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小説『ママは外国人』

2011-04-12 09:28:44 | 短編小説

都月満夫

 

 

 

 ここは北国の港町。漁港近くで、スナックを経営する外国人のママさんがいます。

 

 この町に店を出して、三年ほどになりました。以前は都会でお店勤めをしていたとの噂です。十八歳で来日して、十年余りになるというママさんは、日本語を上手に話します。

 

 彫りの深い顔立ち。青い瞳に長い金髪。透き通る白い肌。造ったように均整のとれたボディーライン。背の高いママさんです。

 

 開店当時から、漁港の男たちは大騒ぎでした。ママの虜になる男たちが続出です。毎晩通うお客様までいて、お店は大繁盛です。

 

 男たちの中には、妻もいる、子供もいる男も何人もいます。でも、彼らの妻たちは、高を括っています。

 

「外国人の女に、手を出すような甲斐性はないべさ。」と…。

 

 「イラッシャイマセー。」

 

 ハスキーな声は、少し男っぽい感じがします。そこが、また男たちの心をくすぐるようです。明るい笑顔で、大和撫子以上に気配りが行き届きます。そんなママさんに、男たちは、子犬のように尻尾を振ります。外国人のママさんは、漁港には美しすぎるようです。

 

 ハイテク機器の発達により、廃止間近の霧笛の音が、夜の港に虚しく響きます。霧の中で叫ぶ、男たちの心の声のようです。

 

 

 

 ゴメが騒いだ夜でした。みんなが帰った後でした。一人の漁師がママに言いました。

 

 「ママ、オレと付き合ってくれないべか。オレは漁師で金は無い。だけど、ママを想う気持ちは、魚が網から溢れるほどの大漁のつもりだ。浮気心じゃない。本気だ。いいべ。」

 

 ママも心密かに、憎からず想っていた男でした。いつも、一人で店に来ては、黙ってお酒を飲んでいる男です。おしゃべりは苦手のようでした。でも、ママが話しかけると、緊張して、真面目に応える純朴な男でした。

 

 そんな、今まであったことのないタイプの日本人に、ママは好意を持っていたのです。

 

 「本気なのですネ。」

 

「嘘で、こったらこと言えるか…。」

 

「本当なのですネ。それなら、ママは、やめテ…。マリリンと呼んでいいワ…。」

 

 漁師と外国人ママは恋に落ちました。

 

 それからというもの、恋なんてしたことの無い漁師は夢の中。漁港の漁師仲間に、二人の噂はたちまち広がりました。

 

 「結婚するべ。」

 

 「嬉しいワ。とてもハッピーヨ。あなたを愛しているヨ。でも…、結婚は、まだヨ…。」

 

 「オマエなしじゃ、生きていけないべさ。」

 

 「私だって、あなたと同じ気持ちヨ…。」

 

 

 

 ママには結婚出来ない理由がありました。それは、彼にだけは、絶対に知られたくない秘密です。彼が本当に愛してくれていると思うからこそ、知られたくないのです。秘密はひとつではありません。ママはいくつかの問題を抱えています。

 

 もし、彼が私の秘密を知ったら、彼の想いは変わるかもしれない。変わるに決まっています。でも、真実を伝えなくては、本当に愛し合うことなどできません。

 

 そんな事を考えて、食事も喉を通らない毎日が続いています。考えては溜息です。

 

『溜息をつくと、幸せが逃げていく』と、日本へ来て教わりました。でも、どうしても溜息が出ます。何も手に付きません。

 

 来日して十年以上が過ぎています。

 

 当然、何度か恋をしました。最初の頃は、たくさんの男たちが言い寄ってきました。

 

しかし、彼らは、外国人がもの珍しくて、ただの興味本位の男たちでした。ママの男を見る目も変わりました。

 

でも、今回の彼の想いは、これまでとは違うように感じます。これ程までに純粋に、自分を愛してくれる人と、出逢った事はない気がします。彼は興味本位ではありません。外国人としてではなく、女性として愛してくれています。

 

愛する彼と暮らす為には、全てを告白しなくてはなりません。でも、それができないのです。今のママは、そんな幸せを手にできるような境遇ではないのです。

 

 

 

 そのうえ、ママには、既に違う男がいるのです。一緒に暮らしてはいませんが…。一緒に生きてきました。 

 

 その男は、ママが違う男に恋をしていることを知りました。しかし、男にとっても、ママは大切な人です。

 

 そんなママが、他の男と恋に落ちた。店が終わってからも帰宅しないママ…。

 

 男はじっと待っています。海が白けて、ゴメが騒ぎ出す頃に、ママは帰って来ます。

 

 男は黙って、ママを迎えます。ママは男に目を合わさずに、小さな声で言います。

 

 「ただいまヨ…。」

 

 そして、黙ってベッドに潜り込みます。

 

 男は煙草に火をつけ、煙を深く吸い込みます。吸い込んだ煙を、ゆっくりと吐き出します。細く長く吐き出します。それは、男とママの関係のように、頼りなく、ゆらゆら揺れて消えていきます。

 

 ママを失いたくない。愛している。でも、ママは別の男に夢中です。どうしたらいいのか…。男も一日中考えています。

 

 愛しているのに、交す言葉さえない毎日です。交わす言葉が見つからない毎日です。

 

 気まずい日々が続きます。いっそ、男と別れてくれと頼もうか…。いや、出来ない。そんな未練がましいことは出来ない。ママに嫌われるかもしれない。男の心もまた、少年のように純粋でした。

 

 ママを他の男に渡すくらいなら、いっそ二人で死のうか…。もうこの世に未練などないさ。いや、未練はあります。自分はママを愛しています。愛するママの命を奪うことなど出来ません。絶対に出来ません。自分は一生ママと生きていきたいのです。

 

 

 

 男はある日、ママに聞きました。いつものように、明け方に帰ってきたママに…。

 

 「噂の男が好きなのか…。オレよりずっと好きなのか?」

 

 ママは黙って頷きました。

 

 男とは来日して三年目に知り合いました。悪い男に騙されて、ひどい目にあっているところを、助けられました。

 

そのとき、男はママの全てを知りました。知りながら、男はママと密かに生きてきました。一緒に生きてきた男を、自分は裏切っている。自分は日本で生きていくために、男を利用してきたのだろうか…。いや、そんなことはない。好きだった。好きだからこそ、七年間、共に生きてきた。

 

 でも、自分の全てを知っている男と、自分を女として愛してくれている漁師と、どちらか一人は選べない。

 

 男は警察官。男の転勤と一緒に流れ歩いた歳月でした。男はいつも、別に部屋を持っています。妻子はいませんが、職業柄、ママとの関係は公には出来ません。店は男が借りてくれました。今まで何とかやってきました。男は、ママの全てを知り、ママを愛し続けてきました。

 

 「私、分からないヨ、本当に好きなのは誰なのか…。もう少し、待ってくださいヨ…。」

 

 「待てないよ。このままの状態では待てないよ。オレも辛い。辛いよ…。」

 

 男は決断しました。

 

 「オレ、もう、ここへは来ない。だけど、オレはオマエを諦めない。決して諦めない。」

 

 そう言って、男は出て行きました。ママは部屋を出て行く男を、黙って見送るしかありません。ママの目から涙が零れ落ちました。訳もなく、涙が溢れ続けました。彼の煙草の匂いだけが、部屋に残りました。

 

 

 

 「結婚するべ。もう待てない。」

 

 漁師は有頂天。親も親戚も猛反対です。でも、そんなの関係ない。自分はママを愛している。きっと幸せにする。

 

 漁師にとって、ママの答えは意外でした。

 

 「私は、あなたを愛していますヨ。でも、結婚は、もう少し考えさせてヨ…。」

 

 「なしてだ。理由を言ってくれ。親も親戚も反対してるさ。だけど、いいんだ。オレはオマエと結婚したいんだ。いいべ…。」

 

 「お願いですヨ。結婚の話、しないで…。今は一緒にいたいヨ。あなたのこと、もっともっと知りたいヨ…。駄目ですか?」

 

 ママの必死の頼みです。漁師は了解しました。いつか、きっと決断させる。もう、焦ることはない。ママは自分の網の中にいる。

 

 

 

 一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎ、三ヶ月が過ぎました。自分の彼女は外国人。とても美しい外国人です。

 

 腕を組んで歩くと、町の人がジロジロと、二人を見つめます。

 

 「あんな金髪女と腕なんか組んで、はんかくさいんでないかい…。」

 

 「誰か、言ってやれよ。そのうち捨てられるって…。」

 

 町の漁師たちは噂話でもちっきり。港のゴメのように、うるさく騒ぎます。でも、そんなことはお構いなし。男は幸せでした。噂をされればされるほど、幸せでした。みんな、本当はオレのこと、羨ましいんだ。

 

 漁師仲間で、親や親戚は肩身が狭い。確かに、四十近い漁師の嫁に来る女性は少ない。だけど、よりによって、外国人の女性なんかと…。親戚は親に、苦情を言います。

 

 「何とかしろよ、みっともない。クミアイ(漁業組合)にも行けないべさ。」と…。

 

 

 

 漁師は、再び彼女にいいました。

 

 「結婚するべ。もう十分オレのことは分かったべ。結婚して、子供をつくって、幸せに暮らすべ。このままじゃダメだべ。」

 

 ママは、とうとうこの日が来たことを思いました。でも、秘密は言えない。彼を愛しているから…。この秘密だけは言えない。

 

 「結婚は出来ないのヨ。愛しているは、本当ヨ。でも、結婚は出来ないヨ。私は、子供が産めない身体なのヨ…。」

 

 そう言って、ママは涙ぐんだ。

 

 「そうか…、子供が出来ないのか…。悪かった。オレが悪かった。知らなかったんだ。ごめん…。子供なんか…、出来なくてもいいさ、だから…。」

 

 「もう、それ以上…、言わないでヨ…。」

 

 

 

 ママは黒海とエーゲ海に囲まれた国から、密入国で日本へ出稼ぎに来たのです。警察官の男はそれを知っています。ママの本当の名前は、ムスタファ・ユセフ。男なのです。

 

 ママは性適合手術を受けた男性なのです。お金がかかりました。そのために、お金を稼ぎに日本に来たのです。

 

 警察官の男は、彼の全てを知っている。漁師は彼を女として愛してくれている。

 

私は女なの…。女として愛されたい。だから、漁師の純粋な愛が何より嬉しい。でも、打ち明けられない。自分は不法滞在者。打ち明けたら、きっと、結末は見えている。打ち明けることなど、できない相談なのです。

 

どうしたらいいのか、彼は女として、悩み続けていたのです。

 

 

 

 そんなある日、警察官の男が、開店前のお店にやってきました。

 

 「少し…、やつれたな。」

 

 「どうしたのヨ…。何故、来たのヨ。」

 

 男は黙って封筒を差し出しました。

 

 ママは受け取り、中を見ました。パスポートと航空券が入っていました。パスポートは偽造です。男が、中国の偽造グループから、万一の為に航空便で取り寄せていたのです。

 

 「早く逃げろ。入国管理局が、オマエに目を付けた。すぐに発て…。」

 

 「何故、私を助けるのヨ…。」

 

 「理由なんかどうでもいいさ。言うとおりにしろ。後の始末はオレがするから…。」

 

 ムスタファ・ユセフは、何とか出国しました。男がパスポートに使用した名前は、メレッキ・ユセフでした。『メレッキ(Melek)』とは、『天使』と言う意味です。

 

 

 

 ムスタファ・ユセフが出国した日、港に最後の霧笛が鳴り響きました。船の安全を守り続けてきた役目を終えたのです。

 

漁師は女に逃げられた男として、漁師仲間の笑いものになりました。でも、彼はママが男だったことは知りません。自分が愛した女として、きっと忘れることはないでしょう。霧笛が人々の胸に焼きついたように、彼は、ずっと、ママを忘れないでしょう。

 

 

 

その後、男は警察を辞めました。彼は密出国幇助の罪で、五年の懲役刑を受けました。執行猶予はつきませんでした。

 

男は獄中生活で、一日も彼女のことを忘れたことはありません。男はマリリンを彼としてではなく、彼女として愛していたのです。

 

彼として愛されているというのは、マリリンの思い過ごしだったのです。

 

 刑務所の中で、男は毎日手紙を書いていました。男はマリリンに宛てて、出す宛てのない手紙を書き続けたのです。辞書を傍らに置き、彼女の母国語で毎日手紙を書きました。

 

 彼女に日本語を教えた。しかし、彼女の国の言葉を覚えようとはしなかった。今彼女を失って、彼女の国の言葉を覚えるのが、彼女への想いを伝える手段です。

 

オレは諦めないと言った。いつかきっと彼女に会える。会わなければならない。彼女を探すために言葉を覚えなくてはならない。必死でした。服役中に四十を過ぎた自分には、未知の外国語を覚えることは大変でした。

 

でも、辞書を見る回数が減っています。刑期の残りも減ってきています。ここを出るまでには、辞書を見なくてもいいように…。

 

 

 

 ようやく刑期が終わり、釈放の日が来ました。五年ぶりに見上げる塀の外の空は、青く輝いていました。眩しく輝いていました。

 

 彼は刑務官に一礼して、歩き出しました。

 

歩き出した先に、白いドレスを着た女が立っていました。彼は一目見るなり叫びました。

 

「マリリン!」

 

二人は走りより、固く抱き合いました。もう二度と離れない。もう二度と離さない。そんな想いがぶつかりました。

 

「ブラーダ・ニチン(Brada neden?=何故ここにいる?)」

 

「私、国に帰ってから、分かったのヨ。私を本当に愛していたのは、あなたヨ。私を天使だなんて…。あなたに謝りたくて、帰って来たのヨ。手術した時は、女性の身体になっただけで満足だったヨ。でも、あなたが好きだから、あなたの愛してくれた、マリリン・ユセフとして、正式に女性になったのヨ。でも、あなたは、私のために捕まっていたヨ。私、刑務所を探したヨ。お店を転々として、やっと見つけたヨ。四年間、この町でスナックをやって、待っていたヨ。どうしても謝りたかったヨ。私は、あなたを愛しているヨ。」

 

性同一性障害者の性転換手術については、彼の母国、いえ、もう彼ではありません、彼女の母国、土耳古(トルコ)では、一九八八年に、合法化されています。性転換した者に対して、年金や失業手当などを保障し、そしてパスポートを新しい性に変更ができるように、法律を制定しているのです。

 

「エヴリーク(Evlilik=結婚しよう)。マリリン!」

 

 

 

 

 

※この小説は、ある人のブログを題材にし、許可を得て書いたものです。ありがとうございました。

 

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8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
やっぱりそうだったのですね。 (きままなマーシャ)
2011-04-12 16:16:17
やっぱりそうだったのですね。
元は男性だったのですね。
よかった!
彼女が同じ想いに気づいて。
ハッピーエンドでホッとしました^^
ありがとうございます。
きままなマーシャさん (都月満夫)
2011-04-12 16:59:33
きままなマーシャさん
ありがとうございます。お読みいただいて、感謝です(^^/
したっけ。
都月さん こんばんは♪ (柴犬ケイ)
2011-04-12 22:00:10
都月さん こんばんは♪

フィクションで実話の話ではと思い読みました。
柴犬ケイさん (都月満夫)
2011-04-13 09:44:36
柴犬ケイさん
ありがとうございます。
したっけ。
凄い (みゆきん)
2011-04-13 22:42:05
凄い
゜+.(○´∀`ノノ '`゜チ'`゜チ喝采
みゆきんさん (都月満夫)
2011-04-14 10:51:07
みゆきんさん
あなたにそう言って貰えて、本当によかった。
したっけ。
都月さん、こんばんは。 (maririn)
2011-05-22 01:03:29
都月さん、こんばんは。
愛の形も、色々ですね。[E:heart03]
マリリンが人間的にも魅力的だったんでしょうね。
でもその魅力は、性同一障害を克服したからこそ、人間的にも磨かれたのでしょう。内面の美しさが、溢れ出ていて、元警察官の男性の魂を揺さぶられたんでしょうね。
元警察官も犯罪者になって、5年間も、マリリンへの思いを極められて、人を愛する幸せを感じていたのでしょうね。保険設計のように、型にはまった人生だけが、理想だとは思わないし、自分の気持ちに素直に生きる人生の方がどれだけうらやましい事か・・・

マリリンは新たな恋の途中に、悩みながら気づいたんだと思う。新たな恋の初めは、自分が可愛かったら、自分の全てをなかなか出さないし、恋愛経験豊富であれば、告白のタイミングをコントロールできる余裕を隠していると思う。


純粋な漁師は、有頂天で人を愛する幸せに酔っていて、たとしたら、幸せのパワーをマリリンから受けとっていたのかしら。[E:heart04]

最後まで告白しないマリリンの優しさとずるさ・・・
それも、自分に素直な生き方かも知れないですね。
★maririnさん★ (都月満夫)
2011-05-22 10:10:42
★maririnさん★
いつも丁寧に読んでいただいてありがとうございます。
マリリンと警察官、そして漁師。愛するものと、愛されるもの。愛し方と愛され方。三人の中で幸せだったのは誰なのか?そして、男と女とは何なのか?
そんなものを書いてみたかった作品です。
したっけ。

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