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小説「「七夕・隣の客」(原稿用紙30枚)

2009-07-07 10:24:51 | 短編小説

「七夕・隣の客1

 

都月満夫

 

七夕祭の夜であった。街は小さな子どもを連れた夫婦、若いカップル、女学生たちで溢れていた。浴衣姿の若い女性が、祭りをいっそう華やかにしている。北海道の七夕は八月七日に行われるので、今夜は浴衣では少し肌寒いかもしれない。

帯広では広小路商店街のアーケードの下に笹飾りが飾られる。西二条通りから大通りまでの商店ごとに飾り付けの審査が行われるので、それぞれ趣向を凝らした笹飾りで毎年市民を楽しませている。

本来は、牽牛星と織女星が年に一度しか会えないという悲しい故事にまつわる中国の節句であるが、今は、七夕は若い恋人たちや、子どもの小さい親子にとっては幸せに満ちたイベントなのだ。

私も家内と付き合っていたころや、子どもたちが小さかったころは、毎年七夕を見に来ていたものである。最近は、子どもたちも成人し、家内も街に出ることが億劫らしく、家族で七夕見物をすることはなくなった。

 

今夜は、取引先の食品メーカーの担当者が札幌から来ていて、食事をして別れた後である。私は久しぶりに笹飾りの下を一人で歩いていた。すぐに家に帰ろうと思っていたのだが、歩いているうちに七夕の雰囲気をもう少し味わいたくなった。そして、会社の同僚と時々行く、スナック「マリリン」に寄った。

ここは団体客の多い店なので、広い店内にはボックス席が八席ほどと十人ほどが座れるカウンターがある。カラオケのステージが真ん中にあり、ダンスフロアーもある。もともと個人客はあまり来ない店なので、イベントの夜にしては空いていた。カウンター席はほとんど満席であったが、ボックス席には五人ほどの客が一組だけであった。時間がまだ九時前のせいかもしれない。

「あら、サーさん、久しぶり、元気だった。」

ママがすぐに声をかけた。小柄で元気のいいママは、多分私と同じくらいの歳かひょっとすると少し上かもしれない。気さくな彼女は会社の女性社員にも「梨恵ママ」と呼ばれていて評判がいい。

「今日はお一人…?」

「一人じゃ…、ダメ?」

「そんなことないわよ。」

「七夕なのに、空いていますね。」

「うちは駄目なのよ、こういう日は…。団体さんが入らないから。」

「そうだね、最近はみんな家庭サービスに忙しいから…。」

「こちらにどうぞ。」

ママはカウンターの奥から二番目の席に私を案内した。

「ここでいいかしら、こんな奥で…、ごめんなさい。」

私が席に着くと一番奥にいた男が顔をかすかに傾け、ギョロリと私を一瞥した。男は小柄で小太りであった。白髪混じりの髪は短く刈り上げていた。歳は六十を過ぎたあたりであろうか。一見して、あまり係わりたくないタイプの職業の男のように感じた。

私は軽く会釈をして、ママに生ビールのジョッキを注文した。

「お一人で来るなんてめずらしいわね。」

「会社の取引先と食事をしたんだけど、笹飾りの下を歩いていたら、急に織姫に会いたくなってね。」

「それじゃあ、サーさんが彦星ってこと?」「私が彦星では図々しいって叱られるかな。」

「そんなことないわ。こちらのほうが、年を取った織姫で申し訳ないわよ。」

ママが笑った。

「ところで、ママ、織姫星と彦星の話、どんな話か、ちゃんと知ってるかい?」

「そういえば、年に一度しか会えないってことくらいしか知らないわね。サーさんは知っているの。」

「知ってますよ。」

「あらら、まずいこと聞いちゃったかしら。また、ウンチク話が始まっちゃうわね。いいわ、今日はお客さんもあんまりいないから、じっくり聞いてあげるわよ。本当に変なことに詳しいんだから。で…、どんな話。」

「嬉しいね。最近、会社でも家でも、誰も話を聞いてくれないんだよ。話を聞いてくれるのは梨恵ママくらいだよ。」

「そうね、サーさんの話は無駄な知識ばかりで役に立つ話はほとんどない…失礼。でも、今夜は七夕だし、聞いてあげるわ。」

「ありがとうございます。そもそも織姫と彦星という言いかたは日本の名前で、中国では織女と牽牛という名前なのであります。ですから、本日は中国名で話しをさせていただきます。あっ、その前に、七夕の語源から話さなくては…。」

「七夕の語源って…。何でそんなこと知っているの!」

「まあまあ、聞いてよ。そもそも七夕は、しちせきと読み五節句の一つで七月七日の夕方…の意味なのです。では、何故それがたなばたになったのか…。

この話が中国から伝わる以前に日本には、旧暦の七月十五日、新暦の八月中旬に、収穫祭、盂蘭盆が行われていて、『棚機女(たなばたつめ)』と呼ばれる巫女が、水辺で神の降臨を行う『禊(みそぎ)』と呼ばれる農村儀式があったらしいんだよ。

その『棚機女』と『織女』と『七夕』が混同され、七夕をたなばたと、読むようになった、というんだけどね…。だから、北海道で七夕を八月行うってほうが本来の時期に近いってことだよ。」

「そうね。それと、私たちが子どもの頃、川から柳の木を切ってきて短冊を作ったり、折り紙を折ったりして飾ったわよね。それって水辺の行事らしくて笹竹なんかにに飾るよりいいじゃない。最近は家庭で七夕飾らなくなっちゃったけど…。」

「本当だなぁ…。柳のほうが笹より風情があるかもしれない…。まぁ、ここら辺には笹竹が生えていないという事情もあるんだろうけど…。いずれにしても近頃は護岸で川岸に柳の木なんか生えちゃいないよ…。」

「今の子どもたちは、季節感を体感できなくて可哀想ね。商店街の行事としか思ってないかもね…。」

ママがしみじみ言った。

「そうだなぁ。子どもの頃、母親と飾りを作ったり、短冊を書いたりして結構楽しかったよなぁ…。今でも覚えているよ。」

「今の母親は忙しいから…。そんな余裕ないんじゃない。」

「ママ、昔を懐かしむってことは、二人とも歳をとった…ってことかな。」

「あら、いやだ。私は、まだ若いわよ」

私たちは顔を見合わせて苦笑した。

「七夕伝説のはなしに戻っていいかい。」

「はいどうぞ。」

ママがおどけた調子で返事をした。

「織女は天帝の孫娘の七人姉妹の一人で、姉妹は皆、機織の名手だったそうです。天帝の娘って説もあるけど…。孫娘ということで話をするよ。」

「昔は、兄弟姉妹が多かったからね。」

「ほらまた、昔の話に戻るんだから。続けるよ。牽牛は、天界と銀河で隔たれた人間界に住んでいた若者で、一頭の年老いた牛を連れていた。毎日、畑仕事をしながら、一人寂しく暮らしていたそうです。毎日毎日仕事に追われているなんて、私にそっくりだなぁ。」

「そうね。若者じゃないけど。」

「私だって昔は若者だったこともあったよ。」

「そうよね。私にだって若くて綺麗なころがあったんだから。」

ママが笑った。ママはいつも笑っている。

「ある日、その年老いた牛が人間の言葉で牽牛に話しかけるんだよ。」

「牛がしゃべったの。」

「うん。話だから。『もうすぐ、天帝の七人の孫娘が銀河に入浴に来るから、その時に彼女たちの羽衣を隠してしまいなさい。そうすれば天女の一人を妻にできます。』ってね。」

「七人の女性の入浴を覗くってこと?」

「そうだな。私もそんなチャンスに廻り会いたいもんだよ。七人のヌードだぜ。」

「そんなチャンスなんかないわよ。覗きじゃない。犯罪で捕まるわよ。」

「そりゃあそうだけどさ。とにかく牽牛は彼女たちが来るのを岸辺に隠れて待っていた。暫くすると天女たちがやって来て入浴を始めたそうです。そこで、牽牛は織女の羽衣を持って逃げ出しました。」

「天女ってことは、みんな美人なんでしょうね。天女の不美人って聞いたことないもの。」

「そうだろうな。私だったら、羽衣を持って逃げ出すなんて忘れて覗いているかも…ね。」

「そうよね。男はみんなエッチだから…。」

「とにかく、牽牛は羽衣を持って逃げ出したんだよ。当然ほかの天女たちは慌てて自分の衣を羽織って、天界へ逃げ帰った。織女だけが羽衣がないので取り残されてしまった。」

「裸で男の前に取り残されたってこと?」

「そうそう。しかも、牽牛は織女に向かって『自分の嫁になれば羽衣を返す。』といって結婚を強要し、織女は恥ずかしさのあまり承諾してしまうんだよ。」

「いやな男じゃない。軟禁状態よね。」

「今の女性だったら、男の頬っぺたの一つもひっぱたいて、羽衣を取り返して、天界に帰っちゃうんだろうな。」

「そうよ。当然よ。」

「それじゃ話にならないよ。とにかく二人は結婚して、牽牛は畑仕事、織女は機織に精を出して、仲良く暮らし、男女一人ずつの子どもを授かる。今で言えば、天女と人間のハーフってとこだな。」

「女はそういうことに弱いのよね。一緒に暮らせば情が移っちゃうから。」

「そうかな。今はそんなことないんじゃないの。最近そんな女性いるのかな…。」

「そんなことないわよ。私は情のある女よ。」

「梨恵ママは別だよ。」

「ありがとう。」

 ママは少しすました素振りで横を向いてから、吹き出すように笑った。

「とにかく、二人は仲良く暮らしていたんだけど、天帝がこのことを知って激怒し、織女を天界に連れ戻してしまうんだよ。」

「子どもたちはどうしたの。」

「牽牛と人間界に残されてしまったんだな。」

「普通は、親権って母親のほうが優先するんじゃないの。母親にとって、子どもと引き離されるのが一番辛いのよね。」

「生々しい話だな。当時は家庭裁判所がなかったからね。でも、牽牛は子どもを天秤棒で担ぎ、天界へ織女を追いかけて行ったんだ。」

「いいとこあるじゃない。」

「追いかけて行ったんだけど、天帝が銀河の水を巻き上げ高い波を作って、銀河を渡れなくしてしまったんだ。」

「それでどうしたの。」

「牽牛は柄杓で銀河の水をすくい始めるんだよ。すると子どもがそれを見て、手伝い始める。泣かせる話だろう。」

「本当ね。子どもにとって母親は何より大切ってことよね。」

「それを見ていた天帝が感動して、鵲(かささぎ)に命じて、翼を並べて銀河に架け橋を作らせた。年に一度だけ、七月七日に、その橋の上で、会うことを許したという話さ。これは蛇足ですが、今は鵲っていうのはカチガラスのことなんだけど、その頃はアオサギのことを、そういったらしいんだよね。だから結婚式場にアオサギの絵が描いてあったりするわけだよ。愛し合う二人を結びつけてくれる縁結びの鳥としてね。

  松に鶴なんておめでたい代名詞のように、鶴の絵が飾ってある結婚式場があるけど、鶴の足構造では松に止まれない。誰かが勘違いしたんだな。」

「あ、そう…、でも松に鶴の方が多いわよ。」「それで最近離婚が多いのかな…。」

「でも、天帝も心が狭いわね。完全に許してあげればいいのに…。」

「そこが、天帝の辛いところさ。人間と結ばれたことに対する怒りと、孫娘に対する愛情との板ばさみで苦しんだあげく、妥協案で天帝としての面子を保ったってことだろうな。」

「男って面倒な生き物だわね。」

「そうだよ。男にとって面子は大事なことだからね。」

「でも、その話って、悲恋物語ではないわよね。牽牛は職女を略奪したわけだし、天帝は孫娘の幸せより自分の面子を選んだわけだから、結局、男の身勝手の話じゃない。」

「そうだな。男の身勝手だよな。昔は男社会だったから、こんな話が悲恋として伝えられたんだろうけど…。確かに男にとっては、折角手に入れた嫁さんを奪われたんだから、悲恋かもしれないけれど…。女性にとっては、悲運っていうか、ただの迷惑な話だってことだなぁ。」

「そうよ。男の身勝手だわ。」

他愛もない話のつもりであったが、意外な方向に話が進んで、ママが少しむきになったので会話が途切れた。

 

※ブログの文字数制限のため第二部に続きます

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3 コメント

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一人一人顔が違うように、人生経験も千差万別で、... (maririn)
2009-07-12 03:21:07
一人一人顔が違うように、人生経験も千差万別で、どこかで関わり合った時の流れの中で、忘れられない記憶があるとしたら、自分に正直にiなれる心を省みた方がいいのかもしれない・・・

その男性は当時の感情より、もっと冷静に、また当時の彼女に対して素直な気持ちが見えてくるのかもしれない・・・

彼女の一生は、幸か不幸かは彼女しかわからないし、人生、死ぬほど本気で好きになれる男性に巡り会え、好きな男性と一緒にいた想い出に浸りながら、若くして短い女の生涯を終えたけど、男性との関係は彼女の一生の中で一番輝いていたような気がする。

人生長くやっていると、若い頃の失敗も含めた恋愛の中で、当時の辛い悩み事が、うそのように開放されている事に気付く事があります。

でも今の自分があるのは、過去の積み重ねなわけで、自分を好きになるほかありませんね。

な~んて恋愛に悩みはつき物。その男性も当時は、潤子に対して恋愛感情を抱いていないと、断言したとしても心の奥底では、その男性にとって、潤子は可愛い女だったのかもしれないですね。
恋愛感情が存在したから、過去の記憶がよみがえったのかもですね。

その男性はプライドの高い男性なのかも。。。
(^_-)-☆
とても魅力的な記事でした!! (履歴書の封筒)
2011-11-23 14:31:39
とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。
★履歴書の封筒さん★ (都月満夫)
2011-11-23 16:03:33
★履歴書の封筒さん★
ありがとうございます。
本当に気に入ってくれたのならとても嬉しいです。
したっけ。

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