Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

草刈り

2008-09-25 12:31:17 | 農村環境


 水面の上を盛んにトンボが飛んでいる。チョウと違って動きが激しいからなかなか静止画は撮れない。

 昨年は忙しかったこともあった。頼りにされてはいたが、稲刈りに行けなかった。生家では稲刈りも脱穀も一緒、いわゆるコンバインで刈ってしまうし、営農組織が確立されていて、個人の手はあまり必要とされない。だからもう20年ほどは生家の稲作りにはかかわっていない。普通ならそのまま農業を離れてしまうものなのだが、生家とは正反対で、妻の実家は年々人手が必要になっている感じである。その理由は父母が老齢化や体が不自由で田んぼに出ることができない。年を重ねるごとにそれが嵩んでいくのはしかたのないことで、その分妻が農業にかかわる時間も多くなるのだが、なかなかできの悪い息子に引っ張られて思うようにいかない。

 今年の稲刈りは今までにないすごさがあった。山間ではいまだにバインダーで稲を一通りずつ刈る。かつてコンバインが一般的になっていなかった時代には複数条刈りのバインダーというものを見たことがあっが、今はそんなものはない。「稲刈り」とひとことで言うが、おおかたは脱穀も同時に行う作業を指して言うのが今の姿である。山間で狭い田んぼにコンバインを入れている姿も見るがあまりにも窮屈そう。妻の実家の周辺でもコンバインを入れる家があるが、そういう家は広い道に沿っていて、区画も整形である。そこへゆくと妻の実家の田んぼは不整形というかひょうたんのような形のものまである。よその人はそれを「農村風景」と喜ぶかもしれないが、やっている方は並々ならぬものがある。先ごろ食糧事務所の人が調査に来たという。妻は具体的には詳細を理解していなかったので明確なことは言えないが、どうも耕作放棄地を調べているようだった。その調査に来ていた人に「何をしているんですか」くらいのことを妻が聞いたのだろう。だいたいが水田地帯の中で他人が歩いていたりすると、不審者のように思われても仕方ない。わたしもそういう仕事をしているから、そんな具合に声を掛けられることはよくある。時間と余裕があれば立ち話でもしたいのはやまやまだが(けっこう興味のあることが浮かんでいて聞きたいと思うこともある)、仕事の進捗が頭に浮かび、あまり話しかけて欲しくないと思うのが常である。加えてこの時代にはいろいろの人がいる。調子に乗って話でもしていると一時間くらい過ぎてしまうこともある。できうれば近くに寄ってきてほしくないと思うようになるものなのだ。そんな気持ちがあったのかどうかは定かではないが、その人は簡単に理由を述べたあとに「よくやっているよねー」という言葉を何度も繰り返していたという。あまり話しかけてほしくない時というのは、意外に本音の言葉が出るものである。説明して「あーそうですか」くらいにすぐに立ち去ってくれれば良いが、そうでもないとまるで言い訳をするように言葉を続ける性格の人がいる。公務員にはまたそうした人がけっこういるかもしれない。この「よくやっているよね」は、こんな田んぼでよく耕作をしているね、という意味である。言われてみれば確かに田んぼをやる環境としては恵まれていない。一応道が隣接しているだけはまだ良いかもしれないが(隣接していないところは既に耕作放棄している)、畔と畔はどこをとっても平行ではない。平行に造ったであろう畔も、経年の変化で膨らんでいる。すると自然と蛇行してくるものなのだ。畔と田面の比率が四分六くらいの土地では直すこともできずそれもしかたのないことである。

 さて前置きが長くなったが、そんな田んぼが草だらけで稲を刈っていくと束ねられた稲株の半分くらいに草が束ねられているのである。草丈はそれほど長くはないものの、ちょうど刈る高さくらいまで伸びているため、稲刈りならぬ草刈り状態になってしまうのである。道端で人に見られないところで良かったと思わず口にでるほど。いや、道端の人目にさらされる田んぼでもそこそこ同じ草が生えていて、「草が少ない」と口にするような田んぼでも、よその家の田んぼの稲刈り後の姿と比べればかなり異なるのてある。もちろんいつになく収量も少なそうで、かつ稲を刈るのにも時間を要す。「いくらなんでも」と思うのは自分の失態ではあるが、「こんな稲作りをしていちゃだめだ」と手伝っていても「なんとかしてほしい」と思う光景であった。

 人事のように言われた「こんなところ」で、よく見れば草だらけの稲を作って、きっと篤農家には馬鹿にされるような田んぼの光景であったが、二日間の稲刈りが終わった。コンバインで刈ればはざを作る手間も脱穀に要す時間も必要ないが、とてもそういう農業のできる環境ではない。食い扶持を稼ぐために、こんなかろうじて生き残っている農業が存在していて、耕作放棄地の促進を防いでいることをお国の人たちは理解できないだろう。
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