Cosmos Factory

地方は終焉を迎え、無秩序な空間は途方もなく宇宙まで続く。

2月8日、12月8日以外の「ヨーカ」と「コトヨーカ」

2018-11-12 23:27:50 | 民俗学

風邪を何に託して送ったかより

 

 

 

 2月8日あるいは12月8日以外にも「コト」が存在する例がある。たとえば根羽村の次の事例である。

 七月七日に「ことがみ送り」をする。馬に乗せた形の藁人形を作り、青竹を腹にさしこむ。それを立て置いて禰宜に拝んで貰ふ。それから、小麥を一つかみ宛包んで水引で結び、それを竹の枝に吊るして「しゅしょう」様に御嶽講の「のりと」を上げて貰ひしっかり「ことがみ」を封じこんでしまふ。かうして、これらを持って萸野、黒地、町と廻り、最後に萸野の人が「サカキ塚」といふところに持って行って立ててくる。(竹内利美、長田尚夫、井上正文『南伊那農村誌』山村書院 昭和13年 292頁)

 「ことがみ送り」と称しており、それは7月7日に行われたという。また、隣の愛知県北設楽郡設楽町田峯の例は次のようなものである。

 六月八日のコトノカミオクリには麦ワラで殿さま、奥方、お伴の三つの人形を作り、事の神立て場まで送ってご幣とともに竹竿にさして立てる。コトノカミを送ったあとは振り向いてはいけない。(荻原秀三郎『目で見る民俗神』第三巻 東京美術 昭和63年 43頁)

 こちらもコトノカミオクリと称しており、下伊那において2月8日に行われているものに似ている。田峯の例では殿さまに加えて奥方とお伴の者、3体の人形を作っているわけであるが、人形を作る例として3体作る例は、例えば彼岸に行われる神送りである松本市四賀五常井刈倉掛の「ヒャクママンベー(百万遍)」もそうである。

 このようにコトノカミオクリと称しているものが2月8日と12月8日以外にもあることから、必ずしもコト八日にのみ限定された習俗ではないことがうかがえる。

 また、「ヨーカ」という呼び名も2月8日と12月8日に限定されたものではなく、コト八日の存在感のない北信においては、5月8日を「ヨーカ」と称しているところがある。そこで卯月八日と五月八日に行われる行事を図にしてみた。ただしこの中には寺や堂で行われる甘茶に関するものは除いた。

 いわゆる甘茶をつくる風習は寺や堂意外に個人的につくられる例がたくさんみられるが、それ以外の行事には地域性が見て取れる。たとえば嫁の里帰りは北信でも岳北地域を中心に夥しく分布している。また門口に花を飾るのは伊那谷を中心に南信域に多い。事例としては少ないが、便所に虫除け札を貼る、あるいはウツギの小枝をさして虫除けにしたところが、下伊那に点々とみられる。嫁の里帰りにもかかわるのだろうが、この日を休み日としている例も北信中心に点々とみられる。

続く

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