Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

節分と巻寿司

2008-03-26 12:29:34 | 民俗学
 節分におけるこのごろの風景を捉えた「節分の恵方巻・丸かぶり寿司」という論文を『西郊民俗』の最新号に見た。具体的な商品を扱いながら、民俗学的視点に立つと大変興味深い現象であると執筆した長沢利明氏はいう。恵方巻については昨年の節分のころに触れた。盛んにコマーシャルに「今年の恵方は○○」などいうフレーズが流れ、頭を離れなかった。この地域にまったくそんな風習もなかったのに、まるでクリスマスやバレンタインデーが大衆化したのと同様に、そんな空気がやってきていた。節分といえば豆を食べるくらいだったのに、そこに寿司というまったくわけのわからない食習がやってきた。ハレの食という捉え方をすれば、それも不思議ではないのだが、まったくの新しい前者のような行事ではないのに、行事そのものを乗っ取ったように現れた風習なのである。

 加えてその理由を聞くと楽しい。その年の恵方に向かって、無言で巻き寿司を食べることで、開運招福が約束されるというのだ。その背景に信仰心があるはずもないのに、なぜかそのうたい文句に同乗するのである。恵方という言葉の意味も、この風習が改めて教えてくれたに違いない。この単純なる行動の背景にはポイントがある。ただ寿司を食べるというものではない。一つとして「巻いてある」ということである。ここには福を巻き込むという意味があるという。二つ目にとして巻寿司を切らずにかぶりつくということで、切ってしまうと縁を切るということにつながり、ようは開運招福も途切れてしまうということになる。三つ目として無言で食べるというもので、これは例えば神送りをしたら振り返らずに帰途につくという考えに通じるものがあり、その際に人に会っても口を聞かないなどというものも意味合いは同じだろう。けして送った神に戻ってもらわないためにも、振り返ることでなごりを感じさせてはいけないのである。このようなポイントが、この風習の原点にあったかどうかは知らないが、いずれにしてもそういう付加価値でいくらでも飾ることができる「福の神」なのである。節分といえば「鬼は外 福は内」といいながら、鬼の姿はイメージできるものの、福の神のイメージはなかなかできないし統一したものが節分には存在していない。そういう意味では「福」をイメージ化するにはうまい具合に商法にはまったわけである。

 ということで、調査は2007年に東京都内西部地域で行われたもので、販売実態からみると、すべてフランチャイズ・チェーン店あるいは本店・支店関係に連なる業者・店舗群であって、個人営業店舗の例は見られなかったという。ようは、生き残りをしようと激しい競争をしている業界だからこそ、こぞってその商法に乗り遅れないような対応をしているということなのだろう。確かにそこの背景に伝承の様相はあるものの、果たして企業のはかりごとが民俗たりえるのだろうか、などと思う。

 そしてチェーン店がしかけるわけだから、全国的なものと広がる。この地方でも紛れもなく、節分の巻寿司が広がっている。大々的な展開だから、クリスマスケーキのように予約をとる。予約をとるということは「売り切れる」という印象を与えるから、欲しくなくともなぜかその動きに乗ってしまう。知り合いがコンビニに勤めていれば、「予約しませんか」と連絡が入る。その雰囲気は、まさに現代の会話だと感じる。身近であっても、わたしたちは第一の主義は、ぬけめのないわが身なのである。

 さて、長沢氏によると「セブンイレブンが最初に恵方巻寿司を売り出したのは一九八九年のことで、当初は広島県内のみでの地域限定商品であったが、同県内のフランチャイズ加盟店の店主の発案でこれを始めたところ、売れ行き好調であったため、西日本一帯に販売を拡大した」という。全国展開はその後1998年のことというから、すでに10年も経過しているのだと知る。そう考えると、わたしの地域へ広がったのは近年のような印象があるから、全国的にも遅い方ということになるのだろうか。いや、すでに展開はされていたが、テレビコマーシャルで大々的に展開するまで認識していなかっただけなのかもしれない。

 太巻きを売るだけではなく、おまけとして方位磁石を付けたり、太巻きではない丸かぶりロールケーキや節分そばなるものも始まっているという。そこへゆくとコンビニではないスーパー系のダイエや西友では、多用な食料品市場となるから、「節分」という日にちなんで多用な商品を売るという、従来の形に近いなかで、太巻きを展開しているといった方がよいのだろう。いずれにしても、この風習は、業界関係者の展開してきた企画が上手に波に乗ったものといえ、人々の伝承の中に育まれたものという印象は低い。長沢氏によれば、やはり関西にあった風習ということになろうが、それを裏付けるような民俗調査での報告は少ないようだ。「恵方を向いて食べれば福を呼ぶ」という考えは、節分に限らず、たとえば初物を食べる際にも同様のことを言うわけで、「節分」と「寿司」というキーワードが必ずしも一般的に重なった形が伝承されいたかは、少し疑問でもある。業界の展開してきた食文化ともいえるものが、今後どんな展開をし、また新たなものを登場させていくのか、これほどの事例はそうめったにお目にかかれない事例に違いない。
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