Cosmos Factory

地方は終焉を迎え、無秩序な空間は途方もなく宇宙まで続く。

やってこない「春」

2017-11-25 23:40:00 | つぶやき

 今年の3月、「町(大草)の数珠回し」で福島さんのことについて触れた。大正12年生まれだというから、94歳と数えた。数珠回しの行われたお堂まで、農耕用のトレーラーのようなものに乗ってやってきていた。高齢だということから、心配される方もいたが、そんな心配をよそにさっそうと、数珠回しが終わるとトレーラーを運転して帰って行かれた。そんな福島さんが、夏に亡くなったということを知った。急なことだったという。数珠回しの際に撮った写真を届けに訪れた際にも、家の外でチェーンソーを使って作業をされていた。この知らせに唖然としたしだいである。そして、果たして来春の数珠回しはどうなるのか、そんなことを考えた。逆に捉えれば、福島さんを中心とした数珠回しの最後を見られただけでも感謝しなくてはならないということなのかもしれない。

 今日は飯田市美術博物館で、第1回伊那民俗研究集会―年中行事を考える―が開催された。民俗学会年会の懇親会の折に、板橋春夫先生と県内から一緒に参加した福澤昭司先生と11月ひ25日にわたしの「家に泊まりませんか」と口火をきった。おふたりは今回の研究集会では中心的役割を担う。そんなこともあって、実はとても生業が忙しかったが、「顔を出さなくては」と思い関係の方たちの話を聞きに足を運んだ。もちろん懇親会が目的だったが、先生方には「泊まりませんか」とアプローチして、むしろ気をつかわせてしまった。結果的には研究集会の懇親会があったため、泊まりは飯田市内でとられた。

 そんな研究集会の目的は「年中行事」。まさに数珠回しも年中行事で、とりわけ最近言われるのは個人で実施されている行事は先んじてなくなってしまうが、集団で行われている行事はまだまだ個人実施のものより延命しそうだ、ということ。しかしながら今回の福島さんの死を知り、集団であってもとりあえず内容の変化は否めないだろうと予想する。数珠回しはできても、福島さんが音頭をとった庚申の唱えごとはどうだろう…。集団で実施されるものであっても、中心的存在の方がいなくなると、一気に様子は変わりそうだ。

 福島正さんのご冥福をお祈りします。 合掌。

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