Cosmos Factory

地方は終焉を迎え、無秩序な空間は途方もなく宇宙まで続く。

生きられれば「民俗」

2017-11-18 23:40:56 | 民俗学

 長野県民俗の会総会になんとか全てが間に合った。ひとつは先日も触れた「会報」のこと。もうひとつは総会資料のこと。ここ数日生業では出張が多かったため、プライベートは滞った。とりわけ滞っているのが田んぼのこと。ここ1ヶ月以上放置されている。天候が悪いということもあったが、生業に休日が割かれることが多く、やっとこさ空いた時間を民俗の会にあてた。もはや趣味のレベルではない。がしかし、生業でもない。そうした現実の中で「民俗学とは何か」と考えることも多く、そして今総会の講演テーマがまさに「民俗学とは何か」である。終了後の懇親会の中でも、ある博物館関係者は枠組みにこだわる必要があるのか、それをやたらに意識しているのは民俗学だけではないのか、みたいな疑問を呈していた。言われればそうかもしれないが、日々他分野から批判を受けているからこそ派生する、この世界の輪廻かもしれない。

 講演していただいた島村恭則先生は関西学院大学の先生。冒頭先生を紹介された福澤昭司氏より、極力外来語を使わないように、わかりやすく話をしていただければとお願いがあったこともあり、日ごろ先生がよく使われる「Vernacular」という単語も、資料には何度となく明示されていたものの、それほど発せられることなく、わかりやすく話をしていただいたのだと思う。

 先生からはまず、自己紹介の一環として、①「わたしにとっての民俗学」と題して先生が民俗学に導かれてきた経過を話され、次いで②「民俗学とは何か」と題して多様な姿を、そして③「民俗学の可能性」と題して「野の学問」の可能性を話された。先生の民俗学への発端は、カトリック系の幼稚園で学んだ際の「お祈り」にあったという。お祈りをしょっちゅうするから「お祈り癖」がついてしまったという。そこから疑問を抱くと、小学校4年のときゴミ収集車がどこからやってきてどこに行くのかと疑問を抱いたという。そして当時ゴミ収集車に乗せてもらって焼却炉まで行ったことがあったと。フィールドワークの最初だったという。都市に生まれ育った少年が民俗学へ興味を持っていく過程が垣間見えるとともに、田舎に育ったわたしと発端はそう変わりがないという共感のようなものを抱いた。しかしながら②「民俗学とは何か」という部分に入ると、やはり難しいという印象が募る。「民俗学を一貫する視点とは、民俗学の多様な姿とは、「一貫する視点」と「多様な姿」との関係をどのように理解すればよいか、「民俗」とは何か、と展開する民俗学の発生から現代民俗学までの展開を述べられた。後の質疑の中の回答でわかったことは、あくまでも他の学問(たとえば社会学)への民俗学の立場を語る上の説明(ヘルダー、グリム兄弟、メイザーがいる)であって、あえて先生は他分野からの批判に対して民俗学の立場を理論的に説明する「自衛隊」をやっているのだといい、みんながそんなことをしなくても良いという。

 島村先生は「生世界において、生み出され、生きられれば、「民俗」である」と言う。たとえばススマートフォンそのものは「民俗」ではないが、それがどう使われているか、あるいは使われている表現は「民俗」だという。それが「生きられれば」ということになる。これまで「民俗」の基本的捉え方として「伝承である」ならば「民俗」と捉えていた私たちには、少しニュアンスの異なる捉え方であったが、先生の捉え方からいけば、何でも「民俗」になりうるということになる。そして、③「民俗学の可能性」の中で、「上下関係のない自由でのひのびとした学問」である民俗学には可能性があると言うのだ。これはわたしのようなふつうのサラリーマンにはとっても共感の持てる言葉。そして故に「今日、民俗学はその研究領域を国や地域の枠組みを越えて現代的問題の研究にまで広げ、さらに各々の国や地域における古今の学問的成果を、学会内外を問わず広く世界の人々に供することによって、一般科学への貢献が期待されている。」と国際化を主張されている。

 何でも「民俗」になりうる、からこそ、今回島村先生に同行されていた大学院生の興味も、「それは民俗なのか」と思われるようなところに行っている。なるほど今「会報」に掲載しているような題材に若者が興味を示さないのも頷けた。より多様化している、ということなのだろうか。ということは長野県民俗の会にも多様な視点を持った人たちが加わってくると、もう少し延命するということなのかもしれない。そんなことを考えた今日である。

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