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梅田コマ劇場公演(S54年8月)[1]

2009年10月06日 | 舞台公演
(S54年8月 梅田コマ劇場公演パンフより引用)

【御挨拶 天知茂】
本日は盛夏の中、御来場を賜り誠に有難うございます。
今回私の芸能生活三十周年記念の公演を、当梅田コマ劇場にて皆様にご覧頂く機会を得ましたことは、何にも勝る役者冥利と観劇致しております。
思えば梅田コマは、私の大阪での初舞台を踏みました想い出多い劇場であり、此度は十年振りに古巣に戻った心持ちで、いわばホームグラウンドでの全力投球をいたしたいと思って居ります。
私の三十年は良き先輩、素晴らしい仲間によって支えられて参りましたが、今回も伊藤雄之助さん、高田美和さん、茶川一郎さん、西尾美栄子さん、御木本伸介さん、そして林成年さん、東てる美さん、カルーセル麻紀さんの初参加を得て、一段と舞台に重厚さと華麗さを増すことと存じます。
又、旧友である宮川一郎先生の脚本、山本和夫先生の演出による池波正太郎先生原作の『雲霧仁左衛門』は、現在関西テレビより放映中の私の主演作であり、今回の公演により一層の当たり役に致したいとの決意です。そして『うしろ姿のバラード』は、私の歌心を通して新しき一面をお見せしたいと思います。
皆様の変わらぬ御支援を受けて三十年この道を歩いて参りましたが、尚、三十一年目よりの自己の可能性をこの公演に賭けて、一層芸の道に精進する覚悟でございます。今後とも皆様の御支援、御鞭撻の程、御願い申し上げます。

【役者が好きでこの道に入って三十年――天知茂の肖像】(土手善夫)

「芸能生活三十周年を迎える来年は文字通り翔んで翔んでの年になります」――これは昨年暮れ、占いにも造詣の深い美輪明弘のご託宣だったが、これをきっちり具現した。

まず歌――テレビ『非情のライセンス』の主題歌『昭和ブルース』は放送終了後の今も着実なペースで売れ、実数で五十万枚を突破。四月、初めて作詩して歌った『うしろ姿』も有線放送を中心に出足は快調。六月には日劇で初めて“歌手”としてワンマンショーを持った。

次いでテレビ――七月から関西系で『雲霧仁左衛門』がスタートした。平均視聴率は二十パーセント台と驚異的な人気。そして今月のコマの十年振りの出演である。歌、テレビの好調にすっかり気を良くし、余勢をかっての登場は猛暑にうだる浪花っ子を涼味満点のステージ展開で爽快にしてくれることうけ合い。

鞍馬天狗ようのコスチュウム始め、浪人、町人などおよそ時代劇に登場する全ての人物を早変わりで見せたり、コマの舞台機構を縦横に駆使し、テレビでは味わえないナマの迫力で客席を魅了しつくす。そして市川猿之助のケレン芝居にどこまで追いつけるかチャレンジすると言い切る。さらに、ジャン・ギャバンやアラン・ドロンの見せる悪の愉しさといったニュアンスが雲霧から出せたらとも。それには「登場人物の人間性を深く掘り下げ、芝居の味付けを濃密にすることで悪の魅力が生まれるのではなかろうか。雲霧が何故、盗賊になったか。狙うのは今様にいえばロッキード、グラマンをめぐる黒い商社といった設定で、行為は悪だが、それが弱者救済につながっているといった展開でなければならない」天知独得の識見である。

芸能界入りして三十年だが、初めて世に名前が出たのは二十六年。新東宝の『恐怖のカービン銃』だった。芸名の由来がふるっている。天知は当時の中日ドラゴンズの監督、茂は現巨人のコーチで当時の投手だった杉下の茂から。杉下はフォークだったが、天知は現代劇でスタートしたものの時代劇もこなすスイッチ・ヒッターとして活躍した。初舞台は三十九年のコマ。木暮実千代と共演の『雪夫人絵図』。だから今度のコマ出演を「里帰りしたような気持ちです」と言うのもうなづける。

「俳優は虚像を無くしてはいけません」が口ぐせで、「トイレの中まで紹介するなんて無茶苦茶」と言う。一歩、家を出ると町を歩いていても喫茶店に入っても天知茂の顔、すなわち虚像を保ちつづける生活でなければいけないというわけで、だからこそ昔の俳優はスターであり得たというのである。ファンもまたそこに夢を托すのである。

眉間にシワを寄せ、美しい目がするどく光る時、そこはかとなく哀愁が漂う。男臭さの中にふと見せる男の孤独感とアウトロー的な生きざま――『非情のライセンス』における天知ふんする主人公、会田刑事のキャラクターは天知の極め付けである。アウトロー刑事のふきだまりである警視庁特捜部。法律でどうしても裁けない悪も存在する。そうした悪にややもすれば警察機構からはみ出して敢然と立ち向かう。はみ出し刑事と冷笑されながら生命を賭けるいさぎ良さ。がんじがらめの管理社会にへきえきした人たちの心を打つのも当然である。もちろん警視庁にそんなセクションは無く、ロケ撮影もいっさい許可されなかった。それでいて警察雑誌への寄稿を依頼されたり、機動隊を励ます会に出席してスピーチをするなど、テレビを通じての付き合いは深く固いというからおもしろい。「仲の良い刑事さんにドラマで使ったネクタイ、背広をプレゼントしたこともあるほど親しくしています。『――ライセンス』は四年前に終わりましたが、今だに再放映の声が高く、パートII製作の話が持ち上がっているほどです」――天知のライフワークである会田刑事はまた天知の営業用の素顔である。「私がだれかれなくニコニコしておれば営業面で失敗です。ただし心は別ですが……」と。

男のたくましさと哀愁を漂わせるカッコいい天知に、一つだけイメージにそぐわないエピソードがある。趣味である。およそ遊びとは全く無縁なのである。酒はいっさい口にしないし、ギャンブルもやらない。「結局、私は無器用なんですよ」と片づける。「役者が好きでこの道に入った。そして三十年やって来た。テレビのこと、歌のこと、舞台のことなどあれこれ考えているとすごい快感をおぼえるんですよ。何物にも代えがたい快感を。だから無趣味になったのかな」――趣味は仕事とはキザに聞こえるかもしれないが、天知がこう言って腕組みして考え込む表情からは人の良さしか感じさせない。誠実な人柄なのである。

誠実といえばこうも話している。「三十年かかってまだこれしきのことしか出来んのかと自分を怒りつけています。夢の十分の一も果たしていないじゃないかとね。三十年を一つの区切りに新たな出発をと自分で自分のシリを叩く意味で三十年記念と舞台やショーのタイトルにつけているんですよ」と。

(どて・よしお デイリースポーツ文化部)

【コマ芸能ニュース】
「夏芝居らしく本水を使ったり、天守閣の屋体くずしを工夫したり、楽しいものにして思い切りあばれ回ってみたい。テレビで出せないナマの迫力が舞台の魅力」(毎日新聞7月16日付夕刊の記事より)と、天知茂は去る7月11日の記者会見で熱っぽく語りました。今年は芸能生活30周年。「“雲霧仁左衛門”を、これから31年目い向けて、夢や可能性を果たしていく出発点にしたい」(スポーツニッポン12日付)とも。当日の制作発表には主役の天知のほか、カルーセル麻紀、東てる美、茶川一郎、西尾美栄子が出席、にぎやかな雲霧一党の顔合わせでした。

*「雲霧」放映真っ最中(視聴率も20%を越えていたらしい)の1979年8月1日~25日の間に上演された「雲霧仁左衛門/うしろ姿のバラード」。早変わりはあるわ水は出るわ、一大スペクタクルだった模様。しかも1カ月公演…今なら毎日でも行くのになあ。

*ただ、非ライのパートII(第3シリーズ)は要らんかったと思う。
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2 コメント

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あらためて… (おばおば)
2009-10-07 19:10:12
尊敬しなおしましたm(_ _)m
30年も芸の道を極めてきて、人々にも認められて…それでも「まだこれしきのことしか出来んのかと自分を怒りつけています。」という厳しさ。
その爪の先ほどでも私も見習えたらと思いますです、ハイ(^^;;

私も是非拝んでみたかったです、その舞台。
人生わずか50年… (mami)
2009-10-07 23:27:39
言葉の端々から感じ取れる誠実さや謙虚さがたまりませんね。

私はこういうストイックな極め方はどう頑張っても無理そうなので(^^;)、せめて彼の生きた証を少しでも後世に残せるお手伝いはしていけたらなあ…と思います。

…と真面目に締めようと思いましたが、「あのネクタイや背広をもらった現職刑事さん、実際に仕事のとき着たんだろうか?完全に周囲から浮くんじゃないのか? 犯人に撃たれそう…」と考えてしまったことも告白しておきます(笑)

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