大統領が町を散歩して道行く人と気軽にあいさつを交わすらしい、など民主的空気に感心してもいます。婦人が教養高く、立派な意見を述べるなど高い女性の地位にも正確な理解を示しています。一方、黒人は下流で姿が醜く、白人が上流で姿も優美である、など白人の人種偏見をそのまま素直に受け入れてもいます。
アメリカのエリート層は民主的で紳士的でかつ勇敢でもある、と賛美しています。引き換え、日本の幕府高官は権威主義的で尊大で虚栄と保身が強すぎて国威を損なっている、とまるで現代の評論家のような記述を残しています。
玉虫左太夫の渡米から一八年後、一八七八年夏、世界旅行家イザベラ・バード(一八三一年―一九〇四年)は北関東から東北、北海道の奥地を踏破しました。その旅行記で特に賞賛している土地の一つが米沢の農村です。
暑さはあるが気持ちの良い夏の日だった。会津山の頂上に少し残っている雪が涼しさを感じさせる。南に繁華な米沢市街があり北に湯治客の集まる赤湯温泉を有する米沢平野は完璧なエデンの園である。豊富な農産物には、米、綿、トウモロコシ、タバコ、麻、藍、大豆、ナス、クルミ、メロン、キュウリ、ナシ、アンズ、ザクロがある。その豊饒な土地はアジアのアルカディアと呼ぶべきである。ここには十分な土地があり、それらはそれを耕作するものに所属し、圧政もなく、豊かな安楽な生活がある。アジア的専制政権のもとで驚くべき光景である。ただし信仰の主たる対象はいまだに大黒(福の神)であり、欲望の対象は物質的である(一八八〇年 イザベラ・バード「日本の未踏道 Unbeaten Tracks in Japan Letter18」訳筆者)。
バードが見た米沢平野の豊穣は、名藩主として名高い上杉鷹山治憲(一七五一年―一八八二年)の農業振興策の成功を示しているのかもしれません。ちなみに、小惑星探査機はやぶさプロジェクトを企画し実現した宇宙工学者であり筆者が現役時代おおいに薫陶を受けまたJAXA内で研究予算を奪い合った関係でもあった上杉 邦憲氏(一九四三年― )は鷹山の直系子孫で仲間内にトノと呼ばれていました。
閑話休題、バードの記述は、まったく公平な観察者に徹する方針を守っているつもりらしく、貧民村落の不潔さ猥雑さを遠慮なく指摘している一方、庶民の親切と寛容を美点とし、風景や寺社建築の美しさを絶賛しています。彼女の立脚点は、もちろん、世界に冠たる当時の英国の価値観です。
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