Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

甲子様の祭り

2019-06-09 23:22:14 | 民俗学

小野の街並、善知鳥峠方面を望む

 

祭りの準備

 

恵比寿(左)、大黒(右)

 

 

 山形村から家へ帰る途中、連載している記事のために写真を撮ろうとしていた。とくにあてがあったわけではない。辰野町小野を通りかかった際、小野下町の交差点手前で、ふと山側にある墓地が目に入って、強く惹かれたわけではないが、迷わず交差点を右折した。墓地なのか、それとも石仏群なのか、もちろん後者を期待して小高いところまで上ったわけであるが、それほど気に留まるものはなかった。あえて言うならそこから望んだ小野の町並くらいだろうか、「なるほど」と思った対象物は。帰ろうとしてふと目に入ったのは「水晶山、甲子様」という小さな案内板で、50メートル先と示されていた。それほど近いのなら行ってみようと思い、山の尾根を進んだ。「もうとっくに50メートルは来たよな」と思っていると、さらに上の方で音がする。「こんなところで何をしているのだろう」、気が付けば3人ほどの姿が遠くに見える。行ってみると鳥居の先で掃除をされていた。「今日は何かあるんですか」と聞くと、「きのえね様の祭りがある」と言われる。午後1時からの祭りを前に、境内(といっても狭い空間ではあるが)と参道を掃除されていた。じき1時になることから拝見することに。

 甲子様は祠の中に祀られており、石像2体である。恵比寿様と大黒様が並んでおり、台石には「甲子記念」と刻まれている。年号はなく、いつ造立されたものかはわからない。小野雨沢区の第2常会によって祀られているもので、昨年までは「甲子会」というものがあって常会とともに祭りを行っていたという。甲子会は昨年で解散したという。解散したばかりということもあって、旧甲子会の方も掃除と祭りに参加された。祭りは常会長が主になって行なうようで、午後1時に始まった。とはいえ掃除をされていた常会役員と甲子会2名の5名のみ。常会長の挨拶で始まり、常会長が神主を代行される。榊でお祓いをすると、祝詞を唱えるのも常会長である。玉串奉奠を常会の代表が行うと神事は終わる。わずか3分ほどだろうか。神前で献杯が行われ、よそ者のわたしにも「お神酒だから」といって注いでいただく。すると、甲子会の総代さんだったという方が山を登って来られ、総代さんのお参りの後、もう一度献杯が行われた。総代さんは「甲子会」と入った法被を着ておられ、背中には恵比寿様と大黒様が描かれているほか、小判がたくさん描かれている。

 第2常会はこの水晶山の麓にあり、かつては多くの家が商いをしていたという。したがって商売繁盛を願い甲子様を祀ったのだ。現在は6月第1日曜日が祭日とされている。今でこそ松の木や雑木が伸びてしまっているが、かつてはここから小野の街が望めたのだろう。昔はたくさんの人で祭りは賑わったといい、境内の広場で直会が開かれたと言うが、今は集会施設に移って直会は行われる。ちなみに、社殿の壁に「昭和五十九年甲子年 甲子社々殿修復工事寄付者」が掲示されている。その人数36名で、最後に「雨沢第二常会」とある。現在は30戸を少し切るくらいの戸数だという。

 もうひとつ、「水晶山」の謂われは「水晶が取れる」からだそう。今でも水晶が拾えるらしく、祭りをされていた役員の方が「記念に」と言って小さな(数ミリ)水晶を拾ってくださった。まったくの偶然で立ち寄ったのに、大きな収穫だった。

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