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Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

平成31年を振り返る

2019-12-31 23:46:01 | つぶやき

 大晦日、ということで1年を振り返っておこう。

 何といっても台風19号襲来は大きな出来事となった。記憶に残る「年」となるだろう。そういう意味ではいろいろな意味で「基準年」になる。それがたまたま元年度であったということで。一層境界線となる。5月から「令和」ということで、このあたりはけっこう曖昧な「年」とも言える。しばらく令和元年に身を置いてしまって、1月から令和元年のような気がしてしまっているが、4月は平成31年だった。すっかり平成31年を忘れてしまっているかもしれない。「基準年」ながら、間違いやすい年になってしまうだろう。

 1月にはこの地域特有の呼称「ホンヤリ」について周辺を調べた。しかし、行事が1日に集約されるため、すべてを調べあげるのは容易ではない。年明けには再度調べたいと思っているが、多忙のためできるかどうか…。

 1月17日に「非謝罪」を記した。先日わたしにとっては今年末唯一の「忘年会」があった。そこで日ごろ思っていることを、確かめるように問うと、「わたしもそう思ってる」という同調する言葉をいくつももらった。「何だ、みんな同じ思いなんだ」と安堵したわけだが、業務上身近にいる人たちでありなから、わたしたちにはまったく理解できない世界の人たちがいる。それが「非謝罪」にも触れた人種の人たちだ。謝罪をしないばかりか、人を見下したように見る。その視線に辛い思いをしている自分を、日ごろ押しとどめながらも彼ら、彼女らと対峙する。そしてとりわけその視線を送る特徴ある人たちがいる。あえてその詳細には触れないが、「わたしも…」と同調される先には、やはり共通した顔が浮かんでくる。それは、やはり「非謝罪」の原点と同じ背景があると悟るが、その二面性は、意外に世の中の人たちは知らない。

 煽り運転が話題になった年だったが、1月に「煽られなくても“威圧感”を記している。煽り運転を予感して記したわけではないが、このごろの煽りに近いような後続車の接近は、これほど煽り運転が話題になっていても、変化の様子がうかがえない。ようは接近して運転することを「煽り」とは当事者が思っていないのだろう。立場を変えて考えてみる、そういう視線が足りないと強く感じるこのごろ。同じことはわたしたち社会のいたるところに生じる課題に共通するものなのかもしれない。

 3月から4月にかけて阿南町に日々通った。かつて平成10年代中ごろ、地すべりの兆候を、あまり人々が足を踏み入れないような空間で捉えて「この後どうなっていくんだろう」、そう強く思ったことがあったが、15年以上を経た現在の姿も、それほど大きくは変わらずとも、明らかに荒廃しつつあるさまざまな土地、施設を垣間見、この後の地域の行く先を案じたしだいだ。

 3月、松本市の文化財指定物件に絡んで、「人形神送り」の事例をいくつか訪れた。結果的に2物件のうち、1件は先ごろ指定に向けた手続きに入ったが、もう1件は宿題として残された。細々と実施されている行事なだけに、その保存伝承に課題は残るだろうが、長く続けられることを祈るばかりだ。本日記にも記したデータをもとにまとめたものを、来春1月の『信濃』へ発表する予定だ。

 同様に文化財指定にかかわるものとして、大宮熱田神社例祭の獅子舞について本日記でも何度となく触れたが、いまだ完結していない。来年も引き続き継続していく予定。

 さて、過去の日記と、この1年の日記を読み返すと、この1年の日記の内容の薄さにがっかりする。もちろん忙しいので短時間で済ませよう、あるいは最近のようにタイムリーに日記を書けずに、過去のものを記す、というようなことになってしまっている。仕方ないものの、なんとか毎日「記す」努力は続けていきたい。


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