Cosmos Factory

地方は終焉を迎え、無秩序な空間は途方もなく宇宙まで続く。

土手の文化

2016-09-19 23:53:12 | 民俗学

 先日の松本市内での懇親会の席で興味深い話を聞くことができた。旧安曇村稲核は、松本市内から高山市に向かう国道158号線の沿線にある地区で、最近は風穴の里として知られるようになった。稲核というと、かつて松本で働いていた時代、下水の仕事で国道158号線沿いをよく歩いたもの。そんな稲核の七夕を訪れたのは平成15年の夏のことである。稲核では七夕の飾りに笹竹を使わず、もみじの枝を利用する。その理由は笹竹がないから、という単純なもの。たまたま隣になった方が稲核に住まわれている方だったので、この七夕の話をわたしの方から投げかけたのである。ところが話をうかがうと、実は松本市新村から稲核に養子に入られたといい、稲核に来てもみじの枝を使うことを知ったが、生まれた土地である新村ではまた違ったものを利用していたという。そもそも松本平では笹竹を見ることはほとんどない。したがって稲核のように違うものを利用して七夕の飾りを作っていたといえる。ということで新村ではフジンヅルを使ったと言うのだ。このフジンヅルとは、藤蔓かと思って話を進めるとどうも食い違う。フジンヅルはクズだというのだ。いかにも藤蔓だと思わせるような呼び名がなぜ生まれたかというと、想像するに藤蔓に似ていたからではないかという。クズの蔓を採ってきて、家の柱と柱の間にそれを注連縄のごとく張り、そのクズの蔓に短冊を吊るすという。もちろん笹がないからというが、新村のほかの家でも同じようにクズを使っていたかどうかは、あらためて聞いてみたこともなく、よそでもクズを使っていたと思っていたという。七夕といえば当たり前のように笹に飾り付ける光景を浮かべるが、笹が無い地域は松本も含めたくさんあったはず。そんな地域は笹に代わる物を利用して飾り立てていただろう。新村ではクズの蔓はもちろん、葉も花もそのまま付けたまま採ってきて飾り付けたという。

 そんな話をしながら地域の象徴的目標物の話になった。新村といえば、ちょっと山からは遠い。いわゆる松本の人々が象徴的に捉える常念岳の話をすると、新村では乗鞍岳が印象に強いという。乗鞍岳といえば「白く雪を頂いている」山という印象で、もちろん夏には雪は消えるものの印象では常に雪を頂いているというイメージだというのだ。乗鞍岳は新村からはかなり遠い位置にあるのだろうが、実は松本平から乗鞍岳が見られるエリアは限られている。そしてなだらかな女性的ラインを見せる山の形が独特であることは言うまでもない。新村からは東の美ヶ原も印象的な山のひとつであるが、比べるとやはり乗鞍岳だという。予想もしてなかった答えだったのだが、考えてみれば新村らしい象徴的目標物だと教えられた。

 いっぽう山の懐にあたる稲核にとって山は象徴的なものなのかどうか聞くと、たとえば集落の背後の山は頂きが見えず、そもそもその山が何という山か明確に答えられるほどの山ではないのだ。山の形がはっきりしないような山の懐では、意外にも山は象徴として存在しないのかもしれない。

 さて、クズの話を聞いていたら、新村には土手の文化があったと言うのだ。今でこそほ場整備によって土手はなくなってしまったが、かつては農業用の水路が天井川のように流れていてその土手が大きかったという。クズの蔓はもちろんそうした土手に行って採ってきたわけだが、それ意外にも土手に行って採ってきたものが多かったという。もちろん子どものころはその土手が遊び場所となったもので、とても印象深い空間だったという。おそらく周辺の島立や和田といったところにも土手の文化があったのではないかと言われる。やはり子どものころの記憶にある空間の存在は大きいとも言える。

『長野県』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
« 文化財と行事と人と | トップ | 境目のころ »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

民俗学」カテゴリの最新記事