会員コラム

会員さんのコラムをつづっております(^^)

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最後の将軍 徳川慶喜の後半生 神谷保男会員

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大政が奉還され明治幕開けとなった。
徳川第15代将軍であった慶喜は公爵になり政治からはなれて閉職となり静岡に居を構えた。
元来こまめであった彼は、家のちょっとした大工仕事もすすんでやったり、謡曲、油絵、写真と趣味をひろげて、没頭する毎日であった。
夜のおつとめもせっせと励み、2人の側室に11人の子をもうけ、77才精一杯全うして没した。
維新の群像の中で最も長生きであった。
ちなみに同年代を生きられた明治天皇は60歳で崩御されている。
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無題  中村忠嗣会員

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男性と女性は、火星人と金星人のようにまったく違う生き物なので、お互いによく理解し、共存していくことが大切だ、と聞いたことがある。
最近、そんな経験をした。家庭婦人バレーボール大会のプレーを身近に観て、その圧倒的なパワー、迫力、根性にびっくりした。
女は強し。一緒に観戦していた20代のかわいい女性に「すごいパワーやね。びっくりするわ」と声をかけると、「とくに驚きません。いつもの母親はこんなもんじゃないですよ。」と答えが帰ってきた。
瞬間、背筋が伸びた。
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無題  今井 崇会員

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Festina Lente<フェスティナ・レンテ>というラテン語の諺があります。
もとはこれ、ある王様が座右の銘として大事にしていたものといわれています。日本語に訳しますと「悠々として急げ」あるいは「急がばまわれ」となります。
この諺に、小生なりの稚拙な解釈を加えるならは、「桶の中にある水を自分のほうに持って来ようといくら手を動かしても水は手から漏れてしまい、外に向かって流れてしまう。ところが発想を変えて、逆に外に向かって手を動かせは水は自分の方にきちんと流れてくる」といったことを言おうとしているのではないでしょうか。
新入会員としてのレクチャーを受け、先輩会員の皆様のお話をお聞きする中で、この諺が頭に浮かび、まさにロータリーの奉仕の精神を言い表していると思いました。
小生、非力ながら、このFestina Lenteという言葉を肝に銘じつつ、取り組んでいきたいと思料しております。
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ロータリーの出席について 北村 裕会員

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最近、小牧会長もこの事についてよくお話されます。いつもなるほどと感銘しています。
ロータリーにとって出席が「義務」であるなら、ロータリーとしての奉仕活動への参加は「権利」とも言えます。出席だけではロータリーに参加していると言えないのではないでしょうか。
たとえば、会社ならタイムカードを毎日押しても仕事しない社員は必要ありません。
勿論、各会員の寄付行為は立派な事ですが、奉仕活動は寄付だけではありません。むしろ、積極的にすべきなのは各委員会への活動参加ではないでしょうか。積極的に委員会活動をする事で、クラブへの貢献と同時に参加意識が生まれロータリーに意義が見出せるのではないでしょうか。
それが、また出席率の向上にも繋がると考えます。
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目クソ鼻クソ  坂本俊夫会員

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古今東西いろいろな諺がたくさんあるが、日本には中国のように妙に固い教訓めいたものではなく、無学な庶民にもすぐ理解できるユーモアで機知にとんだものが多い。
中でも秀逸と思うのは「目クソ鼻クソを笑う」「百日の説法屁一つ」等で、前者は目糞が鼻糞に向かって「お前は下品な鼻に溜まる汚いクソだが、俺は上品な目尻に溜まる目やにぞ」といって蔑んだということで、第3者から見ればどっちもどっち、他人を批判する前に自らを省みることが大切。
又、後者は偉いお坊さんが多くの信者を集めて「百日説法会」を催し、佛の道、人の道について説教を行い、信者も有難い教えを頂いて、ますます信仰を深めていったが、百日目満願の日に、お坊さんがどうしたことかお腹の具合が悪く説教の最中に我慢しきれなくなり、特大の屁を一発放った。
信者達は大笑いし収集がつかなくなったり説法会は失敗に終わった。何事も最後の詰が大事と言う事。 
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「知恩報恩」  小牧由章会員

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「弱き者は悲しいかな敗者としてこの世から葬り去られるのか」決して人を殺して云々という物騒な話ではないが、G党ならなるほどとうなずける話である。
気比高出身の内海投手が今年ようやく花が開けてきたのに、現在のG軍は周知の通りである。テレビ中継が、視聴率が取れないから離れていった。
悲しいかな弱者は葬り去られたのである。
その点、T軍は素晴らしい、弱いときでも深い愛情で支えている。
苦しいときに人から助けてもらえば、その恩を決して忘れずに恩に報いることをしなければファンとしても見離してしまう。
T軍は実にうまいタイミングで恩に報いている。
私も深い愛情で支えてみよう・・・。
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無題  宇野美和会員

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うちの庭園は割と広くて結構古い。その庭園を先日、大勢の人と共に掃除した。
もちろん伸びすぎた枝の剪定や下草刈りなども行ったが、その量が半端でなくあとの始末がそれはそれは大変であった。
普段はあまり目に止まらない場所に思わぬ雑草が繁茂していたり、しばらく手入れしていなかった笹が想像以上に増殖しすぎていたりと、ここ十年ほど忙しさにかまけて放っておいたツケがきっちり回ってきたためだ。
しかし植木や造園についての知識がほとんどない素人ながら、久しぶりに結構楽しく心地よい汗を流すことができた。
これほど丁寧に雑草を取り払ったのは何十年かぶりである。すると、これまで埋もれていた立派な石組みがあちらこちらから現れて、石ひとつひとつに込められた昔の人の思いと共に、庭自体が持つ泰然とした本来の風格が蘇ったように感じられた。
経済至上主義にて激しく迷走する今の日本、「自然に感謝してものを大切にする心」や「たすけあい」「親孝行」など古くから日本人が培ってきたとても大切なものが、何の考えもなくどんどん捨て去られていくように感じる。
大変な事態に陥る前に、一度自分の生活観を見直し、元に返って先人の思いに触れることが大切だと強く思う。

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ノーブレス・オブリッジ(Noblesse Oblige)  刀根莊兵衛会員

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ノーブレス・オブリッジ(優者の責任)と言う言葉がある。辞書を調べると、高い身分に伴う道義上の義務とある。力や富、地位をもつ者は、それを持たない弱者を救う責任を果たしてこそ『選ばれた者』として賞賛され、矜持(きょうじ、自分の力を信じていだく誇り)つまり自信とプライドをもてるという意味だそうだ。尊敬する西村二郎PDG(京都南RC)は『ロータリアンはエリートでなければならない、そして誇りを持って行動しなければならない』と言われた。まさに、ノーブレス・オブリッジということを言われているのではないだろうか。戦後、日本の教育は極端な結果平等主義に陥り、『みんなとおなじ』、『普通並』という生き方が最上の人間の基準として教え込まれてきた。そしてこの偏った教育のために、社会の指導者たる人間においてさえも、『選ばれた者』としての自覚を持ち、そしてその責任を果たそうとする考えが欠落してしまったようである。昨今、バブルが崩壊し、勝ち組・負け組み、上流社会・下流社会などと言う言葉が流行語となっているが、このような格差社会を生み出す背景になったのも、逆に、戦後の平等教育の結果かもしれない。弱者は、みんな平等なのだから、いつか誰かが救ってくれると考え、期待し続けている。しかし、『選ばれた者』の意識のない社会では、弱者を救うシステムや人はなく、弱者はいつまでも取り残されていくのではないだろうか。日本も昔の『おしん』の時代には、確かに貧富の差はあったが、格差などと言う言葉はなかった。と言うより、そのような実感はなかったのではないだろうか。
たとえ、その時は貧しくても、懸命に努力し、真面目に働けば、いつもその先に希望の光が見えることを信じられる時代であったのだ。現在の日本は、人々の将来への不安と絶望感で満ち溢れているように思う。ロータリアンは今こそ、日本人の希望と夢を呼び起こすエリートとして、ノーブレス・オブリッジを果たさなければならないと思われる。そして、ロータリアンは自覚を持って、誇りを持って社会に模範を示すことが必要ではないだろうか。
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国民性ジョーク 吉川文雄会員

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ある船に火災が発生した。船長は、乗客をスムーズに飛び込ませるために、
イギリス人には「紳士はこういうときに飛び込むものです」
ドイツ人には「規則では海に飛び込むことになっています」
イタリア人には「さっき美女が飛び込みました」
アメリカ人には「海に飛び込んだらヒーローになれますよ」
ロシア人には「ウオッカのビンが流されてしまいました。
今追えば間に合います」
フランス人には「海に飛び込まないで下さい」
日本人には「みんなもう飛び込みましたよ」
中国人には「おいしそうな魚が泳いでいますよ」
北朝鮮人には「今が亡命のチャンスですよ」
韓国人には「・・・」
いろんな国の国民性をうまくジョークにしているように思えて楽しいのは私だけだろうか。
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ロータリーソングについて 山内正樹会員

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私が敦賀RCに入会してよかったと思っている事のひとつは、毎週大きな声で皆様と歌が歌えることです。子供の頃から校歌や合唱コンクールをはじめ、賛美歌であれ御詠歌であれ場所と種類を問わず声を響かせ合える事が大好きで、日常業務のストレスを発散する方法の一つとして必要不可欠なリフレッシュ作用をもたらしてくれています。ロータリーソングで感激したのは、2004年9月に地区大会登録勧奨PRで加藤智二会員と訪れた野洲RC(例会:ラフォーレ琵琶湖 B1F)で、ビジターを歓迎する際に歌うという15周年記念・会員作詞による「野洲ロータリークラブの歌」でした。またビジターは会長らのテーブル席に迎えられ、会長から直に15周年記念ソング作成についての談話をお聞きし、アットホームな歓迎のムードと格調高く垢抜けたクラブの印象が同時に高められたのを覚えています。50周年という記念すべき新年度を迎え、ロータリーソングのレパートリー拡張と記念ソング募集が始まりました。伴奏をつとめる高橋さんの声の響きの美しさにも感動しながら、多くの方々の創意あふれる楽しい歌詞を集約した素晴らしい50周年記念ソングを歌える日を今から心待ちにしています。
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