今度、どこ登ろうかな?

山と山登りについての独り言

鹿岳

2006年03月13日 | 山登りの記録 2002以前
平成14年11月7日(木)

 鹿岳は内山峠越えの際、下仁田の町の奥に鹿の袋角そっくりの変わった山容が、いつも目に付いていた。今年の春、家族で荒船に登った時も目にした。それが、意識のどこかにこびりついていたのかもしれない。低いけれど、西上州では人気の山ということらしい。
 
朝起きて出発する。藤岡・富岡と過ぎ、下仁田で国道を離れた。南牧村に入ると、道路は急に狭くなり、日陰は今朝の寒さで霜が降りて白くなっていた。昔の農協の集荷所建物が大谷石で出来ていて、こんなところがいかにも古い物そのままの山村らしい。南牧川沿いにわずかで、小沢橋を右折する。この丁字路はバス停があり、出来すぎた雰囲気のよろず屋(たばこ屋?)がある。幅の狭い橋を渡り突き当たりを左折、「山の美術館」の看板を見る。機会があれば寄りたいなと思う。狭い道を沢沿いに進むと直ぐに谷間の山村になり、塩沢集落まで来るとのしかかるように鹿岳の岩峰が頭上高く姿を現した。西上州のドロミテとかなんとか言っているらしい。それはともかく、その現れ方は、やはり鳴り物入りの見せ場のようであり、事実「うわっ」と誰もが声を出さずにいられないだろう。そして、ガイドブックにもあるように本当にあんな岩の上に立てるのだろうか?と、思う。ここはそういう現れ方をする場所だ。

 紅葉が彩る前山の上に少し灰色がかった岩塔が二つ重なって聳えている。見上げながら先を急ぐと、すぐに鹿岳は姿を消し、また集落に出る。ここに「山の美術館」があった。
古い分校の校舎を利用した村営の無料の美術館と言うことだ。狭い道路をさらに奥に進むと、四ツ又山の登山口を過ぎる、登山道を登っていく中高年らしい5,6人のグループを見た。

 四ツ又山の登山口を過ぎてわずかで、道路脇に広い駐車場が現れた。鹿岳駐車場と書いてあり、既に4台の車が停めてある。駐車場と道路脇に手書きの稚拙な看板が立っている、『お帰りのおみやげにどうぞ、郷土の地酒「小沢岳」「鹿岳」』酒を飲まない人間なのでまったく気にもならないが、飲んべえだったら自分が登った山と同名の酒を記念に買って帰るかもしれない。地元でも鹿岳(かなたけさん)は大変親しまれている山で、登山道も良く整備されているとのことだ。

 車を降りて仕度を整え、駐車場を後にする。鹿岳とは反対側の山の斜面が朝日を浴びて紅葉が見事だ。所々に岩を配しているのでそれが景の妙を醸し出している。
 少し歩くと一軒家の農家があり、飼い犬が吠えたてていた。右手に納屋があり、そこに細い道が登っている。「鹿岳」と見落としてしまいそうな小さな看板がぶら下がっている。
 道は薄暗い杉林を緩く登り、小さな沢の流れの左岸をしばらく登って右岸に移ると、ジグザグの急登になってそれがずっと続いた。滑のある沢の水場を過ぎると、ますます登りはきつくなってきた。きつい登りは少しもゆるまず、杉林から雑木になっても変わらなく続いている。
 
いいかげん疲れた頃、とは言えまだ登り始めて1時間くらいしか経っていないのに…、頭上高く木々の枝の隙間から鹿岳・一岳らしい岩峰が覆いかぶさるように現れた。白っぽい岩壁は、ここから見ても威圧的だ。あまり必要とは思えない、クレモナロープが玉結びになってぶら下がっている、すべり易い泥交じりの斜面を越えると、待望の鞍部に到着した。下の方で登り口の家の犬が吠えている、誰かが登山口から登り始めたのかもしれない、まるで鹿岳の番兵のような犬。
 
 しばし休息、息を整えると反対側(下仁田側)の景観が樹林越しに広がった。小春日和の晴天だ。そのせいで厚着した身体は汗でびっしょりだが、コルを流れる風が気持ちいい。かなり痩せた岩稜になっているが潅木が生えているので高度感はあまりない。下仁田の町並みとその先に広がる関東平野の北部(つまりは群馬県の平野部)が明るく望まれた。その果てを限るのは赤城や榛名だが、やや霞んでよく見えない。一の岳へは右手にツツジなどの潅木の間、露岩の登路を行くようだ。一の岳を指す指導標の先に、ロープが一本下がっているが、もとより使うほどのものではない。呼吸を整え汗が引くと最後の登りを行く。ぐんぐん高度を稼いで、傾斜が緩くなると樹木の丈が低くなり空がぽかっと抜けた。青空が頭上に広がった。一ノ岳山頂は西面に岩頭があり、黒御影石の石碑がある。その先は切れ落ちた絶壁になってる。岩の上に立つと荒船山を始めとした南西から北西側の大展望が広がった。足元はすぱっと切れて、下に小さく下底瀬の集落や段々畑、うねって緩く登る道路の行く手に黒滝山の不動寺らしい建物が見えた。おしりがむずむずするロケーションだ。
 御影石には修験道の山伏が使う言葉で「摩利支天 おんまりしゑいそわか 緑村書」と書いてある。作られたのは新しいが、この山が古くから山岳信仰の対象になっていたことが分かる。この辺りには岩山が多いが、妙義や黒滝山など修験道にいかにもぴったりなのだろう。
 今、このすばらしい開放感に満ちた山頂は僕一人のものだった。他に人影もなく、駐車場の車の主たちは何処にいるのだろうか?ここから下の方に見える四ツ又山の方角から、時折人の話し声らしいものが風に乗って聞こえてくるが、大分遠くて人の声か風の音か正確には判別しかねる。コンビニで買ったおにぎりを頬張る。空は青く澄み渡り、絹雲が薄く刷毛ではいたようにアクセントを添えている。暖かく、心地よい空気に満ちて、直ぐ向かいのニノ岳が鼻を突きだした人の頭の様にも見え、色づきだした紅葉の衣を配したその中からごつごつとした岩をのぞかせている。妻にメールを打って、紅茶を飲んだり、この素晴らしい幸福な一時を満喫する。

 展望は良すぎるくらいだが、小さくて谷が深く細々とした山が多いこの山域はどれがどれだか分からない。荒船・小沢岳など、明らかにそれと分かるものしか同定できなかった。
 
 一時間近く景観を楽しんだり、食事したりして過ごしたが、二ノ岳に向かうこととして一ノ岳山頂を辞す。直ぐに鞍部まで下り、灌木の中をニノ岳めざす。尾根は痩せているが木々があるため高度感はない。岩峰の基部まで来ると、右手北側に道は回り込む。見上げるピークはそれほど威圧感はない。北側は暗くひんやりしていた。岩まじりの急斜面に出るとそこに木で作った梯子があり、その上は左上するバンドのトラヴァースになる。梯子は難なく越えたが、次のバンドは取り付くと見た目よりかなり悪い。スタンスが逆層ですべりやすく信頼感がない上、取り付けてあるクレモナロープに絡めた針金は握ると下方に振られてヤバイ、下を見ると結構高度感があった。ここを越えれば、頂上に続く岩稜に出て階段状のリッジを少しでニノ岳の山頂に出た。
 
藪に囲まれて特に特徴もない山頂だ。先の眺望のいい岩棚に向かう。ここで今日初めての登山者に会う、お互いに平日のこんな静かな山で人に出くわすのは余り本意ではないという気分が分かるので、軽く挨拶するだけだ。何よりも山にいて、山のにおいやその中で山と一体になっているという感覚は、残念ながら単独行の時にしか味わえない。若い頃、クラブで確かに登った山がほとんど記憶がないこともしばしばだ。ただ楽しかったこととか、苦しかったこととかを憶えているくらい、その山の印象は不思議なほど薄い。
 
岩棚は、まるで空中につきだしたお立ち台の様な場所だった。先客のカラスがそこで仲間に呼びかけていた。その光景がおもしろかったので、しばらく立ち止まってカラスのパフォーマンスを見てしまった。絶壁の空中につきだした岩棚は、錦秋の山を背景にした最高のステージだ。ハシブトガラスが去った後、そこへ向かう。こんなに開放的で、しかも吸い込まれそうな高度感のスリルに満ちた所もそうはないだろう、ここから眺める一ノ岳はまさに突き立っていると言った表現がぴったりで、逆光になってしまうのがおしいなあ。

先ほどここへ来る手前ですれ違った人が岩稜を下っていくのが見える。ここから見るとケバのように生えた低木を差し引いてもすごいところを下っているように見える。そのリッヂの登り口の辺りに新しく二人の登山者の人影が現れた。平日なのに、結構人気あるんだなあ…とつい口をついて出た。その登山者は中年の夫婦のようだったが、山頂にほんの少し居ただけでこちらには来なかった。岩のステージの上で、どっかりと座って四周の山々を眺め回す、飽きない眺めだがほんの2,3メートル先は200メートル切れ落ちた絶壁だ、何となく少し落ち着かない感じがするのはそのせいだと思う。
 何時まで見ても、見飽きることもないパノラマだが、暖かい晩秋の陽射しもやや斜傾して朝より遠くが見渡せる中にも光線に赤みが増してきたようだ。残っていたうぐいすパンを食べて山頂を辞した。
 
下りは早かった、滑るように下った。ここのところ雨が降らないので、この山の土も乾燥しきっている、滑り降りるときも埃を立てての下りだった。途中、沢の滑のところでペットボトルに水を汲んだ。口に含むとやさしい滑らかな味がした。登山口まであっけない速さで下り、のどかな山村に降り立った。下りで2人の登山者にあったが、みなこんな時間にこの山単独で来たのでないことは明らかだ。アプローチの身近さから2.3の山を梯子しているのだろう。

 帰りに塩沢の分岐のところで車を下りて振り返った。鹿岳が杉の前山の上ににょっきりと2つの岩塔をソソリ立てていた、でも不思議と威圧感よりおとぎ話の中に出てくる光景のような親しみやすさを感じた。佐藤節さんが紀行エッセイの中で「おとぎ話のまぼろし城」と形容していたが、まったくそのとおり、巧い表現だなと思った。
 下仁田への道すがら振り返る四ツ俣山も童話めいた山に見えた。帰りは荒船の湯まで行って紅葉に彩られた山々を眺めながら、露天風呂に入り何とも言えない充実した幸福感に包まれていた。  


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