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「僻地の生活」後編-『伊那路』を読み返して⑪

2019-07-05 23:32:12 | 地域から学ぶ

「僻地の生活」中編-『伊那路』を読み返して⑩より

 宮下一郎氏の「僻地の生活(駒ヶ根市中沢区の大曾倉中山・上割部落)」(『伊那路』昭和34年1月号)についての最終稿である。

 

 

 宮下氏は食生活の近代化を現す指標として調味料を選んでいる。調味料の多様化が近代化なのかどうかは異論もあるだろうが、当時の感覚として、従来の食生活では調味料がそれほど使われなかったということになるのだろう。宮下氏は25種の調味料を選択し、利用度のみをデータ化したわけである。グラフはその結果をわたしがまとめたもの。宮下氏は次のように記している。

一種から五種迄は○で六種から十積迄が八%十一種から十五種迄が四三%で、全体の半数を占めて居り、ニ十一種から二十五種となると十三%で、村の一部となっている。この結果から考えると上位タラスの家が四八%となっている。当地域は村全体から見て決して生活が低いとは云えないが、しかし三部落を通じて比較してみると、中山が上位クラス五八%大曽倉四五%上割四三%というように或る程度、其の地域の生活程度を示すことが伺われるのに気ずく金のかゝる調味料ばかりではないが、やはり調味料を調査当日そのように持合せていた、そのまゝの様子がそっくりと現れているのが面白いし。叉このように調味料に気を配って生活している家は、食生活がかなり向上している事が理解される。

 「金のかかる」ものとして調味料は必然ではない物と捉えられるだろうか。調味料の多様化は金銭的に余裕がある、という解釈なのだ。そして多様化は「食生活が向上している」という判断なのだ。

 ここに示された調味料を見てみると、意味不明なものも登場している。例えば「ミツゲン」である。ネット上にある画像に昭和25年に三井科学工業が販売していた甘味料のものがある。そこには「甘さは砂糖の500倍 味は上質の砂糖と同じ」と記載されている。全体で88パーセントという高い利用率を示しているだけに、当時の汎用化していた調味料のようだ。削り粉とかつお節の違いがわたしにはよくわからないが、かつお節は、実物のかつおを自ら削ったものを言ったのかどうか。上割で「かつお節」の値が異様に高い理由は何なのか興味深い。集落によって特徴が出ているものとしては、「胡椒」や「ふくらし粉」において中山が高い数値を示しているあたりだろうか。宮下氏の言葉の中にあるように、中山の調味料利用率が高い。サッカリンについてはわたしも昔は当たり前のように耳にしたものだが、発がん性が疑われてからは、日本ではその仕様に制限がかかっている。今ではその知名度は低下したとも言えるもの。ズルチンもサッカリンに似た印象があるもので、それこそ中毒死事故発生などを経て、昭和44年に使用禁止されたもの。上割では18パーセントの利用率を示していた。利用率が中山のみで2パーセントを示している「ヘット」は耳にしたこともないものだ。いずれにしても時代性を表している調味料であり、「味の素」と「サッカリン」がほぼ同じくらいの値を示すほど、今では利用されなくなったものが、当時は存在していた。

終わり


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