つきみそう

平成元年に出版した処女歌集の名

奈良だより 88

2012-07-27 | 国内旅行
 奈良の前田様から、一昨日奈良の大暑の便りが届きました。素晴らしい夏の二上山夕日の写真です。光芒が美しいですね。以下はメール。

 「最近地球がおかしくなっているのではないかと思うほど、天候が不順で農作物も順調には育ちません。かねてから、二上山の雄岳と雌岳の間に落ちる夕日を撮りたいと、何度も明日香へ通っていますが、雲が出たり、時期が早かったりと、思うようになりません。
 16日に奈良から帰ってくる途中で二上山付近に雲がなく、よい夕日が見られると思い、自宅直前からUターンして、明日香に向かい、19時頃にスマホで撮影しました。これでも山の鞍部に夕日が落ちるには2日ほど早かったようです。」

 昨日、下記のような追伸が届きました。

 「昨日二上山の写真をおくりましたが、二上山の雄岳頂上には宮内庁が治定した「大津皇子」の陵墓があります。我が家の北西の位置に二上山が見え、この山を見ては、大伯皇女の

「うつせみの 人なる我や 明日よりは 二上山を 弟背とわが見む」

の歌を思い出して親しんできました。
 昭和58年に二上山麓南東の尾根で「鳥谷口古墳」が発掘され、大津皇子の墓ではないか?と言われ県史跡に指定されています。先日ある歴史講座で講師が「二上山頂上の大津皇子の陵墓はウソやでー」「山麓の鳥谷口古墳が本当の墓や」と力説するのを聞いて情けなくなりました。
 奈良県内だけでなく大阪からも眺められる二上山の頂上に大津皇子の陵墓があると思ったほうが、大伯皇女の歌も悲しみとともに生きてくるように思います。考古学的には、宮内庁の治定した陵墓で信憑性のあるものはごく限られてきます。考古学的史実とは別に、今まで言い伝えられた方にロマンを感じます。」

      
       二上山の夕日

   
    同上
コメント (8)
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