昆布が美味い

羅臼の昆布漁を見た時にスタートしたblogです。昆布のダシのように、人生の旅にも味付けをしたい。旅を中心に纏めています。

纏向遺跡(桜井)2

2013-05-12 | 歴史・文化遺産
枝垂れ桜の向こうに見えるのが、知る人ぞ知るの纏向(まきむく)石塚古墳です。
 記紀で語られる世界で、飛鳥時代から遡ること400年あまり、古代社会では最古と言われる古墳群の一つで、
中でもこの纏向石塚古墳はその代表的な古墳です。
駅から数百m西方になる。近年の炭素残存年代測定でも2-3世紀の頃と言われます



きわめて素朴な墳墓です。

すぐ隣に小学校があるが、古墳は草地になって保存されています。
北の方角から見た古墳です。



南東の方角から見た纏向石塚古墳です。背後に小学校が見える。




東方に戻って来てJR桜井線「巻向(まきむく)駅」のプラットホームが見えます。





箸墓古墳が住宅の屋根越しにちらりと見えます。村人が耕している畑もある。





ここの遺跡の再調査が行われたのは数年前でした。世間の人をあっと驚かすことが判ってきました。




遺跡発掘のリポートが表示されていました。
四角に区切って発掘しているのが見える。昨年で調査が終わり、現在は埋め戻されて畑になっています。

アッと驚いたのは、昔の調査では建物の柱が7本ほどだったが、それが70本に増えたことでした。



柱の跡には色の付いた筒を立てています。



発掘が進むにつれて、次々と建物の柱跡が出てきます。相当大きな建物だったと推定されます。

かなり大型の建物、それも未知の建物と推定されることです。

割れた生活用品とか、穀類・桃の種・動植物の遺体などが発見されました。
炭素による測定によれば3世紀(西暦200-300年)ころと考えられる。


大邸宅であることや、箸墓古墳の伝承やらで、これは卑弥呼のような権力を持つ人の
邸宅だと推定され、マスコミなどで話題になったものでした。
 卑弥呼については九州で、研究が進み、検証・考察もされてきているので、
近畿説としては言わなくなった。

古代としてはかなりの広さを持つ邸宅ですね。




数年にわたる発掘調査が電車の窓から見えたのも楽しいものでした。

次は箸墓古墳に向かいます。

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2 コメント

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おはよう(^o^)丿 (アガリ)
2013-05-12 05:08:09
邪馬台国は九州か近畿かで昔から論争になってますからね
そのきっかけを作った宮崎康平氏は長崎の島原の人だったので
何度かテレビなどで見たことがありますよ
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アガリさんおはよー (tetu)
2013-05-12 11:27:51
 魏志倭人伝の記述からでも、北へ○○里、西へ△△里とかの研究で、邪馬台国が北九州地方だったと思いますよ。島原の人だったんですか。
 こちらの古墳文化からも、日本の古代遺跡が、いまだに全解明が出来ていないなども、ロマンが生まれますね。夢はそのまま置いて欲しいですね。
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