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台湾訪問記その12・死刑制度廃止検討委員会視察 2019.9.2.-9.4 -台湾政治

2019-09-21 11:40:03 | 日記・エッセイ・コラム

死刑廃止連盟で死刑廃止に取り組む市民団体、裁判官、大臣、元死刑確定者から、充実したお話を伺った後は、

そもそも台湾とはどのような国なのか、どのような政治情勢なのかを知るため、

国立政治大学の林超琦副教授から、台湾政治のレクチャーを受けました。

 

 

会場は迪化街にあるカフェです。

迪化街は古い問屋街だそうですが、リノベーションされてカフェやレストラン、雑貨店などが立ち並んでいるおしゃれな場所です。

そして、カフェと言っても「台湾」、台湾茶のカフェです。

おしゃれなカフェで、台湾茶をいただきながらの優雅なレクチャーでした。

 

林副教授から、台湾政治の基本について教えていただきました。

(以下は、私が理解した内容ですので、歴史的事実として間違っているところがあるかもしれませんがご容赦ください。)

1945年、第二次世界大戦が終わります。

その当時、中国(大陸も台湾も)は、孫文が結党し、蒋介石が率いていた国民党による政府です。

1946年には憲法が作られ、1947年に総選挙が行われました。

しかし、中国では、国民党政府と共産党との内戦が続いています。

そのため、1948年4月、国民党政府は「動員戡乱時期臨時條款」を発動し、行政権に権力を集中させます。

憲法では議院内閣制であったにもかかわらず、蒋介石は自分に権力を集中させるために特別法で大統領制にしてしまったのです。

大統領の任期もないため、蒋介石は1975年に死ぬまで大統領であり続け、約40年にわたって国民党の一党独裁体制が続くことになりました。

(「動員戡乱時期臨時條款」というのは、自民党改憲草案の「緊急事態条項」と同じですね。これを使って、蒋介石は独裁者となり、一党独裁が続いたのです。緊急事態条項、怖すぎます。)

 

1949年、共産党に敗れた国民党政府は台湾に逃れ、台北に遷都し、政府を樹立します。

そして、台湾省には戒厳令が敷かれました。この戒厳令は1987年まで続きます。

国民党政府の立場としても、台湾島だけで一つの独立国と考えているわけではありません。

中国全土でひとつの国家であり、台湾は、中国の中の台湾省、首都台北のある省という位置づけです。

(「台湾省」と書かれた車のナンバーをよく見かけました。)

台湾省以外の中国領土は、中国共産党によって不法に占拠されているということですかね。

 

国民党政府には、国会に相当する国民大会という議会があります。

しかし、台湾省以外は、中華人民共和国の支配かにあるので、実際に選挙を実施することが出来ません。

そのため、1947年の総選挙で選ばれた議員の任期が延長され、終生議員をすることになりました。

そのため、車椅子に乗ったお年寄り議員が何人も国民大会に出席していたそうです。

選挙は、議員の死亡による欠員が生じた時にしか行われなかったみたいです。

また、国民党政府がくる以前から台湾に居住していた人が大勢いるのですが、選挙が実施されないため、国民大会に代表を送ることもできませんでした。

 

長らく一党独裁体制が続いていたのですが、

1979年 自由や人権を求めるデモが起こり、美麗島事件(高雄事件)が起こります。この事件をきっかけに、民主化を求める市民運動が高まっていきます。

1986年 国民党政府が来る以前からの台湾人が多くを占める民進党が組織されます。

1987年 蒋介石の息子である蒋経国大統領が政党結成を解禁し、民進党は正式に政治政党となり、これにより一党独裁体制が終焉を迎えます。そして戒厳令も解除されました。

1988年 蒋経国が死亡し、副大統領であった李登輝が大統領になります。ここに、蒋介石・蒋経国という親子による独裁が終わります。

李登輝はもともとの台湾人であり、大学の先生です。1977年に台北市長になり、また、国民党政府が台湾人の政治参加を叶えるために副大統領に任命されていました。

1990年 「動員戡乱時期臨時條款」の廃止を訴える大学生らによる「野百合学運」が起こります。学生運動ですね。

1991年 「動員戡乱時期臨時條款」が廃止されます。 

1992年 ここでようやく、国会の全面改選(総選挙)が行われます。

1996年 初の総統直接選挙が行われ、国民党の李登輝が初代総統になります。

2000年 二度目の総統選挙では、民進党の陳水扁が総統になり、初めて政権交代が実現します。

2008年 国民党の馬英九が総統になり、政権が国民党に戻ります。

2016年 民進党の蔡英文が総統になり、再び、民進党への政権交代が起こりました。

そして、現在に至っており、2020年1月には、次の総統選挙が行われます。

台湾が民主国家となったのは、日本だとほぼ平成に重なります。つい最近です!

 

こうした民主化の流れと、死刑の状況は無関係ではないようです。

台湾での死刑執行数は、

1989年 69名、1990年 78人 でした。

初の総統直接選挙が行われた1996年も22名、1997年は38名が執行されていました。

民進党への政権交代が実現した2000年には17名が執行されましたが、

2001年 10名、2002年 9名、2003年 7名、2004年 3名、2005年 3名と激減します。

そして、2006年から2008年までの4年間は、執行が全くありませんでした。

ところが、2008年に国民党に政権交代した後、2010年に4人が執行されました。

2011年から2015年は、毎年5,6名が執行されています。

再度民進党に政権交代した後は、2016年 1名、2017年 0名、2018年 1名という執行状況です。

一党独裁体制が終焉し、民主化が進む中で、死刑の執行は激減しています。

 2020年1月には、台湾総統選挙が行われます。

「死刑廃止」は争点にはならないようで、民進党・国民党のいずれが勝ったとしても、死刑廃止に向けての政府の大きな方向性は変わらないようです。

台湾総統選挙の一番の争点は「中華人民共和国との関係」です。

私の理解では、国民党は一つの中国、中華人民共和国ともうまく付き合っていこうというスタンス、民進党は台湾は台湾として独立した国家になろうというスタンスのようです。

 

林副教授が、興味深い、調査結果を教えてくれました。

台湾の人たちに、自分は台湾人と思うか、それとも中国人と思うかという意識調査です。

1992年の調査では、「台湾人でもあり、中国人でもあると思う」という回答が46.4%、「中国人であると思う」という回答が25.5%、「台湾人であると思う」という回答が17.6%でした。

ところが、

2019年の調査では、「台湾人であると思う」という回答が56.9%と多数を占め、「台湾人であり、中国人でもあると思う」という回答は36.5%、「中国人であると思う」という回答は3.6%しかありませんでした。

今の若い人は、台湾(中華民国)で生まれ、教育を受け、生活してきているので、次第に「台湾人」という意識を持つ人が増えているのだろうと思います。

また、中華人民共和国と中華民国がどのような関係であるべきかについては、

「現状を維持して将来に検討する」という人が30.6%、「永久に現状を維持する」という人が26.9%、「独立に向かうべき」という人が19.9%、「すぐに独立すべき」という人が5.8%ということがそうです。

「統一に向かうべき、すぐに統一すべき」という人は合わせても10.4%しかいません。

現状の体制での生活に特に不満がないことから、保守的な考えが多いということでしょうか。 

いずれにしても、台湾がこれからも平和であってほしいと思います。

 【カフェで記念撮影です。】

 

レクチャーの後は、林副教授にチョイスしてもらった、迪化街で有名な「稲舎」というレストランで懇親会をしました。

レストランに行くまでの街並みがレトロで雰囲気があり、おしゃれな雑貨屋さん、台湾の食材やお茶を取り扱うお店がいくつもあり、

ついつい引き止められ、遠くはない店なのですが、なかなかたどり着けません。

「稲舎」では、一番の名物だというアヒルです。

タロイモと混ぜてハンバーグのような感じ。

本来はお米屋さんだそうで、白ごはんが美味しいようです。(すみません、私はグルメでないので微妙な味の違いが判りません。)

結構なボリュームがあり、美味しくおなかいっぱいになりました。

「稲舎」HP

 

 

 

 

 

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