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NHK-BSP「額縁をくぐって物語の中へ」---「ゾファニー“ウフィツィ美術館のトリブーナ”」

2011-06-21 18:07:10 | アート

3 NHK-BSプレミアム「額縁をくぐって物語の中へ」

---「ヨハン・ゾファニーの《ウフィツィ美術館のトリブーナ》」

6/21(火)7:15~15分、再放送15:45~15分

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【スタフ】

○ アニメーション作家: 大橋弘典とユニット「qmotri」(クモトリ)

○ 監修: 井出洋一郎

○ 制作: NHKエデュケーショナル

○ 制作・著作: NHK、イースト・エンタテインメント

【キャスト】

○ トラベラー(旅人に扮したMC):男優・池田鉄洋。

○ フレーム(秘書に扮したナレーター): 声優・杉本るみ。

○ 声の出演: 懸樋プロ(ジョージ役: 岩田翼ら)。

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【今回のテーマ】

■ ヨハン・ゾファニー作の《ウフィツィ美術館のトリブーナ》

1772~77年、カンヴァスに油彩、バッキンガム宮殿王室コレクション

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1 ヨーロッパ王室御用達の人気画家ヨハン・ゾファニーが、英国の愚王・ジョージ4世の王女、シャーロット・オブ・ウェールズ(後のベルギー王レオポルド1世王妃、左の絵)の御用命で、5年も掛けて完成させた作品だが、王女のお気に召さなかったため評価は低いままで推移した。

英国貴族の青年達は、学業を終えた後、イタリア・フランスを訪ね大陸の文化・芸術を学ぶツアーを行うのが通例となっていた。特に、ウフィツィはルネサンス芸術の粋(すい)が集まっており、シャーロット王女もまた、それらの模写を傍においてゆっくり眺めたかったのだろう。これだけのイタリアの名作を纏(まと)めて模写するとなると英国王女位でないと許可されなかった。

ゾファニーは、ヴィーナスの絵と像を比較し易い構図にしたり、後に英国国教会まで設立して対立したローマンカソリック教会「教皇レオ10世と枢機卿たち」(1518)を半分しか入れなかったりの配慮までは良かった。

ところが、自分の意思を入れ過ぎ、贔屓(ひいき)のラファエロを中心に据え、「コロンナのマドンナ」(1508)を抱えた自分を入れ、ピッティ宮殿・パラティーナ美術館の「小椅子の聖母」(1514)まで入れてしまった。

また、画家・彫刻家の苦労を知らせる意味なのか、イーゼル・パレット・ナイフ・筆・ハンマー・ノミの道具一式を入れた。

それから、見ての通り、ギャラリーの管理人ピエトロを除けば、余りに多くの英国関係者を入れてしまい、絵全体を鬱陶(うっとお)しくしてしまった。カンバーランド侯爵フェルトン・ハーベイ、フィレンツェ在住の英国人ホーラス・マン、スコットランドの探検家ジェームズ・ブルース、ジョージ・フィンチ等のグランドツアー貴族青年達17人、合計22人。

これでは、トリブーナ展示室とそのルネサンスの粋ではなく、英国人のイタリア観光ツアー記念さながらである。仲介人的なホーラス・マンは、頼んだ通りに描かないで、自分が入りたくて多人数を描き込んだんだろうと批判する。

私の推測では、画家と仲介人の不仲に加えて、5年の間に入れ替わり立ち替わり貴族がやって来て、アーデモナイコーデモナイと口を挟(はさ)むものだから、画家も自棄(やけ)のヤンパチになったのではあるまいかと思ってしまう。

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■ ウフィツィ美術館 (Galleria degli Uffizi)

イタリアのフィレンツェ市に在る、メディチ家歴代の美術コレクションを収蔵し、イタリアルネッサンス絵画を所蔵した世界最大級、近代式としてヨーロッパ最古、イタリア国内としては収蔵品の質量ともに最大の美術館。

私の娘は、しっかり観光ツアーで訪れている。

館の中央には、「トリブーナ」(Tribuna, 真珠貝) と呼ばれる真珠貝が散りばめられたドーム空間(特別展示室)が広がり、ドーリア式の回廊の上に2~3階部分が建設されたルネッサンス様式で、全体としては巨大なU字型をしている。

展示物は2,500点に上り、古代ギリシア~古代ローマ時代の彫刻から、ゴシック(12C中--15C)~バロック(16C末--18C中)~ロココ(18C)時代などの絵画が系統的に展示されているとともに、3階では、ダ・ヴィンチ「受胎告知」(1472-73頃)、ボッティチェッリ「ヴィーナスの誕生」(1483頃)、ラファエロ「自画像」(1504頃)・「ヒワの聖母」(1505-06頃)、ミケランジェロ「ドーニの聖家族」(1507頃)、ヴェチェッリオ「ウルビーノのヴィーナス」(1538)等々のイタリア・ルネッサンスの巨匠の絵画が一堂に展示されており圧倒される。

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初代トスカーナ大公のコジモ1世(Cosimo I de' Medici, 1519~74年)の名により、ジョルジョ・ヴァザーリの設計で、1560年に着工した。

最初は市の行政機関オフィスとして使われていたことから、「ウフィツィ」(Uffizi 政庁館、Ufficio 事務所) と呼ばれた。

2 尚、コジモ1世と言えば、メディチ家系にあって、父ジョヴァンニと母マリーアの息子。1537年にフィレンツェ公アレッサンドロの暗殺後、18歳でフィレンツェ公を継ぐ。

ハプスブルク家の支援の元、中央集権体制を確立し、首都改造事業の一環としてウフィツィ美術館やヴァザーリの回廊などを建設し、今日のフィレンツェの景観を作り上げた。

アルノ川沿いの砂地に建築されており、基底部分は世界最初のコンクリート工法。

1591年より部分的に一般公開され、1982年には世界遺産フィレンツェ歴史地区の一部として認定された。

メディチ家が断絶し、唯一の血統を引く相続人のアンナ・マリア・ルイーザ(1667~1743年、左上の絵)が遺言で、メディチ家のコレクションがフィレンツェに留まり、一般公開されることを条件に、全ての美術品をトスカーナ政府に寄贈した功績は大きい。

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