我が人生の垢

人生の垢を、過去、現在を好き勝手に写真で記録。
解体されて行く身近な、レール造の駅舎のレールを記録して行きたい。

懲りもせずにCAMMELLの双頭ー2

2006-10-30 20:34:54 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

なんとか1878と見えませんか。
コメント (1)

懲りもせずにCAMMELLの双頭ー1

2006-10-30 20:32:26 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

CAMMELLの双頭を見つけたときには、なにせ年号を如何に見つけるかに全力を挙げた。1878が私には見えると言っても他の人には見えないと言われた。そのような一本です。


CAMMELL ?????? 1878 ????? (私にしか見えないかも)
コメント

CAMMELL 1878年製 (鋼製双頭レール)-6

2006-10-27 12:05:09 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

直轄方式で発注して遅れた関西線の開通
 並行して政府は明治3年7月から阪神間の線路測量を開始。神戸相生町から大阪梅田までの20哩の工事が、東京より1年4ヶ月も余分にかかった原因は、直轄方式だといわれる。現場当局者は役所が直接作業員を集め、工事をさせれば工費を減らせると考えた。安く無尽蔵に集められた作業員は、統率する頭も折らず、組織も訓練も経験もない素人集団の集まりである。工事は遅れた。これ以降、鉄道頭井上勝は、請負業者でないと鉄道工事が進まないと痛感し、その指導、援護に努めることとなる。(中略)

トロッコを使った斬新な施工
 明治13年(1880年)開通の大津線(京都~大津間)は、日本人技術者の手による初の鉄道となった。鹿島(鹿島組)が鉄道請負として参入したのはこの頃で、敦賀線(米原~敦賀間)を施工した。

この様な鉄道建設史もごく当たり前に交通手段として鉄道を利用している現代人が、道なき道を切り拓いて鉄道を作った先人たちの苦労に思いを馳せてみるのも良いかもしれない。

本稿の引用は鹿島の了解を得て、記載いたしました。お礼を申し上げます。この様な歴史を経ての鋼製双頭レールであれば、少しくらい磨り減っていても当たり前でむしろ歴史を語っているのかもしれない。
コメント (2)

CAMMELL 1878年製 (鋼製双頭レール)-5

2006-10-26 22:27:54 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

鹿島の10月の社内報に次の様な記述があった。当時の鉄道建設の様子がよく分かるので記載させていただく事にした。タイトルは”鹿島の軌跡”第10回明治期の鉄道工事からの抜粋です。少し長くなりますが非常に興味深い事が記載されてますのでお許しを。

刀を差して測量開始
政府は明治2年11月10日、東京~京都(中山道経由),東京~横浜、京都~神戸、琵琶湖~敦賀の4路線の鉄道施設を決定する。明治3年(1870年)3月、エドモンドモレルが鉄道技師長としてイギリスから招かれ、測量が開始された。役人は大小の刀を差し、陣笠に羽織袴姿で外国人の測量を手伝ったものの、刀は機器を狂わせ、羽織袴は動作が不便であったため,軽服ちゃくようとなった。東京~横浜間は約18哩(29Km)。外国人技師指導監督のもと直営(一部請負)で施工した。もともと鉄道より軍備という考えの兵部省は、高輪の土地を軍事上必要であるから手放せないと測量すらさせない。大隈重信は、軍の土地などいらぬ、陸蒸気を海に通せ、と田町~品川間2.7KMの海上に幅6.4Mの堤防を築き、その上に線路を通した。当時の品川の海は遠浅で、測量は干潮時に泥にまみれながら行ったという。(つづく) 

コメント

CAMMELL 1878年製 (鋼製双頭レール)-4

2006-10-25 21:48:20 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

珍しい、貴重なレールの多くが大石徹先生自ら調査に参画されて研究用にと持ち帰られた。研究後は日本工業大の工業技術博物館で専用ブースを設けてでも展示したいとの言葉に任せることにした。先生は”19世紀から20世紀初頭に生産された鉄道レールについて”のテーマで鉱業史研究会にて報告されている。これらの中には汐留遺跡、旧横浜駅、同志社クラーク記念館、他などから出土した物が多く含まれている。今回出土分が分析データ89本中29本であり、この解体工事からいかに多くの種類が出土したかがご理解していただけるのでは。刻印が長いのと分かりにくいので分割にしましたがそれでも分かりにくい。すみません。
コメント

CAMMELL 1878年製 (鋼製双頭レール)-3

2006-10-25 21:32:15 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

このCAMMELLの刻印は長いのが特徴である。その上磨耗が激しく泣かされた。刻印のTOUGHENEDは強化鋼を示している。レールの趣味的研究序説(再補、上 西野保行、淵上龍雄)ではCAMMELL SHEFFIELDTOUGHENED STEEL Co 1878 SEC104 IRJと記載されている。今回の調査ではこのCoを見逃したのか、無かったのか今後確認したい。いずれにしても大津~京都間で使用されたもので貴重なレールの一本である事には変わらない。
コメント

CAMMELL 1878年製 (鋼製双頭レール)-2

2006-10-24 22:34:32 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

鋼製双頭レールは大津~京都間で始めて使われた。JR西日本の開設にもあるように急勾配への磨耗に対応して錬鉄ではなく鋼製を使用したようである。SEC104が確認できたのは非常に珍しい。今回の調査でもこの一本のみだった。


??SEC104 IRJ CAMMELL SHEFFIELD TOUGHENED STEEL ??78

コメント

CAMMELL 1878年製 (鋼製双頭レール)-1

2006-10-24 22:25:10 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

京都~大津間に使用された鋼製双頭レールであります。多く出土しましたが磨耗が激しく刻印の明確な物は少なくこのレールも例外ではなかった。今回の調査で最も刻印調査が困難であった。なんとか読み取れそうな物を数回に分けて紹介したい。なにせ長く刻印も薄い。

 1880年(明13)年、京都~大津間に鉄道が開通した当初の大津駅は、琵琶湖に面した現・京阪浜大津駅でした。開通時のルートは、京都から現在の奈良線沿いに南へ下り、稲荷駅を経て稲荷山、大岩山の間を抜け、山科盆地に入り、大津へとつながつるものでした。
 現在より、かなり南へう回する遠回りルートですが、1000分の25という勾配や逢坂山トンネルなど難所が多い中を、初めて日本人技術者だけで手がけた記念碑的なルートでした。
 開通当初、大津駅(現・京阪浜大津駅)から京都へは、湖岸に沿って東南に走り、馬場駅(現・膳所駅)で方向転換していました。1889(明22)年、東海道本線彦根駅、近江八幡駅を経由するルートが完成し、新橋~神戸間がようやく全線開通しました。同時に、長浜~大津間の湖上連絡船が引退、大津駅も湖上連絡船と鉄道との接続駅としての役割を終え、旅客駅から貨物駅となります。しかし、沿線住民の熱心な要望から、1898(明31)年に再び旅客駅として復活したのです。その後、1913(大2)年、大津駅と言う名称は、現在の京阪浜大津駅から当時の馬場駅に譲られました。(JR西日本ホームページ、鉄道いまむかしより引用 http://www.westjr.co.jp/news/now_old/0305ootu/index.html)

分かりにくいが全体。
コメント

ガラスブロックも出てきたよー2

2006-10-22 10:04:22 | 三越の産廃から産業遺産(煉瓦など)T06

レールとは関係ないものですが近代建築を顧みる時には何らかのお役に立つ場面もあるかもしれない。現代用語では歩行用鋳鉄製ガラスブロックとか。地下一階の明かり採りに使われていたのでは。
コメント

ガラスブロックも出たよ

2006-10-22 09:58:40 | 三越の産廃から産業遺産(煉瓦など)T06

レール、煉瓦のほかに鋳鉄製のガラスブロックも出てました。数個取り置きました、大阪歴史博物館、日本工大、九州大の研究者にお渡ししました。いつか、何らかのコメントがいただけるのでは。友人から神戸の乾邸で使われてる物によく似ているとの情報を貰った。景気よくお渡ししてしまい、現物が手元に無いので身動きが取れなくなってしまった。研究者からの報告を当てにしないで待つ事に。このブログでお気づきの方からのご教示、有り難いのですが。
コメント

BARROW STEEL 1896年製ー2

2006-10-20 08:20:11 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

SEC380、前出と同じ物です。微妙に刻印の大きさが違うようだ。
コメント

BARROW STEEL 1896年製 (近江鉄道?)-1

2006-10-20 08:15:20 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

セクションナンバー(SEC380)からは参宮鉄道か近江鉄道と考えられる。BARROW STEELも多く確認できたが平底タイプでもありかつ多く輸入された為か余り人気が無かった。次回からはCAMMELLを紹介したい。

BARROW STEEL SEC380 1896
コメント

BARROW STEEL 1893年製-3

2006-10-19 07:56:17 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

BARROWの中でも非常にき刻印のきれいな物です。刻印は改めて書く必要が無いくらいです。交通科学博物館行き。

BARROW STEEL SEC380 1/1893 (参宮鉄道)
コメント

BARROW STEEL 1893年製 〔参宮鉄道)-2

2006-10-18 15:18:16 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

同じ刻印です。
参宮鉄道株式会社(さんぐうてつどうかぶしきがいしゃ)は、現在のJR東海紀勢本線・参宮線の亀山駅~伊勢市駅間を建設した鉄道会社である。伊勢神宮の参拝客を見込んで設立された。

1889年(明治22年) 伊勢市宇治山田町の北川矩一らが発起人となり、伊勢神宮参拝の目的で津-小俣間の鉄道建設を出願。
1890年(明治23年) 将来、関西鉄道(現在の関西本線・草津線などを建設)と連絡することを条件として免許が下りた。
1893年(明治26年) 初の路線となる津駅~宮川駅間が12月31日に開業。
1894年(明治27年) 宮川駅~山田駅(現、伊勢市駅)間の延長を申請。
1896年(明治29年) 申請区間の免許が下される。
1897年(明治30年) 宮川駅~山田駅間が11月11日に開通。 (Wikipedia)より

コメント

BARROW STEEL 1893年製 〔参宮鉄道)-1

2006-10-18 15:12:07 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

年月が1/1893と表示されている。またSEC360と標記があり年号からは参宮鉄道と思われる。

舞鶴市赤れんが博物館にて、赤れんがフエスタの一環として11月4,5日、レールが紹介されることになった。多くの方々の目に触れればいいなと思います。
赤れんが博物館の企画展のご案内。

北近畿鉄道友の会舞鶴支部では舞鶴市赤れんが博物館にて「舞鶴の鉄道再発見 RAILWAY REDISCVERY OF MAIZURU」を開催いたします。舞鶴の鉄道変遷模様について会員所有写真をパネル並びに国鉄編、JR KTR編に編集し、パソコンにて約400枚のスライドショーを御覧いただきます。その他VTR上映、舞鶴に関連する鉄道部品の展示、鉄道模型運転会などを行います。また同時開催されます赤れんが博物館企画展では当HP掲示板にて多数紹介頂きました、大阪市北浜の解体現場から発掘された幻の古レールを全国に先駆けて一般初公開致します。この機会に是非御覧いただきますよう、宜しくお願いいたします。
           
       平成18年10月吉日 北近畿鉄道友の会舞鶴支部長  福原 習作

BARROW STEEL SEC360 1/1893
コメント