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小説『人殺し』

2014-08-01 06:38:24 | 短編小説

都月満夫

八月の終わり、蒸し暑い夜だった。

「おじさん、黙っていられちゃさぁ、アタシが仕事してないみたいじゃないの…」

女は、カウンターに置いた手の甲に顎を乗せて、男を覗き込んだ。

二十歳過ぎの胸の大きい女だ。胸元が大きく開いた赤いドレスを着ている。背も高く、脚も長い現代っ子らしい体形をしている。太ってはいないが、若い女性特有の、ふっくらとした様子が可愛らしい。もう少し鼻が高くて、目がパッチリしていたら、こんな街はずれの店にはいないだろう。

「晴海ちゃん、お客さんにそんなこと言うものじゃありませんよ。」

「だって、ママ…」

「キミ…、ハルミって…」

男は独り言のように、ぼそっと呟いた。

「おじさん、知っている人の名前?」

「いや…」

 そう言うと、男はまた黙り込んだ。

 入って来て、カウンターの奥の席に座るなり「焼酎…」と言ったきりこの状態だ。

 この時期、店に入るなり、焼酎という客は少ない。まずはビールという客が大半だ。

「ほらほら…、晴海ちゃんは、ケンちゃんのお相手をしてなさい。」

 晴海はケンちゃんと呼ばれた、三十前後の男の前にいった。

「ケンちゃん。私もビールほしいな…」

「ああ、ごめん、ごめん。飲もうぜ。」

 

「ごめんなさいね。若い子は不躾で…」

 五十前後の細身で小柄な女だ。背中が大きく開いた黒いドレスを着ている。肩がむき出しのドレスは、肌の白さを際立てている。腰まである黒い髪が艶っぽい。

見た目は四十前後だが、この商売独特のかすれ気味の声が、年齢を物語る。

「お盆も過ぎて、八月も直に終わりだというのに、いつまでも暑いわね。」

 男は黙って、焼酎の水割りを飲み干した。

「あの…、ボトルでお願いします…」

「はい、ありがとうございます。」

ママはボトルを男の前に置いた。グラスに氷を足し、ボトルの栓を切った。

「これくらいで、いいかしら?」

「ああ、もうちょっと…」

「そんなに濃くして大丈夫?」

「ああ、大丈夫…」

 さすがはベテランである。男も少しずつ喋りだした。

「お客さん、詮索するつもりはありませんが、ハルミさんってお知り合いですか?」

「ああ、ちょっと…」

 そう言って、男は口ごもった。

「余計なこと聞いちゃったかしら…」

「そんなことはありませんよ!」

 男はグラスを握り締め、強く否定した。

「ごめんなさい…」

 ママは晴海のほうを向いて、ぺろりと舌を出した。晴海もママに小首を傾げて見せた。

 男は一見の客で、五十代後半に見える。グレーのジャケットに、襟が紺色の白のポロシャツを着ている。髪は染めていたのだろう。毛根に近い部分が白くなっている。ちょっと大き目の布地の鞄を足元に置いている。

ママはこの男が店に入ってきたときから、どこか不自然な感じを抱いていた。

それは、何か根拠があったわけではない。長い間、水商売をして、男を見てきた勘のようなものだ。この男、何かを恐れている。

 

「お客さん、何処からいらしたの?」

ママは男に探りを入れてみた。

「どういうことですか?」

「いえね…。普段持ち歩くにしては大きな鞄をお持ちでいらっしゃいますから…」

「ああ、これですか…」

 男は足元の鞄を覗き込んで言った。

「出張では…、なさそうね。」

「どうしてわかるんです。」

「出張にしては、スーツを着ていらっしゃらない。でも、その鞄にスーツは入らないわよね。かといって、現場作業の人ではなさそう。手の指がきれいだから…」

「なるほど、そういうことですか…」

 男は酔いが回ってきたのか、いくらか緊張がほぐれたようだ。グラスの氷をカラカラと回してから、残りの焼酎を飲み干した。

「あら、本当にいける口なのね。随分速いペースで…」

「ああ、ママさんも焼酎でよかったら飲みませんか。」

「はい、いただきますよ。ウーロン茶で割ってもいいかしら?」

 男は黙って頷いた。

 ママはウーロン茶割を作った。

「それじゃあ、いただきます。乾杯!」

「あら、ママ…。そっちも楽しそうになってきたじゃない。」

晴海が声をかけた。

「晴海ちゃんは、ケンちゃんを盛り上げなさい。こっちは気にしなくていいわよ。」

「はーい。ケンちゃん、飲もう飲もう。」

 

 男はやっと目線を上げ、店内を見た。

「この店…。随分カッパの置物がありますね…。店の名前『カッパ』でしたか?」

「違いますよ。『川』です。これは、お客さんたちが持ってきたのよ…」

「持ってきた…。」

「ええ…。カッパはね、水商売の縁起物なのよ。ほら、カッパは水の中に人を引き込むっていうでしょう。だから、水商売にお客様を連れて来るってわけ。そんなわけで、私がひとつ置いてあったのよ。そうしたら、訳を聞いたお客さんが買ってきてくれて…。あとは次から次ぎへと、出張に行ったとやら、遊びに行ったお土産だとやらで、競争するように持ってきて…。この有様になってしまったの。今は、カッパの持込禁止…」

「そうなんですか…。面白いな。いろんなカッパがあるもんですね。」

「ほら、あそこの隅にある、おっぱいの大きいカッパ…。あれは、あっちのお客さん、ケンちゃんが持ってきたの…。おっぱいが大きい人が好きなのよねーっ。」

 ママはケンちゃんの方を見て言った。

「ママ…。オレは、おっぱいが大きいだけで女は選ばないよ。」

 ケンちゃんがこっちを向いて反撃した。

「こら!ここにおっぱいがあるでしょう。ママなんか気にしないで…」

 晴海は自慢の胸を突き出して言った。

男は、ちらりと晴海を見て、頬を緩めた。

「確かに、大きいですね…」

「あら、私じゃあご不満かしら…」

 ママが頬を膨らませて見せた。

「お客さん、出張じゃないとは言っても、観光でもなさそうね。この街に観光するようなところはないもの…。恒例の花火大会は十三日に終わってしまったし…」

「ああ…、観光なんかじゃありませんよ。」

「それに、この時間にバッグを持ち歩くってことは、ホテルも決まっていないってことよね。ホテルを取ったのなら、置いて出かけるはずだもの…」

「そんなことは、何とかなります。心配してくれなくてもいいです。」

「私ね、一見さんの職業を当てるのが特技なの。当ててもいいかしら…」

「ああ…」男は何かを警戒している。怯えるような目をして、嫌々返事をした。

「それじゃあ、ルールを決めるわね。私の言うことに答えて…。嘘はダメ。答えたくなければ答えなくてもいいわ。」

「私は酒を飲みに来たんです。質問攻めは勘弁してくれますか…」

「質問攻めになんかしないわよ。警察の尋問じゃないんだから…」

「警察!」

「や~ね、そんなに驚かないで。訊きづらくなるじゃない。お客さんが帰るまでに、ぼちぼち訊くだけよ。時間はあるんでしょう。」

 

「あら、またママの恒例行事が始まった。」

 二人の会話を聞いていた晴海が、ケンちゃんに向かって、小声で言った。

「今回は、当たらないんでないか…」

「アタシも、そう思う。」

「五年ほど前、オレが始めてこの店に来たときは、直ぐに当てられちまったけどな。」

「そうなの…」

「うん、今は営業だけど、そのときは整備のほうにいたんだよ。車のオイルの臭いで分ったんだとさ。整備かスタンドの人って…」

「五年前…。そのころ、アタシは高校生。ろくに学校には行ってなかったけどね。」

「晴海、高校出てないのか?」

「ちゃんと卒業だけはしたわよ。」

 

「お客さん、賭け事はしないわよね。」

「ああ…」

男は頷いてから、グラスを空けた。

ママは焼酎を注ぎながら話しかける。

「賭け事が好きな人は、この話を持ちかけたときに、『賭けるか』って言うもの…」

 男はグラスを傾け、頷いた。

「それから、グレーのジャケット。とてもお似合い。一見地味に見えるグレーの服を選ぶ人は、仕事が出来る人。だけど、仕事人間とは思われたくないと思っている…」

 男は次第に反応しなくなってきた。

「それと、そのメガネ…。丸いツーポイント。縁のないメガネを掛ける人は、自分に自身がある人。お客さん、いい男だもの…」

「そんなことないですよ。もう、歳です。」

「歳は関係ないわよ。丸いメガネは、お洒落で優しい人。他人に好かれるタイプね。」

「ふーん…」男はグラスの焼酎を飲み干して、気のない返事をした。ママは、グラスをとり、焼酎を注ぎながら言った。

「あんまり面白くないみたいね。もう、止めましょうか?」

「いや、続けてください。」

男は、ママの観察力と推理力に興味を持ったようだ。自分がどう見られているかが知りたいのかもしれない。

「そうですか。それでは…。お客さんは、お役人ではなさそうね。お役人は、そんな言葉遣いはしないもの。それに、おひとりで見える人は少ないですから…」

「なるほど…、そういうものですか。」

 男は、ボトルを半分ほど空けたにもかかわらず、冷静さを取り戻したようだ。

「これは何の根拠もない私の勘ですが、お仕事は女性と係わりが多い職場じゃありませんか?そういう雰囲気があるのよね。」

 男は黙って、グラスを見据えていた。

「それと、さっきから指を握ったり開いたり、関節の運動をしているみたい…。あ、指を使うお仕事…。そうね、何かしら…」

 男は、慌てて握った指を開き、手の平をカウンターに伏せた。

「男の人が、指を使うお仕事…」

 男はすっかり無口に戻ってしまった。黙々とグラスを口に運んでいる。

「大丈夫?そんなにぐいぐい飲んで…」

 ママは心配しながら水割りを作る。

「気になるのは、右手中指のタコ…。いまどき、ペンダコなんてないわよね。」

 男は言われて、中指を見た。確かにタコがある。ママは額に左手の人差し指を当てて考えている。ママが考えるときの癖だ。

 ケンちゃんと晴海も、佳境に入ったママの推理を、固唾を呑んで見守っている。

「わかったわ!」ママは右手の握りこぶしを左の手の平に打ちつけた。

「そうよ…。それは印鑑で出来たタコよ。印鑑を押す管理職。しかも、指をよく使うのはパソコンよ。周囲の社員は女子社員。地味で落ち着いた雰囲気の人がいるところといえば、経理か総務よね。たぶん…、経理。どうですか?当たりでしょう」

 ママは満面の笑み…。男は渋々頷いた。ケンちゃんと晴海も、声を上げて拍手をした。

 

 しかし、ママはまだ考え込んでいる。何か納得がいかないようだ。余所から来た男が一人で出張でもない。しかも、経理マン。観光でもない。繁華街から外れた、馴染みの客しか来ないような店に、何故…。

「分かった。お客さん、逃げてきたのね。」

 思いついた言葉が、いきなり口から出てしまったので、ママは慌てて繕った。

「逃亡者。リチャード何とか…」

 どうやら、ビンゴだったようだ。男の顔から血の気が引いて、額から汗が吹き出た。

「暑いかしら…。エアコン、強くする?」

 ママは男の顔色の変化に動揺していた。

 男は能面のように無表情な顔で聞いた。

「何故、逃亡者だと思ったのですか?」

「いえ、本気で思ったわけじゃないわよ。ふざけたのよ。や~ね、ムキになって…」

「そんなことはないです。今までの推理は見事でした。何故ですか?」

「いえね。その髪の毛ですよ。根元が白くなっている。そこだけがなんとなく不自然に見えたの…。お客さんがいらっしゃったときから、何か違和感があったのは、そのせいだったんだわ。顔を洗ったり、ヒゲを剃ったりするくらいなら、どこかのトイレでも出来るわ。下着の洗濯もね。でも、宿泊施設に泊まらないで、髪は染められないかなって…」

「ふーっ」男は大きく息を吐いた。顔から警戒心が消え、ホッとしたようにも見えた。

 

「その通りです。私は人殺しです。」

「ヒーッ!」ママの喉が笛のように鳴り、

晴海とケンちゃんも仰け反った。

「私は女房を殺して逃げてきた。もう、半月になります。疲れました。ママさんに言われて決心しました。自首します。」

「それで、お客さん、何処で誰を…」

ママは、恐る恐る聞いてみた。

男は住所と名前を言い、話し始めた。

「私は仕事で嫌なことがあると、深酒をしてしまう。若いときから、そうして憂さを晴らしてきました。それが何の解決にもならないことは分っています。止めようとも思っていました。それなのに、女房の春美が『もう歳なんだから、いい加減止めなさいよ。』と言ったんです。それで、つい…、カッとなって突き飛ばしてしまった。そしたら、あいつそのまま起き上がらない。揺すってみたが、動かない。私は自分の女房を殺したんです。」

「それで、飛び出したのね。でも変ね…。そんな事件、ニュースになってないわよ。」

「それじゃあ、まだ見つからないで…」

男は声を詰まらせ、両手で顔を覆った。

「お客さんに警察の人がいるから、聞いてあげるわよ。覚悟は出来ているのね。」

男は「うん、うん…」と何度も頷いた。ママは電話をして事情を話した。

「いま、折り返し電話が来るから…」

電話は、すぐに掛かってきた。ママは、話を聞いて声を出して笑い、電話を切った。

「お客さん、確かに手配されていたわよ。奥さんが『失踪届』を出したそうです。とっさに死んだ振りをして、困らせてやろうと思ったら、夫が出て行った。どうせ直ぐに帰ってくると思ったら、一週間も帰ってこないって心配していたそうよ。」

聞いていた男の顔は、涙と鼻水で濡れていた。ティッシュで洟をかみ、笑顔になった。

「お客さんは、人殺しじゃなかったのよ。深酒をして自分を殺して生きるのは、もう止めたらいいわ。ほら、奥さん…、ハルミさんに電話してあげなさいよ。心配してるわよ。」

そう言うと、ママは男に携帯を渡した。

 

 

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