Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

「分水工を探る」余話①

2009-12-03 12:21:35 | 分水工を探る

「分水工を探る」其の4より

■木曽山用水牛蒡沢水枡

  「分水工を探る」と題して西天流の円筒分水工を中心に触れているが、西天流に限らず農民の水争いというものは歴史上に多くの事例を残している。西天流はそんな歴史にくらべれば浅いもので、そもそもまったく水の無かったところに導水されることによる開発の恩恵が大きかった。公の力によって成しえた事業であるだけに、後の争いも説話になるようなものではなかっただろう。わたしの生家のあたりでも、川の中に座り込んで対抗しようとしたという話を聞いたことがある。それほど大昔のことではないのだが、遠い過去の話として語られている。生産調整の時代が到来し、米余りを招いたことによってそれほど水に対する意識は過去ほど高くなくなったともいえる。とはいえ、歴史があるだけにどれほど水が余ろうとも取得した水利権は耕作者たちの地と汗の結晶とも言えるだろう。

  木曽山用水については以前にも触れた。江戸時代より続いた水利権取得の願いは、明治になって一気に現実味を帯びた。県が仲介してどうしても納得しなかった下流域の既得権を持った地域に同意させたわけだが、そこには贈収賄という現代にも通じる利権が働いた。水利権を新たに取得した人々にとってみれば、どれほど悪役人であっても願いを聞き入れてくれたことは偉大に違いない。その張本人である本山成徳は元薩摩藩士で、県知事にあたる参事についた薩摩藩士永山盛輝の下で働いた。明治8年に免職となり終身禁固刑を受けたと言われ、田中角栄張りの権力者だったのかもしれない。しかし、百年を越える水利権取得の願いが叶った農民にとっては、そんな権力者がいなければいつまでも成し終えなかったことだろう。いや、現代であればそれこそ八ツ場ダムではないが、巨大土木事業によって何らかの形で願いが叶っていたのだろう。本山成徳がいなくともいつかは念願叶っていたのかもしれないが、生産調整以降開田は認められていないことから考えると、今と同じ水田地帯が広がっていたかどうかは解らない。

  木曽山用水は上戸(あがっと)中条井とも言われ、明治6年に完成したという。完成当時は権兵衛峠付近を木曽谷から伊那谷に越えて小沢川の上流北沢に放流されていたが、後に災害復旧によってトンネルで抜き、南沢へ落とすように変更された。南沢に落とされた水は上戸中条では利用できないが、その分を北沢から取水するという為替というスタイルをとったわけである。不思議なもので、管理している木曽側の水路は自らの田んぼに引かれる水ではないのである。下流域の耕作者から水を得るために管理しているわけで、もしその水路が水が止ったとしても実際の耕作地にはまったく影響がない(もちろんそれによって北沢から取水するという権利はなくなるが)という理由は解るものの、少し妙な話なのである。詳細については「木曽山用水」を参照

  奈良井川の源流にあたる白川から取水した用水は、トンネル手前で「水枡」といわれる堰で一定量に制限される。ようはこれ以上の水は取りませんという施設なのであるが、同じものが伊那側の取水地である牛蒡沢にも設けられている。長野県のホームページによれば、取水量についてこう記している。「幅4尺5寸(136cm)、深3寸5分(10.6cm)、長5間(9.1m)の木樋として、1間(182cm)についき5厘(0.15cm)の下り勾配(1/1213)の水枡を造り、この枡内を通過する水量」、これが取水量の協定なのである。協定書というものを見たことがないが、これらが細かく記されているのだろう。

 

 図は牛蒡沢にある「水枡」を描いたもの。実際は尺貫法に則っているからメートル法で計測すると協定内容とは異なるのかもしれないが、この数値を認識せずに計測したから若干の違いが図には表れている。樋の幅は誤差範囲と認識して1360mmと表示したが、わたしのメモには1370mmとある。いっぽう樋の深さも図では100mmとしたが、土木構造物のミリ単位についてはなんともいえない世界である。現在は非灌漑期ということもあって水は通されておらず、木樋が腐食しないようにブルーシートが掛けられている。「「水枡」という施設」で触れたように、水枡検査というものが毎年通水前に行われて施設が協定書の通りであるかを確認している。その際には営林署から県の関係機関など主だった人たちが、上戸中条井の関係者に立会人として招待を受ける。このあたりにもかつて役人によって念願を叶えてもらったという思いが引き継がれているように思う。


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