蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

人の自由、同性婚と結婚パラダイム 読み切り

2020年02月07日 | 小説
(2020年2月7日)
同性婚を認めるよう圧力をかける団体、個人の動きがあるという。ネットで調べると世界26箇所、19%を越す国地域で同性婚(同性パートナーシップを含め)が「法的に」認められている(NPO法人EMA日本のサイトから)。こうした現状から日本においても「同性婚に異性婚(このような言い回しはないから以降「結婚」とする)と同等の権利を法律で規定する」と同団体は求めている。
これを如何に考えるかを部族民の立場から述べる。
結婚による配偶者であることの権利、優遇、認知は以下にまとまると思う。なお3の権利優遇…はいずれも、とある特定の義務と裏表である事実が大前提である。
1 両性相互の扶養の義務と権利。かつては夫が働き妻は夫を助け家庭を切り盛りした。妻の扶養に法の根拠はないが、法律以前の倫理として夫はそれを持つ。結婚は子を成すから夫の稼ぎで子を扶養し、養育は妻が担う。
2 社会での認知。近隣、地縁、村落共同体で結婚への認知は通過儀礼的に、昔は、不可欠だった。認知を受けることにより各種義務と権利が生じ、給付に預かることができた。入会権、刈り払い、伐採、作業の相互手伝いなどが挙げられよう。今の世では勤務する会社から配偶者(子息)への補助、福利厚生、旅行の機会が供与されると聞くも、かつてのしきたりの延長であると思う。地域あげての結婚への盛り上げは今も残ると感じる。
3 国、法律、制度による結婚への優遇。配偶者であることの優遇には税金(特別控除)、相続(無税の範囲)、年金(第3号資格)、保険(家族単位での支払い)など小筆が個人的に数えた。前出のEMA日本サイトで他に、医療行為への同意不可、カルテ開示に請求不可、控除のための医療費合算不可、介護休業の不許可、相続借地の継承で不認可などを読み、多岐にわたるモノだと驚いた。
さらに番外;しきたり習俗との不調和も挙げられる。親族の冠婚葬祭に「同性配偶者」が呼ばれることは少ない。配偶者の葬式にあたり「死亡証明書」の交付を受けられないから焼き場に持ち込めない、ひいては葬式で「喪主」に座れず、呼ばれもしない(多々あるとか)。
1~3は家庭、社会、制度と段階に分かれるが、そこで「同性婚」が人々の心情、風習と不協和をきしませる背景は「なぜ」か、これを取り上げる。

さて、この投稿の文初に申した「特定の義務」は再生産活動への参加である。
「次世代の再生産」を個々の単位で行動しても効果がない。集団として、すなわち村落共同体として、さらには国家ぐるみでこの活動を維持、促進しないことには国が滅びる。それ故に褒賞を設けて義務課す仕組みである。端的に言えば優遇するから、結婚して子を産めである。
犬や猫など動物であれば仔を産むに病院に入らない。産んでしばらくは母犬猫が授乳させるがそれも幾カ月。母と子はすぐに別れるから、仔育てにおける親の懸かりは僅少である。よって犬ドモ(猫ドモ)が両性挙げての育児や、犬猫社会が法制度を定めて子犬猫の育児を援助するなど聞いた例しがない。蛇やトカゲに至っては、子育てはさらに乾燥している。
なぜなら犬猫猿などは視界が狭い。共時的事象にしか目が届かない。共時的とは今の見える行える状態であり、それが彼らの活動そのものである。雄と雌が交尾する、仔が生まれる。交尾と仔は時間差のある経時だから、奴らにはそれが因果とは気づかない。交尾も授乳も本能に制される行動である。
人は犬猫とことなる、
共時と経時の因果を知る。だから「再生産パラダイム」を心に持つのだ。
家族制度、社会の仕組み、法制度。これら全てが結婚を「世代再生産」活動の出発点と規定している(これが共時性)。結婚している両性を保護、育成する。経済的利得と法制での優遇を与え再生産活動を促す(経時性)。
結婚とは子を産み、育て、新たな家庭を形成させるとは再生産パラダイムに両性が身を置く事に他ならない。

同性婚を法で認め、さらに「結婚」と同じ水準の制度優遇を法制化すべしはこうした団体の要望である。部族民としてはこの要求は、人が過去、幾万年の歴史で形成してきた「再生産パラダイム」にただ乗りする行為だと思う。賛成しかねる。

写真はネットから、RuwenOgien解説は下に

衆議員の杉田水脈氏は「LGBTは生産性がない」と発言して社会の多層から反論を受けた。LGBTとは同性愛者など性行動の少数者を総称する用語(英語圏で広まる)である。この語を用いる目的は「規格にとらわれない性行動の自由」を求めている。性愛の形態に自由を求める運動と見る。そうした方々に「生産性」が劣るかの受け止めの背景には、かように性愛作法に年中拘泥するとは「社会での実活動をないがしろにする性状」の人々ではないかとの危惧、誰もが抱くそんな怖れを杉田議員が指摘したとのだ思える。


Ogienはフランスの哲学者 2017年没。「他者に危害を与えない限り人行動は自由」を提唱した。同性婚、マリファナ摂取も全て自由。フランスにおける同性婚推進の旗手であった。

杉田氏への批判側は「決めつけは人権無視」とのできあがりの文句を繰り返すのみで、前向きに「LGBT実践者だって社会での実活動も積極的」を証明する機会を自ら排除した。これは残念だった。性愛活動のあり方、同性婚の推進、否定の議論とも合わせ、敵対側を全否定する過激にのめり込まず、それぞれが意見を言い合う風潮を希望する次第です。了




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