Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

消えた書店

2017-08-26 23:44:31 | つぶやき

 朝日新聞デジタルに「書店ゼロの自治体、2割強に」という記事が先日掲載された。長野県内は41と高位にある。わたしの暮らす町には1店、小さな書店があるが、わたしの生家のある町にはもうしばらく前から書店はない。本が売れなくなったのだから、書店が消えても不思議ではない。チェーン店のような書店でない限り、もはや地方ではまともな営業はできない感じだ。あとの店は趣味のレベルと商われているのではないだろうか。そしてチェーン店のほとんどは書籍オンリーではなく、ほかのメディアとともに営業している。かつて本屋へ立ち寄るのはひとつの楽しみであったわたしも、今や本屋へ足を運ぶことは少なくなった。意外な本が置いてあることなく、特殊な本はもはや置かれていない。先日〝『辰野町の石造文化財』を手にとって〟を記したが、だからこそ「こんな本が」置かれていて珍しいと感じた。いいや、昔も「こんな本」は置かれていることはなかったので、よけいにびっくりしたしだい。今や欲しいものは「ネットで」という感じで、通販で購入したほうが早い。

 記事では「街の書店は、子どもが絵本や児童文学を通じて活字文化の魅力に接する場であり、ネットが苦手な人の情報格差を埋める機能もある。地方都市では地域の人が集い交流する場でもあった。手にとって未知の本を読み、関心の領域を広げる機会も得られる。」としてこうした現象を「文化の灯が消えた」と表現しているが、どのような形でも書店を残す、というところに意味があるかどうか少し疑問はある。そもそも書店に限らず意図をくむような空間は、すべて無くなりつつある。そう、村さえなくなる時代も近い。かつてわたしが盛んに足を運び、店長さんいろいろと話をした書店も、消えて5年ほどになる。会話のできる店そのものが、書店に限らずなくなっている。

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