属し、夜の街に、足繁く出歩いていた。

社内では夜の帝王と噂された。そのため、女性社員には見向きもされなかった。

 その頃、人の気持ちは、徐々に高揚していた。でも、まだバブルがプクプクと湧き始めていることに、誰も気づいてはいない。

会社では、社員の飲み会が頻繁に行われていた。接待と云う営業活動が、当たり前のように行われだしていた。会社の経費を使い、接待と云う名の下に、お金が夜の街にばら撒かれた。会社の経費が、夜のネオンを一層輝かしていく。そして、接待族と云う名の営業マンが誕生した。経費の水増しで、自分の懐を温める族さえいる。右肩上がりの売上に隠れて、接待費は増え続けた。酒の飲めない営業マンにとっては、辛い時代であった。

接待され、赤い顔で威張り散らす狒狒爺。赤くなってご機嫌をとる猿。伝票を見て、青くなる猿。狒狒爺と一緒に威張る猿。そんな天狗猿と眼鏡猿たちの、金を目当てに、御無理御尤もと、接待する夜の蝶。それは、光に集まる薄汚い蛾の群となっていく。ちょび髭の俄か社長が、雨後の筍のように生まれていた。時代は確実に、バブルへ向かっていた。

 

本木は、そんなバブルの膨らみ始めた頃、彼女と出会ったのです。

二十歳の頃です。会社の飲み会で連れて行かれた、二次会でした。「バー紙風船」という、小さな飲み屋です。そこで、威勢のいい彼女と出会ったのです。本木は彼女の気っ風のよさに、惚れ惚れしたのです。

「何だと、この助平親父。飲み屋の女だからって、半可臭いこと喋ってんじゃないよ。客だと思ってチヤホヤしてやればその気になりやがって…。金であたしのパンツ脱がそうたって、そうはいかんべさ。金でパンツ脱がしたいんなら、ちょんの間の店へ行きな。飲み屋の女が、みんな金で転ぶと思ったら、大間違いだ!さっさと出ていけ、助平親父!」

 助平親父が出て行くと、店内に拍手が起こった。常連の客たちである。

女は源氏名を「潤子」と云う。

 

それから一週間ほど経った頃、本木は「紙風船」を訪れた。

「あら…、又来たんだ。」

 あの潤子が、本木を覚えていた。

「あんた、一週間ほど前、会社の人たちと来てた人だべさ。あんた、歳幾つ?」

「二十歳です。」

「ダメだよ、二十歳でこんな店に一人で来ちゃ。碌な人間になりゃしないよ。」

「まあ、ここはあたしが居るし、安いからいいけど、他の店に行っちゃダメだよ。」

「ハイ、分かりました。」

 その日は、客が少ない夜だった。

「あんたの名前…、まだ聞いてなかったね。」

「本木です。本木辰夫。本屋の本に木と書いて本木、辰年生まれなので、辰夫です。」

「そんなに詳しく説明しなくても…。」

「すいません…。」

「辰年生まれで、辰夫か。昭和三十九年でしょ。だけど親も随分簡単な名前付けたね…。」

「いいじゃないですか…。そんなこと…。」

「あら、むきになって…、めんこいね。まだまだあんちゃだね。ところで、今夜は、どして一人で来たんだ?」

「いや~、ちょびっと恥ずかしいんだけど、こないだの、潤子さんのパンツの台詞が、あまりに気持ちよかったもんで…。」

「ああ、あれかい。あんなのは、当たり前だよ。最近は、勘違いしている狒狒爺が多すぎて、きもやけるよ。あたしらは、客の接待をして、楽しく、お酒を飲んでもらうのが商売なんだ。ちょっと金を持つと、誰でもモノにできると思ってる馬鹿たれが増えすぎたよ。ちょっと前までは、ちゃんと時間をかけて、口説いてくれたんだけどさ…。」

「そうですか…。潤子さんも口説かれたことがあるんですね…。」

「そりゃあ、そうだべさ~。こんないい女、口説かなかったら、男じゃないべさ。」

「へえ~。そんなに口説かれてるんだ。それで…、落とされたことは…?」

「あんたね、バカなんだか、素直なんだか知らないけど、はっきり聞くねぇ。そんなこと喋る女はいないよ。まともな女なら…。」

「じゃあ、落とされてはいないんですね。」

「だから、喋んないって、言ってるべさ!」

「はい、分かりました。落とされてはいないという事で…。あの…、こんなことを、聞いていいですか。潤子さんは、ボクとあまり年齢が違わないような気がしますが…。」

「バカ!ホステスだって女だよ。歳を聞くヤツがあるかい、本当に…。二十二歳だよ!」

「それじゃあ…、寅年ですか。随分若い時から、この商売をやってるんですよね。」

「そうだよ、十八からやってるんだ。近頃じゃあホステスの質も落ちたもんだよ。金があるって聞いて、すぐに転ぶ女がいるから、あたしたちまで、馬鹿にされるんだ。」

「あの…、ボク…、潤子さんと…。」

「何ごもくそ言ってんだ。ハッキリ喋んな。」

「潤子さん…、ボクとお付き合いをしていただけませんか?」

「えっ!何喋ってるんだよ。バカだね。口説く前に、口説いていいかって聞くヤツがあるかい。あたしは何て答えりゃいいんだよ。」

「すいません。口説くなんて…。お付き合いをして欲しいだけです。」

「何だよ、高校生みたいなこと言って…、ここが何処だか分かってるんだべさ。ホステスなんかと付き合っちゃダメだ。あんちゃ、ガソリンスタンドで真面目に働いてんだろ?だったら、素人の女と付き合いな。ホステスなんて、碌な女いないよ。」

「さっき、自分はまともなホステスだって喋ってましたよ。それと、女性に素人、玄人があるのですか?ボクはホステスと付き合うのではなく、潤子さんと付き合いたいのです。」

「なんだい、面倒臭いね。あたしは、ホステスなの。だから、あたしと付き合うと、ホステスと付き合ってるってことになるべさ。」

「だから、ホステスと云う職業の潤子さんと付き合えばいいんだべさ。ボクはスタンドマンの本木辰夫です。何処が…、駄目なんだべか…。潤子さんのことを、もっと、きちんと知りたいんですよ。それでいいべさ?」

「ママーッ、ちょっと助けてくださ~い!」

 潤子は、ママに助けを求めた。しかし、悪い気がしていた訳ではない。あまりに真面目な、本木の態度に、どう対処していいか困ってしまったのである。真面目に対処している自分にも、戸惑っていた。

「ハイハイ、どうなすったんですか?」

 ママは着物の襟元を直しながら、腰を振り振り、やって来た。

「さて、私はどの席に着けばいいのかな?」

「ママ、こっち、こっち…。」

 潤子が慌てて、ママの袖を引っぱった。

「おやおや、百戦錬磨の潤子さんらしくもない、こんなあんちゃんにお手上げかい?」

「ママ、違うんです。この人が、訳のわかんない事を喋るんで、困ってるんです。」

「どんなことを…。」

 ママは裁判長のように、二人の話を聞いていた。うーんと、腕組みをして、暫らく考えてこう言った。

「二人のことなんだから、二人で考えな。」

「ママ、そんな…、助けて下さい…。」

 潤子は、もう泣きそうである。

「それじゃあ、私から二人に、なんぼか質問してもいいかい?」

「ハイッ!」

 二人は同時に返事をした。

「おや、随分気が合うじゃないか。」

「ママ、冷やかさないで、真面目に…。」

「あんちゃん、あんたは…。」

「ママ、あんちゃんじゃなく、本木君です。」

「おやっ、そうかい。潤子も、その気がないでもないようだね。じゃあ本木君、あんたはどして、潤子と付き合いたいと思ったの…。もう一度あんたの口から喋っとくれよ。」

「はい。先週、会社の人と来たときの、潤子さんの、助平親父に言った台詞がスカーッとして…。青竹をスパッと縦に割った時、パチーンと飛沫が散ったような爽快さ。もう一目で参りました。あの人は、どんな人なんだべって、気になってしまって…。それで、今夜勇気を振り絞って、やって来たって訳です。」

「いいじゃないか。純粋に潤子が気になったんだろう。どうだい潤子、本木君には、パンツを脱がせようなんて下心は無いようだよ。」

「ママさん、そんなパンツを脱がせるとか、脱がせないの、問題じゃありませんから。ここです、胸の問題ですよ。」

「胸の問題?あんた、あたしのパンツではなくて、オッパイが目的だったのかい?」

「違いますよ。言い方を間違えました。心の問題、気持ちの問題ですから…。」

「ほらー、ママ、オッパイが目当てとか、ケツが目当てとか、はっきり喋ってくれりゃ、こっちも喋りやすいのに…。気持ちって…。」

「なんだい、潤子も案外、がんたれだね。嫌いなのかい、この本木ってあんちゃんが…。」

「嫌いか、好きかって聞かれたって…。」

「ああ、じれったいね。だから、本木君はお付き合いして欲しいって、言ってるんだろ。言っとくけどね、本木君、潤子は男嫌いで通ってるんだ。パンツの紐は固いよ。私が知ってる限り、お客さんと、出来たって話しは、聞いたことがないからねぇ。」

「どうして、あなた方は、最後にはパンツの話に持っていくんですか。」

「おや、本当にパンツを脱がせる気は無いのかい?それも、潤子としては、ちょっと微妙な感じになるね。女としては…。」

「うん…。」

 こないだの、たいした元気は何処へいったのか、すっかり別人のような、潤子だった。

「潤子さん。潤子さんの本名を教えていただけますか?」

「半可臭いこと聞くんじゃないよ、本木君。本名なんて名乗れないから、この商売の女たちは、源氏名ってヤツを使うんだよ。」

「そんなこと知ってます。だけど、ボクは潤子さんの、本名を知りたいんです。」

「困った人だね。潤子の気持ちが、分かってきたよ。相手するのも、ゆるくないよ。」

「広末八重子…。柏高校卒業です。」

「広末八重子さん。柏高校卒業ですか。進学校じゃないですか。」

「おや、喋っちまったのかい、潤子。私のほうが、何だか混乱してきたよ。」

「ママさん。あなた方がパンツにこだわっているので、お答えします。」

「答えるってさ。潤子も、聞いときな…。」

「ボクが、潤子さんの本名を、知らなかったから、話がややこしくなったのです。ボクは潤子さんと付き合いたいのではないのです。」

「何だって…。さっきから散々、潤子と付き合いたいって、喋ってたべさ…。」

「話しを、最後まで聞いてください。ボクの付き合いたいのは、広末八重子さんと云う、職業が接待業の女性です。」

「分かったかい?潤子、接待業だってさ…。」

「うーん、何と無く…。」

「それで、パンツの話は…。」

「ママ、そう先を急がないで下さい。仮に八重子さんが…。」

「ああ、潤子がどうしたんだい。」

「待って下さい。僕は潤子さんではなく、八重子さんの話しをしているんです。ボクだって、男ですから、八重子さんのパンツに興味がないわけじゃありません。」

「よかったね、潤子。興味あるってさ。」

「ママさん、少し黙っててもらえるべか。」

「はい、はい。私は呼ばれて来たのに…。」

「八重子さんが、ボクと付き合って、ボクを好きになったとします。その逆もあります。ボクが八重子さんを嫌いになることです。だけどそれは、現時点で可能性が低いので、想定外とします。八重子さんが、ボクを嫌いだと言われれば、僕は諦めます。」

「どうなんだい、潤子。好きなのか、嫌いなのか、はっきり喋っちゃいなさいよ。」

「待ってください、僕の話は終わっていません。八重子さんとボクの交際が順調に進行したとします。後は極普通の展開です。ボクは八重子さんの手を握る。そして、キスをする仲になります。やがて二人は、男女の仲になる。それではいけませんか?」

「それじゃあ、脱がしたんだか、脱がされたんだか、はっきりしないべさ。ねえ、納得いかないよね、潤子。」

 そんなこんなで、二人の付き合いが始まりました。

 

 バブルは急激に膨れ上がり、夜の街は狒狒爺と、天狗猿、そして尻尾を振って付いて回る、眼鏡猿の群で溢れていきました。

潤子はそんな狒狒爺や天狗猿のことを、ハゲと呼んでいました。本木の伝票は、そのハゲたちのところへ回されます。

本木は一銭も払わず、潤子がハゲから巻き上げたチップで、閉店後を楽しんだのです。

そうそう、八重子はパンツに関しては、純真無垢な少女のように、臆病でした。

 

初ホテル入館の日は突然やってきました。「ホテル…、行こうか。」

 ある夜、八重子が誘いました

「えっ、どうしたのさ、急に…。」

「だって、あたしたち、付き合ってるのに、辰夫だって、したいべさ。」

「そりゃ、したいけど…。」

「絶対に笑わないでね。笑ったり、驚いたりしたら、別れるから…。」

 先ず、辰夫がシャワーを浴びました。その後、八重子がシャワーを浴びました。

「今、出て行くから、笑うんでないよ。」

 そう言って、八重子が素っ裸でドアを開けました。見事な肢体です。白い肌に、程よい肉付き。申し分が無い裸体でした。上から視線を下ろしていくと、彼女は無毛症でした。

「笑わないの?あたし…、パイパンなのよ。」

「別に…。なまら綺麗だべさ。」

「あたし、高校の修学旅行で、お風呂に入って散々笑われたの。パイパンって…。それ以来、人前でパンツを脱げなくなって…。」

「でも…。それは、恥ずかしくないよ。日本人の偏見だ。欧米人は体毛が濃いので、年頃になると、皆陰毛を剃るんだ。女性の陰部は愛情交換に、なまら大事なんだ。男は唇でそこを愛撫するのさ。そして、欧米人は入浴をあまりしないべ。だから、雑菌繁殖防止の目的もあるのさ。日本男性には、最近までそこは、ただ挿入するだけの場所だったから…。

貝の上に裸婦が立ってる、ヴィーナスの誕生って絵、知ってるべ。アレだって陰毛は描いてない。ほかの有名画家の裸婦の絵だって…。君は素晴らしい身体で生まれたんだよ。」

 二人が交際を始めて、二年が経っていた。本木は童貞で、八重子は処女であった。

 

「浴室から裸で出て来たのだから、パンツは脱がされていないし、脱いでもいない。」

 未だに、八重子はそう喋って譲らない。

 

 本木は、事務所の時計を見上げた。

「ああ、もう九時過ぎか…。桜の時季なのに、花冷えか…。八重ちゃん酒場に、おでん食いに行くか…。八重ちゃんの玉子、美味いからな…。八重子も寅年の強情張りだし…。悔しいけど、辰年のオレから、今夜…、話を切り出すか…。」

 

 

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