つきみそう

30年前出版した処女歌集の名

ミチクサ先生

2020-03-18 | Weblog

 日経新聞夕刊小説「ミチクサ先生」が先月突然休載となり、気になっていました。ネットで調べると、なんと作者は突然のくも膜下出血。でも今は伊集院静氏は、すっかり回復されリハビリ中という。せっかく漱石の子規の交流を楽しみに読んでいたのに、物語が終わる気配もないのに突然休載と通告。びっくりしました。今は別の小説が連載されています。

 「ミチクサ先生」は漱石と子規の交わりが松山独特の方言も交えて、いきいきと愉快に描かれています。二人の交友は以前から知っていたのですが、親友と言える深い交わりとは思わなかったです。松山に25年位前に旅行したとき、「ミチクサ先生」に出てくる愚陀仏庵にも行きました。ビルの裏側にありとても分かりにくくて何度も尋ねたことを記憶しています。愚陀仏は漱石の俳句の号。本名は金之助でしたが、漱石と愚陀仏と二つの号を持っていました。愚陀仏庵で二人はよく会いました。

 二年前まで高嶺の東京歌会に行っていたのですが、神楽坂にあった歌会会場と夏目坂は近かったです。漱石の旧宅があったのでしょう。今は犬山の明治村にあります。

 伊集院氏は、12日手術された後、順調に快方に向かわれているらしく、安心しました。体調もよいらしいので、しばらくしたら続きが読めそうです。

 「ミチクサ先生」で、驚いたことは、子規の「柿食へば鐘がなるなり法隆寺」の鐘は実際は東大寺の鐘だったことです。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56712710S0A310C2BC8000/

 

昨日友人から頂いた彼岸だんごとぼたもち

 

 


コメント   この記事についてブログを書く
« クリスマスローズのプレゼント | トップ | 夫たちの能公演は7月4日に/ ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事