「演劇界」(1973年・S48年 10月号)から引用
明治座
木暮実千代奮闘
木暮実千代の女優生活三十五周年を記念した公演である。松竹映画『結婚天気図』でデビューして以来、映画の全盛期に活躍。出演した作品は三百本を越えるという。最近はテレビの仕事が多く、また、舞台は十年のキャリア。終始、華やかな話題につつまれたベテラン女優の記念興行にふさわしく、浜町の明治はにぎにぎしく活気に満ちあふれていた。
(中略)
三十五周年記念興行にかけた意気込みがうかがえる快挙だが、その意欲はもちろん舞台にも注がれていた。プログラムは昼夜に西沢裕子原作、土橋成男脚本、松浦竹夫演出の『大奥物語』が並び、このほか昼の部に土橋成男作・演出の『柳橋慕情』夜の部に宮川一郎作、土橋成男演出の『江戸快盗伝・濡髪小僧』がつくという献立だ。出演は相手役に天知茂を迎え、ほかに西尾恵美子、花柳喜章、近江麗江、星十郎、旭輝子、青山良彦、利根はる恵といった顔ぶれ。
(『大奥物語』の評は略)
このほか昼の部の『柳橋慕情』は木暮と天知のコメディータッチの舞台。夜の『濡髪小僧』は天知の顔をたてた作品である。
『柳橋慕情』は古いのれんの料亭を守っている女将(木暮)と女ぎらいで通っている板前(天知)とが、めでたく結ばれるまでをコミカルに描いていく。娯楽作品と割り切ってみれば、罪もなく、快テンポで、一応楽しめる。
何よりもいいのは、登場人物がいずれも明るく、生き生きとしていることだ。木暮は相変わらず、ぐんと若返っての舞台。華やかな色香もうせてはいない。
一方で、相手役の天知。映画やテレビでは、もっぱらクールなキャラクターで売っているが、この作品では百八十度転換。三枚目的な役柄で客席を喜ばせている。いつものタッチとわけが違うのか、ちょっぴりテレながらの芝居のようだが、それが却って効果的。律儀で、女主人を心に思っていながら、なかなか口に出せない男のもどかしさがリアルに伝わってくる。とくに大詰め、木暮と仲良く花道を引っ込むところで、それがうかがえた。
ほかに、チャッカリした姉さん芸者役の南原美佐保と板前見習いの岡部正純が三枚目ぶりを存分に出していて面白かった。
『濡髪小僧』は、大名屋敷や商家を荒らし回って盗んだ金を貧しい人たちに恵んで歩く義賊ものだ。老中水野越前守(沢村昌之助)と御用商人上州屋清兵衛(潮万太郎)のために、旗本四百石、奥祐筆を勤める広岡弥兵衛(近江俊輔)は切腹。その妻以弥(旭輝子)も後を追い、残された一子吉三郎(天知茂)が“濡髪小僧”と呼ばれる盗賊となり、親の仇の水野と上州屋に一矢を報いるため機をうかがう。
これに女白浪のお滝(西尾恵美子)やこそ泥の七之助(星十郎)、岡っ引きの文次(花柳喜章)、さらに吉三郎を仇と知りながらひかれていくかれんなおみよ(葉山葉子)などがからんで展開するが、天知は柄を生かして熱演。せりふの抑揚にもう一工夫あれば申し分なかった。うまさが目立ったのは星十郎。達者な脇役である。
*新東宝時代を見ていると、ニヒルキャラ以外でも嬉しそうに演じていた天っちゃん。三枚目役も似合っていただろうな(見たかった!)