我が人生の垢

人生の垢を、過去、現在を好き勝手に写真で記録。
解体されて行く身近な、レール造の駅舎のレールを記録して行きたい。

発掘されたレールの数々

2006-09-29 21:07:43 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

基礎、柱の発掘状況、レールの使われ方、数多く出土したレールの刻印、一目瞭然のつもりですが如何でしょうか。

建築学的には大阪で最初の高層建築の基礎構造、”初期の鉄骨の高層建築、これはまさに米国の摩天楼の幕開けの時代の基礎構造がどのようなものであったのかを目の当たりに出来まして本当に驚きまました。”西澤先生(京大)の第一声でした。シカゴ建築の基礎形式、レールではなくこちらが調査の本丸だった。柱に使用されていたのが双頭レール、調べてみるとこちらも幻のレールとか、ことの始まりは昨年の9月、今年の6月まで長丁場ではありましたがようやく終わりました。忘れない内に整理を、しかしレールの現物は各所へ惜しげもなく寄贈、手元には文鎮となった双頭レール少々、刻印の拓本、大量の写真、一年をレールで過ごす馬鹿男になってしまいました。多くの方々と出会えたのが最大の喜びでした。 ブログの中締め。

出土した主なレールの刻印を記しましたが見難いかも。希望者には原版(PDF)を送ります。コメント欄へ連絡を。 
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BV&C°L° 1902年製 (官設鉄道)

2006-09-28 09:52:02 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

Bolckow, Vaughan & Co. Ld.(ボルコウ・ホーン株式会社)の1902年製で今回の調査では一本しか出なかった。


BV&C°L° 1902 I.R.J.(英)
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煉瓦のまちタイルのまちー4

2006-09-27 19:56:47 | 三越の産廃から産業遺産(煉瓦など)T06

地下一階の外壁は厚さ1M以上の赤煉瓦の壁だった。詳細には調査は出来なかったが雰囲気だけでもお届けできればと思います。レールの刻印調査もコンクリートまみれだったが、煉瓦は写真のようにモルタルで固められており個々に外す事は出来なかった。大半は割れてしまい、結局ばらばらになった分から刻印を探した。このブロックにはよく見ると多くの刻印が確認できました。レールだけでなく煉瓦も出てました。

煉瓦ブロック(この後粉砕された)
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煉瓦のまちタイルのまちー3

2006-09-27 19:48:27 | 三越の産廃から産業遺産(煉瓦など)T06

展示用のポスターとして素晴らしい。さすが大阪歴史博物館です。


特別展のポスター(表面)
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煉瓦のまちタイルのまちー2

2006-09-26 21:21:41 | 三越の産廃から産業遺産(煉瓦など)T06

この煉瓦は建物の地下に使われていた物です。地下一階の床の下のアスファルト防水層の上に敷き詰められていた。また地下一階の柱の下に積み重ねられていた。地下一階の外壁は煉瓦積で壁の頂部は5本のレールで補強されていた。(参照、06.09.10 こんな所から出てきたよ)

余談になりますが、今回同一敷地内で埋蔵文化財の発掘調査が行われていた。大阪歴史博物館の学芸員の方が発掘調査の視察ついでに解体現場を見、ガラクタの中の煉瓦に興味を示され大阪歴史博物館へ引き取られることになった。煉瓦は明治末期か大正初期の製造品。

煉瓦の製造者
左から、大阪窯業、岸和田煉瓦、不明
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煉瓦のまちタイルのまちー1

2006-09-26 21:06:26 | 三越の産廃から産業遺産(煉瓦など)T06

大阪歴史博物館で”煉瓦のまちタイルのまち”の特別展が来月7日から開催される。この解体現場から出土(解体残材から回収)した赤煉瓦も片隅に展示されることになった。関西の近代建築から回収された煉瓦の仲間入り、何よりも嬉しい。


特別展のポスター(裏面?)
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DOWLAIS STEEL 1896年製ー2(西成鉄道)

2006-09-26 09:47:35 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

DOWLAIS STEELの1896年製が数本見つかった。刻印があったのは2本、その内の一本、古レールの研究者嵐路博、小平貴詞先生が乾式で刻印採取された。研究対象になればいいと思います。
西成鉄道と大阪環状線の関係などは大阪交通科学博物館のホームページ内の”ぐるっと大阪環状線”に詳しく記載されてます。現物は交通科学博物館へ寄贈しましたので、公開される機会があると思います。その節には是非ご覧ください。
http://www.mtm.or.jp/museumreport/kanjyoline/index.html


DOWLAIS STEEL 9.96 NISHINARI
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DOWLAIS STEEL 1896年製 (西成鉄道)

2006-09-26 08:04:44 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

貴重なレールが出てきたよ。大阪環状線のルーツと呼ばれてる西成鉄道、大阪~安治川口間のものだ。今回出土レールの中での最大の発見と思います。

西成鉄道(にしなりてつどう)とは、現在の西日本旅客鉄道大阪環状線(一部)及び桜島線を建設した私鉄である。
1898年、大阪~安治川口間を開業。旅客営業は福島~安治川口間のみであったが、翌1899年に大阪~福島間でも旅客営業を開始した。1904年、全区間を官設鉄道に貸し渡し、1905年に開業した安治川口~天保山(現在廃止)間も同時に貸し渡された。
1906年(明治39年)公布の鉄道国有法により同年12月1日に全線(4.7哩)が国有化され、1909年の国有鉄道線路名称設定時に西成線となった。(Wikipedia)


DOWLAIS STEEL 9.96 NISHINARI (35ポンドレール?英)
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LORAIN STEEL 1900年製-2 (播但鉄道)

2006-09-25 09:41:06 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

播但鉄道(ばんたんてつどう)は、兵庫県の播磨地方と但馬地方を結ぶ鉄道を運行していた鉄道会社である。現在のJR播但線の基礎となっている。
1894年(明治27年)7月26日に姫路~寺前間で開業し、1895年(明治28年)4月17日には当初計画の飾磨~生野間が全通した。地元では今年播但線開業100周年記念事業が行われている。


277 LORAIN STEEL CO LORAIN O 1900 IIIIII BTR (米)
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LORAIN STEEL 1900年製 (播但鉄道)

2006-09-25 07:50:03 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

非常に珍しい刻印が確認された。既往の研究、文献などにもBTRは確認されてない、一般に播但鉄道はB.T.T.Kが確認されている。古レールの研究者からは播但鉄道ではないかとお聞きしてるが確定できれば有難い。


277 LORAIN STEEL CO LORAIN O 1900 IIIIII BTR
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????? K.T.K-3 (CARNEGIE? 関西鉄道)

2006-09-23 09:54:59 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

横長のHが見れるが意味不明。切れてるのが残念。

関西鉄道の沿革を(Wikipedia)より抜粋。
1889年(明治22年)12月 初の路線となる、現在の草津線の草津駅~三雲駅間を開業させる。
1890年(明治23年)2月 現在の草津線にあたる草津駅~柘植駅間が全通。
1895年(明治28年)11月 現在の関西本線にあたる路線を延伸し、この月名古屋駅への乗り入れを達成。
1897年(明治30年)2月 現在の片町線にあたる片町駅(現廃止)~四条畷駅間を開業させていた浪速鉄道を合併。
1898年(明治31年)7月 柘植駅~大仏駅(1907年廃止)間が開業し、奈良への進出を果たす。翌年には現在の奈良駅へ乗り入れ開始。
1898年(明治31年)11月 名古屋駅~四条畷駅~網島駅(当時の大阪側ターミナル、現在廃止)間を全通させ、同ルート・区間で急行列車の運行を開始。
1900年(明治33年)6月 湊町駅(現、JR難波駅)~奈良駅間(現、関西本線の一部)や高田駅~桜井駅間(現、桜井線の一部)、大阪駅~天王寺駅間(現、大阪環状線の一部)を開通させていた大阪鉄道を合併、3ヶ月後には名古屋駅~奈良駅~湊町駅のルートが本線となる。
1904年(明治39年)8月 現在の和歌山線の五条駅以西を開業させていた紀和鉄道を合併。
1904年(明治39年)12月 現在の和歌山線の高田駅~五条駅間を開業させていた南和鉄道を合併。
1905年(明治38年)2月 現在の奈良線・桜井線にあたる京都駅~奈良駅~桜井駅間を開業させていた奈良鉄道を関西鉄道が合併。
1907年(明治40年)8月 木津・奈良付近でルート変更を行い、周辺の各線が全て木津駅に集まる現在の形が構築される。
1907年(明治40年)10月 鉄道国有法により、関西鉄道は国に買収される。(Wikipedia)


????? H K.T.K
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????? K.T.K-2 (CARNEGIE? 関西鉄道)

2006-09-23 09:47:55 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

関西鉄道(かんせいてつどう)は、現在のJR東海・JR西日本の路線にまたがる鉄道会社で、関西本線・草津線・片町線・紀勢本線・桜井線・和歌山線・奈良線・大阪環状線の前身である。


官営鉄道(官鉄)東海道線のルートから外れた三重県・滋賀県の旧東海道沿いの地域を東海道線と連絡する目的で開業したが、周辺鉄道会社を合併することで路線規模を広げ、名古屋~大阪間の独自直通ルート開設を実現した。東海道線との間で壮絶な旅客獲得競争を繰り広げたことが後世まで有名になっている。

旅客サービスや車両技術において先進的な試みを行ったことでも知られるが、これを支えたのは初期に同社の技師として、日本の鉄道技術の先駆者と言われる島安次郎が在職したという背景がある(彼は新幹線実現の功労者である島秀雄の実父でもある)。(Wikipedia)より


????? K.T.K
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CARNEGIE 1900年製 (関西鉄道)

2006-09-23 09:39:48 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

K.T.Kは関西鉄道、九州鉄道、甲武鉄道、川越鉄道などに使われている。関西鉄道であると確定は出来ないが近畿に関係のある多くのレールが出ていることから関西鉄道と思いたい。


CARNEGIE 1900 ET IIIIIII K.T.K
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CARNEGIE 1896年製(山陽鉄道)-2

2006-09-22 07:46:50 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

 カーネギー(Andrew Carnegie, 1835年11月25日 - 1919年8月11日)はスコットランドのダンファームリンに生まれ、1848年にアメリカへと渡った。彼は著書『富の福音』のなかで、「裕福な人はその富を浪費するよりも、社会がより豊かになるために使うべきだ。」と述べているように、社会ダーウィン主義の実践者でもあった。アメリカに渡ってすぐの彼は、織物工場で糸巻き少年として働く非常に貧しい生活をしていた。彼の人生は、正に「貧乏から金持ちへ」そのものだった。

 鉄鋼で成功を修めたのちに鉄鋼会社を売却し、1902年1月28日にワシントンD.C.で1億ドルを投じてカーネギー財団を設立。また、1890年より彼の未亡人が売却する1924年までニューヨークのカーネギー・ホールの所有者であった。(Wikipediaより)


CARNEGIE STEEL 1896 ET S.T.K
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CARNEGIE 1896年製(山陽鉄道)

2006-09-21 07:48:35 | 三越の産廃から産業遺産(双頭レール)T06

S.T.Kは山陽鉄道、総武鉄道、などが考えられる。ILLINOIS STEELなどで山陽鉄道と確認できる物が多く出土していることから山陽鉄道の物と考えられる。

山陽鉄道(さんようてつどう)は、明治時代の鉄道会社。現在の山陽本線などを建設した。(Wikipedia)
1887年(明治20年)1月、中上川彦次郎を社長に迎えて設立。本社は、神戸の西柳原町に置かれた。
1888年(明治21年)11月1日に兵庫-明石間が開通し、12月23日には、明石-姫路間が開通した。翌年の1889年(明治22年)9月1日に神戸-兵庫間が開通。
その後、岡山、広島を経て1901年(明治34年)5月27日に山口県の馬関(現在の下関)までが開通して、神戸-馬関間の路線が全通した。


CAR????? 1896 ET II S.T.K
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