Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

高齢者ほどマニュアル車に

2019-06-08 23:20:30 | つぶやき

 高齢者ドライバーマークをつけている車の後ろについた。「止まれ」から広い道に出るところで、前車はほとんど「止まれ」をせずに発車していった。思わず「止まらないんだよなー」と口にしたが、そのすぐ先の小屋影に白バイが2台止まっていた。「おっと、捕まるのか」と思ったが、前車を制止することもなく、白バイに気づいて驚いた様子の前車もそのままわたしの前を走り続けた。前にも記したことがあるが、最近警察は「止まれ」に対して甘くなった。とはいえ、今日の前車の動きは、「止まれ」にはほど遠かった。そもそも白バイは一旦停止を見ていたのではなく、何かほかのことに注視していたのかもしれない。

 AT車のことについて一昨日記したばかりだが、AT車の場合、かつてのマニュアル車からの移行者に合わせて、ブレーキは右足で踏むものとしている。したがって「止まれ」に至った場合、アクセルから外した右足をブレーキに移動して踏むことになる。ところがAT車の場合、ブレーキを踏んでも外せば前進するようにできているから、何もしなくても前進する。したがってその操作が緩慢なら、完全停止しないまま発車する。いまどきは、ほとんどの車が一旦停止で完全に停止しない。AT車全盛だから当たり前かもしれない。そもそもこれほどAT車があたり前になったのだから、ブレーキは左足で踏むもの、という常識を植え付けるべきだろう。あえてマニュアル車のように右足で制御するから、アクセルとブレーキの踏み間違いが発生する。当然動作が緩慢になる高齢者にそれが起こりやすいのも自然なことだ。AT車は誰でも運転できる、もっといえば少しくらい痴呆症があったって運転できる機械だ。近ごろの事故ニュースから、自動運転のさらなる進化を、という話があるが、わたしは逆ではないかと思っている。

 かつては、前車がエンストを起こして止まるケースをよく目にした。もちろん自分も何度となくそんなことはしたもので、今でもたまにすること。とくに発進時のエンストは、慣れない車だと当たり前のようにあった。ところが今はほとんどの車がAT車だから、エンストなどという事象は絶滅したと思われている。クラッチとアクセルをタイミングよく繋げなければエンストする。これは高齢者になるほどに慣れていても発生する事象。最近よく耳にする「焦り」による急加速は、AT車ではエンストすることなく当たり前に発進するから起こり得ること。ところが「焦り」があれば、マニュアル車の場合エンストしてしまうことが当たり前に起こる。ようは、高齢者ほどマニュアル車にするべきだということだ。たとえ発進してアクセルを踏み続けたとしても、先日福岡で起きたような超高速運転には繋がらない。また、左足を踏めばギアが外れるとわかっていれば、咄嗟に左足を踏むという行為も生まれる。さすがにわたしは最近経験したことはないが、かつて事故をした際にはブレーキを踏むとともに、クラッチも踏んでいたものだ。そのメカニズムはわからないが、人間は咄嗟に足を踏むという動作が身についているのではないだろうか。ということは、アクセルを踏んでしまうのもわかること。繰り返すが左足が使えないAT車において、右足しか使わずにブレーキとアクセルを操作するのは危険だということ。もし右足だけでそれをするのなら、アクセルは踏み込むではなく、「戻す」にしなくてはならない。


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