我が人生の垢

人生の垢を、過去、現在を好き勝手に写真で記録。
解体されて行く身近な、レール造の駅舎のレールを記録して行きたい。

産廃から産業遺産を 一旦完

2006-12-28 22:22:23 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

鉄骨、花崗岩、双頭レール入りのコンクリートの柱、脚もとの煉瓦、アスファルト、大正初期のものを残せたよ。校庭の中庭に残したんだから学生達の研究材料にと思ってるがどうやら意に反してベンチ代わり、集合写真の背景になりそうだ。せめて説明のステンレス板でも見てくれればいいなと思いながら正月休みに入る事にした。このブログを見ていただいた方々、貴重なコメントをくださった方々、今年は本当に有難うございました。
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産廃から産業遺産をー1

2006-12-28 22:10:49 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

昨年の夏から今年の夏まで、レールだ煉瓦だ横河民輔だとてんてこ舞いをしてしまった。この間、解体工事関係者の調査への理解、現場を見た先生方からのご指導、双頭レールが引き寄せた鉄鋼関係者、刻印がもたらしたレール研究者、多くの方々のお世話になっての一年だった。建築史なのか鉄鋼産業史なのか鉄鋼材料史なのかレールが教える鉄道史なのかコンクリートの材料史なのか、どのように整理したらいいのか分からなくなった時期もあった。敷地の南半分では数千万をかけて埋蔵文化財調査、こちらは頭を下げ回っての一人調査、何かがおかしいと思いながらも仕方が無いか、せめて柱でも残したいとの思いが実現した。今後価値があるようなら残し甲斐もあるが、そうでなければ私の墓標だ。
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再生だー2

2006-12-27 07:59:57 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

30トン吊りクレーンで一気に据付が行われた。基礎はせめての心遣いで元の大きさにした。
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再生だー1

2006-12-27 07:57:01 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

大学へ搬入だ。狭い路、煉瓦ブロックの路を補強しながら運び込んだ。
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いよいよご臨終ー2

2006-12-26 21:24:10 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

柱を掘り出してから一週間、ついに本当の瓦礫になってしまいました。2005.09.15~09.21ただただ夢中の時間、多くの方々に見ていただけずこれだけが心残りでもありました。民間工事ではこれ以上のお願いは諸般の事情?で止むを得ませんでした。せめて柱だけでも保存、図体が大きいだけにこれがまた大変な事になってしまいました。万博鉄鋼館で保存の話も来ましたが現物を見て手を引かれました。近畿の大学にも話を持ち込みましたが断られ、我が母校に泣きつきました。幸いにも歴史的な価値があるのではと工学部の中庭に置かせてもらう事になりました。(つづく)
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いよいよご臨終ー1

2006-12-26 08:07:03 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

多くを教えてくれたコンクリートの塊、いくら産業遺産と言ってもこれだけは残せなかった。壊す事だけでも大変だった。
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学識経験者の調査だ

2006-12-25 20:24:29 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

肝心の学術調査を忘れていた。ザビエルあいさんからコメントを頂き、諸先生方の活躍状況も載せておきたい。後姿でもどなたか分かるかもしれない。これなら肖像権うんぬんにはならないだろう。
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柱の抜け殻とアスファルト防水

2006-12-25 08:04:54 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

柱の抜けた跡には柱を取り巻いていた赤れんがと基礎上のアスフワルト防水層が見られた。防水層は地下外壁(煉瓦済みの壁)の外側へと続いていた。いわゆる外防水となっていた。現在の建築物の地下部分では見られなくなったが、防水とはこれが本来の姿です。何時の時代からか欠陥防水の地下が本流になってしまい、地下部分での漏水に苦労する事になった。
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柱の底だ

2006-12-23 20:51:42 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

高層建築物の地下一階の柱、その底(柱脚)は煉瓦だった。それもアスファルト付き。基礎構造はコンクリートの台の上にコンクリートの台柱を載せ、その上に花崗岩、そして鉄骨、要は太古からの木造建築が玉石の上に柱を建てているのと基本的には同じでは。シカゴ建築様式の基礎形式の原点は日本では。横河民輔が何もシカゴまで高層建築の視察に行かなくともヒントは足元にあった。失礼すぎるかも、御免。ちなみに大きさは1.4M角。
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柱の移動だ

2006-12-23 09:54:02 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

重量約8トン、柱を残す事を前提に、この段階では行き先不明でしたが解体工事の邪魔にならないように移動した。残す価値があるのか無いのかの議論は後回しにしての移動となった。なにせ8トン、大変な作業となってしまったが業者の方々の協力でなんとか残せた。柱はことのほか簡単に抜けてしまった。
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基礎底の状況

2006-12-22 19:43:49 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

玉石と言うよりも畳み石と言った方がいいような石を敷き並べてコンクリートの基礎を載せていた。大変な作業だったが西澤先生(京大)のたっての希望があり隣の基礎を裏返した。木杭があるのではとの事のようだった。専門的には玉石地業のコンクリート独立基礎であることが判明した。
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コンクリートサンプルの採取ー2

2006-12-22 08:03:39 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

柱は移動(吊り上げ)の孔を利用しての試料採取。基礎も確認の為試料採取。強度は400kg/cm₂だった。
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コンクリートのサンプル採取-1

2006-12-21 18:42:36 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

柱からサンプルを採取。コンクリート強度は工学的には150~180Kg/cm2、古さを勘案して60%を採用している。実質的には高強度コンクリートであった。
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シカゴ建築様式の基礎全景

2006-12-21 08:04:33 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

只一言、この写真を見ていただければ有り難い。双頭レールも溝型レールも煉瓦もガラスブロックも余禄だった。
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シカゴ建築様式の基礎ー3

2006-12-20 20:05:38 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

柱の表面のはつり取りを始めた。柱のフープ(帯筋)がどのようなものかを知る為だった。9mmの鉄筋で30~35cm間隔で配筋されていた。この後、花崗岩を止めている鉄筋がどのようにしてるか調べる事とした。先日、柱頭部のところで紹介したようになっていた。
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