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Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

改称したからといって解決しない

2009-07-15 12:30:07 | 民俗学
表記のこと」より

 かつてわたしは被差別のことを「」という呼称を取り上げて表記し、誤り訂正を出すはめになったことがあった。認識不足といわれればその通りなのだが、ときに一般に使われている呼称と公な場ではその扱いに注意が払われることがある。それは差別に関わらずそういう表記上の違いは現れるわけで、とくに「被」という単語はよりその立場を明確にする際によく利用される言葉である。しかし、通常ではあまりそのあたりは意識して利用されず、日本語においての曖昧表現の特徴的な捉え方ともいえる。時代は被差別を特別取り上げるような状況ではなくなりつつあるが、それはそうした差別にかかわる事例をあまり耳にしない地域に住んでいるということもあるだろう。かつてこの被差別についても触れたことがあるのでそのものについては譲るとして、わたしは同僚が盛んに口にした「」という言葉の背景を、彼にとって被差別とは何か、という意味合いで「」という呼称を前面に出して書いてしまったわけである。ただし「」=被差別ではないことは承知のとおりで、とはいえそのいっぽうで「」という呼称に対して日本人の多くが意識してしまったことも事実である。

 先ごろの飯島町議会において数年前まで町の要職を務めた方で議員になられた方が、「コーチという呼称はよそから移り住んだ人に違和感を与えるので、自治会などの呼称に改めたほうがよくないか」という質問をしていた。コーチとは地域の末端の集落のことをいい、漢字で書けば「耕地」ということになる。この発言の背景を少し考えてみよう。この意見をされた方がかつて町の職員だったということは、当然その表記などを意識する公の立場で毎日を暮らしていたという自負もあるだろう。したがってこうした意見を発する背景が十二分にうかがえるわけである。そしてそれがすでに町の職員を辞め議員と言うさらに職員の上に立つ者としての役割だと判断したのかは定かではない。何を言いたいかというと、もしコーチという呼称に問題視しているとすれば、なぜ町の要職についていたときにそれを問うことをしなかったのかということになる。もちろん本人はそういう意見を当時から持っていて、発する機会もあったのかもしれないが、いずれにしても最も公に組している場にいる人たちには、もし公の上で問題があっても、なかなか行動として発せられないという立場と職務上の問題もうかがえてしまうのである。そして公という場にいたからこそ、そうした視点をどこか内面に持ちえていることも事実なんだということをここから読み取れるわけである。実はこのコーチという呼称については、わたしが飯島町に住んでいたころからよそから移り住んだ人たちには抵抗が強かった。いわゆるミニコミ誌や新聞の投稿欄にそうした意見を見た記憶が何度かある。ただ飯島町そのものがあまり人口変動がなく、よそから移り住む人の絶対数か多くないということもその意見がそれほど改称するほどのものにはならなかったということはいえる。

 果たしてこのコーチという呼称に違和感を覚える人たちのために改称しなくてはならないのかどうかについては別の項に譲るとして、飯島町ではコーチという呼称のほかに「」という呼称もかつては利用していた。わたしの記憶ではコーチよりはむしろ「」の方がなじみ深い。ところがいわゆる被差別問題とに絡んで、こうした呼称は消えていくことになった。これは飯島町に限ったことではなく周辺も含めて全国いたるところで起きたことであろう。あくまでもこの地域には被差別という捉え方の集落がなかったということもあって、地域では「」を呼称に与えることはなんら問題のあることではなかった。しかし「」と口にすることに多くの人が抵抗を感じるようになっていく背景には、いわゆる同和教育があったと言えるだろう。ようは差別問題を解決するどころか自らを差別視の中に置かれてしまうのではないかという不安から発生する差別への逃避ということになって今を迎えているとも言えるだろう。はたして「こんな時代だから」といっている「こんな」とは何を意味するものなのか、わたしたちは逃げ口上として表記を単純に変えてきたに過ぎないのではないかと思われるのである。

 石垣氏の言うようにこうした問題には前面から対峙することが必要である。「民俗の表記としての民俗語彙は、民俗学の初発の動機であるとともに、今後の豊かな可能性をもった思想である」という石垣氏の言葉を、わたしはもっといえば言葉にどれほど差別視されたものがあろうと、それこそがわたしたちの築き上げてきた社会の本質が見て取れると思うのである。
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