「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2013・12・17

2013-12-17 07:55:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から、昨日の続き。

「モダン・リビングや団地には、いうまでもなく仏壇がない。和風建築の専門家でも、とくに注文しないかぎり、故人のことは念頭にない。仏間をというと、びっくりする。そんなものもあったなあ。
 建築家が忘れたのは、建主のすべてが忘れたからで、老女がわずかに拝むくらいで、彼女はそれを子どもにしいない。しいてもきく世代でないと知るから、ほとんど恐縮して拝んでいる。たぶん、今の老女たちが死んだら、故人を祭る伝統も絶えるだろう。
『水は方円の器に従う』というが、人は住宅に従うものだ。現代の老若が現代的であるのは、そのすまいに負うところが多いのである。若夫婦が団地に住めば、団地に従う。老夫婦は、なにに従って今日にいたったのだろう。
『文化住宅』である。赤いかわらに代表されるあの怪しい住宅に従って、いつか老人になったのである。
 若夫婦を育てたのは彼らである。彼らは、叱(しか)るべきことも叱らないで、それを自由主義だと心得、『きみたちの気持はよくわかるよ』と歯の浮くようなことをいい、仲間だけになると、『近ごろの若い者は…』と悪口をいった。
 彼らは、伝統にささえられた断固たる発言はおろか、孫に昔話一つ聞かせてやれない。ママさんおトイレ、と嫁の口まねをするのがせきの山なら、若い者はなんの得るところもない。追い出されるのは道理だと思われる。
                                      (『太陽』昭和39年2月号)」

(山本夏彦著「とかくこの世はダメとムダ」講談社刊 所収)

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