哲学の科学

science of philosophy

二足歩行術(2)

2024-11-09 | その他


床に固定されていた閲覧用の椅子の脚に、右のつま先が引っ掛かったのでしょう。右足の着地点が予想地点からずれてしまった。、体軸に予想しない回転力がかかり、重心が不測の速度で右側に移動していきます。
左足が着地している間に、右足の次の一歩で重心をすばやく移動して体制を立て直すべきです。中脳の制御回路が高速で運動出力の計算をしていたのでしょうが、間に合いませんでした。
あるいは足の筋肉の収縮力が予想運動モデルより弱すぎて計算結果を実行するのに必要な筋肉収縮速度が出なかった結果かもしれません。
こういう運動は、力が積分されて速度に代わるという原理を、身体が知っているからできます。力ベクトルが三次元空間で積分されて速度ベクトルがつくられる、というニュートンの力学第二法則を脳脊髄系の制御システムに組み込んでおかないとできません。
歩行制御の脳脊髄システムへの入力は、足裏の圧力センサー、視覚、三半規管、筋肉の張力センサーなどです。これらの神経信号が制御回路で計算されて、足腰の筋肉の収縮弛緩を指令する運動神経に出力されます。
脳脊髄の回路は神経細胞をネットワークに組み上げて作られていますから、個々の神経細胞が劣化するとだめになります。老人のアルツハイマ―病など、神経細胞の内部構造が劣化するので回路の計算性能が維持できなくなります。
老人が転びやすいのは、筋肉の衰えと同時に、運動制御の神経回路が劣化するからです(二〇二一年 山縣 桃子、建内 宏重、市橋 則明「高齢者における歩行中の運動制御と転倒との関連」日本基礎理学療法学雑誌)。老人が転びやすくなったら、筋肉細胞の弱化であるとともに、神経細胞の劣化、つまり認知症、が現れる予兆ということができます。
転倒制御に限らず、咀嚼運動、嚥下運動、発声運動など日常生活に重要な、無意識に実行できる運動制御機能の多くは、円滑に機能している場合は、当然のごとく使っていますが、阻害されると重大な生活困難に陥ります。
ハンドルがふらつく自動車を運転させられるドライバーは、すぐ降りたくなるでしょう。神経回路の老化は、ふつう、病院に行っても治りません。神経系の障害の多くは現代医学では解明ができていません。研究は世界中で進められていて、この数十年で相当な発展をみせていますが、神経回路の複雑なメカニズムの全容が解明されるのは次の世代を待たなければなりそうです。

健康な時は、何も考えずにスムーズに歩くことができる。足腰が悪くなるとそうはいきません。歩くことに集中しないと転んだり、つまずいたりします。
歩行運動はふつう無意識でうまく実行できる。運動中の人間は、いつも無意識に注意を怠らず、各瞬間、次にどう動くかを計算して行動している。自分は考えて運動している、とは思っていません。
これは不思議な現象です。左右の足を交互に運ぶことなど、まず意識しません。あっちへ行こうと思うだけで、そっちへ足は動いていきます。これはつまり、歩行の制御に、大脳はほとんど使わない、ということです。
人間がいつも、ものを考えるために使っている大脳は、歩行運動にはほとんど不要である、つまり歩行は主に無意識な自動運動である、といえます。自動運転の車に座っているだけで目的地に到達する、というような現象です。







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