エチオピアエチオピア

代田橋からこんにちは

欲張り(E-410)

2010-02-24 04:25:03 | Weblog
最後の長期旅行、のはず。
いやね、またまた休みだったんですよ。
休みが明けたはずで学校に行ったら生徒は来てるけど同僚は来てないし、そんなゆるくって住みやすい国。

夜明け前のエチオピア最大の湖タナ湖

人生で見た中で一番美しい朝焼け、かどうかは分からないけれどもとにかく綺麗だった朝焼け
エチオピアに住んでいると常に一番が更新される気がする
頻度は減ってくるけれども。

朝焼けの中を同じく航行している遊覧船、ではなくって地元の人の交通手段。
寿司詰め状態

船頭の少年エンドショウ。彼はセミプロのダンサーで、夜に一緒に伝統ダンスクラブに行ってきた。

エチオピアはとにかくキリスト教の国なのです。
アフリカ=歴史文化、とは思わないですよね?そうなんです。
これはタナ湖に4世紀からある修道院の中のキリスト教画。
歴史も半端ない

神父の向こうにあるのはベルの代わりにエルサレムから運ばれたという石の鐘。
石とは思えないくらいの美しい音色。
確かにこんな石はエチオピアで見た事はない。

エチオピアでよく見かける大木。
よく見ると人が座っている。

カメラを向けると子供は必ず嬉しそう。
自然にしてるのが撮りたいのになぁ~、と思いつつも撮る。

これは地方都市バハルダールというところ。地方の町に限らず、アジスでもこうして色んなものが交錯する。
ちなみに歩いているのは東京から来た兄貴。

人々はどちらかというと他のアフリカに比べてアラブっぽい気がする。
アラブの血が歴史的にかなり入っている。

地方の町、昔の首都だったゴンダール。
正直言って首都時代の城以外に見るものは無いのだけれどもなんとなく好きな街。
年明けてから三回も期せずして来てしまった。

人々の距離はほんとに近い。
ちなみにこれに混ざって同じようにされるとやっぱり不快。
でも半分嬉しかったりする。

ほらね、やっぱり近い。

街中をこうやって神父が歩いている。

夜のゴンダール。なんだか雰囲気があって好きなんだなぁ~。

レストランの入り口。カメラを向けると珍しく逃げていった少年たち。

ちなみにこれは同じ構図で二枚目に撮った写真。
一枚目を撮ったあと、きちっと振り向いてくれた。

何なんだろうこのエチオピアの子供たちの感じって。
いいなぁ~

兄と妹、かは分からないけど多分間違いない。
分かりやすい^^

どんな人に育つんだろう?

これも間違いなく兄弟、って思ったりするけどそんなの分からないくらいに子供同士はもっと距離が近かったりする。

ガイドさんと通りがかりの人。
それでも知り合いなくらいに狭いコミュニティ。

どこか哀愁漂うエチオピアの田舎町

建物は何てこと無いけどしっかりとした材料を使うだけで町並みは綺麗。

なんだか分からないけど大好きな、日傘をさしている女性の姿。

もうなんだか完璧、っていうくらい風情のある老人

地方都市の夜明け。

働く女性はたくましい

どこから汲んで来たのか分からない水で洗うのだけれども、めっちゃきれいになる。
一回1ブル=7円

完璧な街中なのに馬車があったり

完璧な夕方。このあと結局ビールを注文。

この山の頂上付近に修道院がある。
なぜか山の上に教会を建てるのが好きなエチオピア。
なるべく神に近いところに、と人はいうけれども、アクロバティックなことが好きなエチオピア人気質のほうが影響していると勝手に推測している。
サッカーでパスよりもトラップが好きだったり、そんな感じ。

これは動いているところを激写したわけではなく、彼の重力と風の力が完璧にバランスが取れ、15秒くらい止まっている様子。

夜に伝統音楽と踊りのお店にて。
ちなみに彼が被っているのは酔った勢いで兄貴があげた、上のほうの写真で被っていた日本からの帽子。
彼のほうが似合うから、と。確かに。
ここでは気分に任せればまあ良いのである

ガスコンロを持たない人が多い街では火をたく煙、そして車や人の巻き上げる砂煙で綺麗な景色になる。
でも鼻くそは真っ黒になる

ホテルの近くに住んでる子供たち。ずっと着いてきて、最後に一枚。
一番右の女の子はホテルに一番近いところに住んでて、いっつも手をつないできた。
あえてカメラ目線じゃないところが素敵。

完璧な夕方?

教会から帰ってきた女性。
皆こうして白い布を纏う。

こういう写真を撮ると、いつかこの写真をエチオピア人に見せて、昔はここもこんなんだったんだよ、なんていう日が来るのだろうか、と思う。
彼らはそうありたいと思うかもしれないけど、なんだかそれは寂しい会話な気がする。

動物と人間、ほんとはこんなに近いんだなぁ~

最後、帰る日の朝。
前の写真の一番右の女の子は写真に止まらずに走り去って行ってしまった。
この写真のほんとの被写体はその子

とまあとりとめもなく写真をただ並べてしまいました。
小分けにする方が写真が生きたりするのかもしれないけれども、欲張って一気に行ってしまいました。

帰るまでもう四ヶ月を切った。
また旅行に行くのだろうか?
ちょっと長期旅行って良いな、っていまさらながら気がついた。

写真(E-410)

2010-02-06 15:45:09 | Weblog

最近「写真を撮る」ということについて考えている。
何のために撮るのか?
景色が素晴らしいから?
そしてそれを保存したいから?
恐らくそうだろう。
そして往々にして決して保存なんてできて居ないことを知っている。
なのでそういう写真の撮り方はやめようと思っている。
写真を撮ることによって新しい価値の生まれる写真でなければ写真なんて意味が無い。
風景を切り取ることによって、そして時に拡大することによって現実とは違った価値を持った風景を映し出す、それが写真の本来あるべき姿ではないかと思う。

な~んて言いながらたぶんやっぱり風景撮っちゃうんですけどね。





















またもや旅行(E-410)

2010-02-05 23:21:23 | Weblog
学校がお休み中なのである。許してください。
エチオピアで一番高い山に行ってきた。
エチオピアに来てからすることの幅が広がってきたと思う。そのひとつが山登りだ。
キリマンジャロに始まり、アジス近郊の山、そして今回のラス・ダッシェン。
エチオピアの北のほうにあり、標高は4533m。

こんな切り立った風景が続く。

落ちたら即死亡である。前働いていた会社の所長曰く、「手摺なんてあるから人は落ちるんだ」と。なんだかここに来て納得。

こんな風景がやっぱり続く。雨季は一面緑になるらしく、次の雨季には自分がエチオピアに居られないことを悔やむ。

見えている一番向こうの一番高いところまで登り、さらにその裏に見えていないがもっと高い山がある。そこまで行って、同じところまで帰ってくる・・・全ての行程が見えているだけにある意味地獄だ。ただ行きは帰ることなんて考えていない。
ちなみに見えている谷底は標高2800mで、見えている一番高いところは4000m。撮影地点は4200m・・・

山が高いので、日の出は遅くなる。そして山の頂上から赤く染まっていく。
頂上とは逆の山である。
僕らは登っていく山の頂上から出る太陽を待つが、方向としては影を追いかけて、日光から逃げるように歩く、夜は僕らの背中から明けてくる。だから寒い。

気が生えていないので、砂場に水を流した後のように水の流れた跡が見て取れる。そしてそこだけ緑が多い。

恐かった。下は50mくらい落ちている。ちなみに上が頂上。

これは登りきってまた戻ってきた後、帰りの車の中から。ちなみに標高は3500m。ほんとにどこにでも人が居る。

ドラゴンボールのナメック星みたいな風景が広がる。鳥山明と宮崎駿は絶対にエチオピアに来たことがあるはずだ!って確信するくらいに二人の作品からは似た風景が見られるときがある。

夕焼け。綺麗

以上である。