女一人で地球散歩

2016年11月6日よりスタート!!!本能のままに!地球散歩へ行ってきます:)

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また会いに行くよ。大好きな沖縄へ

2018-01-01 17:42:50 | Japan🇯🇵
12/27


朝、目覚めると頭が痛い。
身体が重い。





これは…







二日酔いか…?






二日酔いになって当然だ。


泡盛、日本酒、ビールを深夜の1時まで飲んでいたのだ。




大して飲めないくせに調子にのるからこうなる。



しかしまぁ昨日は楽しかったからいいのだ。

とりあえず頭痛薬を飲む。




ホストの彼は今日も仕事のため、今日でお別れだ。


朝、ガンガンと痛む頭をさすりながら、彼に別れを告げる。



最後の場面でこんなどうしょうもない姿なんて…

なんて私はポンコツなんだろうか…



自己嫌悪を感じながらも、彼にお礼と別れを告げた。

「ゆっくりしてってね、まだ寝てていいから」


私が二日酔いなのを察したのか、彼はこう言ってくれた。



彼に出会えていなければ、この旅はこんなに楽しめなかっただろう。
彼に本当に心から感謝だ。
家を出る彼を見送りながら、感謝の気持ちで一杯になった。




彼のお言葉に甘え、再び寝ることに。


ウトウトしていると、物音がして目が覚めた。


お父さんが何かしているようだ。


頭痛が引いてきたので、お父さんに挨拶をする。



「おはようございます」

「おはよう。今日は何時頃出るの?」

「多分お昼前には出ます」

「そっか、私はこれから出かけるから、ゆっくりしててね。お腹が空いたら冷蔵庫にあるものを勝手にとっていいから」




え?


出かけるの?



つまり私が留守番…??






というわけで、ご両親が帰ってくるまでお留守番をすることにした。





荷造りをしながら、お父さんが出してくれたカステラを食べる。


お昼ちょっと過ぎに、お父さんが帰って来た。


「ケンタッキー買って来たから、食べて」



いただきます!!!


頂いたケンタッキーを食べながら、お父さんとお話しをする。

沖縄が大好きなこと、来て本当に良かったことなど…



「こんなに暖かいと、寒い関東に帰るのが嫌になりますね」


「沖縄は12月じゃまだ暖かいからねぇ。」


確かに。曇りの日でも20度近くあるのだ。

続けてお父さんは、


「沖縄の人は、10度を下回ると死ぬからね」


こう真顔で言っていたのに、思わず吹き出してしまった。
しかしホストの彼も、


「10度より下がったらもう無理」


と、しょっちゅう言っていた。

確かに沖縄に住んでいたら、10度より下だと極寒に感じるんだろうなぁ…


お母さんもやってた。



ここのお家は本当に居心地が良かった。
たった三泊しかしていないのに、のびのびと過ごすことができた。

フレンドリーで面白いホストの彼。
優しくてのんびりとした彼のご両親。
そしてかわいい飼いぬこ。


素敵なお家に泊めさて頂き、本当に本当に感謝の気持ちで一杯だ。


そろそろ家を出るため、ご両親にお礼を言う。


「本当にお世話になりました。本当に楽しかったです。」

「またいつでもおいでね」


益々沖縄が好きになった。
また必ずここに来よう。





荷物を引っ張りながら、ゆいレールへ。



今日の帰りの飛行機は夜の7時のため、時間に余裕があった。


どこに行こうかな…


本当は今日は一日慶良間でシュノーケルツアーに参加する予定だったのだが、今朝方の頭痛で諦めていたのだ。


首里城にでも行こうかな。


ゆいレールの終点の首里城。


空港までも帰りやすいし、距離的にも丁度いい。


しかしそこまで心が踊らない。



沖縄に来たんだから、海に行こう!



そう思い、初日に行った那覇市内にあるビーチに行くことにした。


ゆいレールで県庁前駅で降り、ビーチを目指す。

初日に歩いた道を再び歩く。



那覇市内にある唯一のビーチ、波の上ビーチに到着した。



ビーチの入り口にある地図を見ていると、ここから3キロ先に「ダイビング・シュノーケル専用ビーチ」があることを知った。




ダイビング・シュノーケル専用ビーチ…!?





ダイビングやシュノーケルに向いているということは、魚が見れるかもしれない。




3キロくらい、歩くに決まっている❤️







来た道を引き返し、そちらのビーチへ向かうことにした。



この日は風が強かった。





気温が高いので寒くはないのだが、強風で髪の毛がめちゃくちゃになる。


のんびりと周りの風景を楽しみながら、ビーチを目指す。




しばらく歩くと、ビーチが見えて来た。


奥に行くと、ダイビング向けのビーチらしく、海に向かって手すりがついた階段がある。


よく見ると、機材を背負ってウエットスーツを着ている二人組がいる。

ダイビングを終えたんだろうか?



海の周りの遊歩道を歩いて海の中を覗くが、風が強いため波が高い。




こんなん天気じゃ、シュノーケルなんて無理だろうな…
今日は行かなくて正解だったな!!
(↑自分で自分の決断を無理やり正当化する。)


海の周りを歩きまわっていると、ウォーキング中のおじさんがいたので、声をかけた。


「ここでダイビングする人って多いんですか?」


「うーん、いるっちゃいるけど、今日はちょっと無理かもね。寒いし波が高いし。」




だよね!!!!



やっぱり今日はシュノーケルに行かなくて正解だったのだ\(^^)/
(↑再び自分で自分の決断を無理やり正当化する。)



勝手に自己満足したところで、元来た道を戻る。

途中で神社を見つけたので、行ってみることにした。


ここの名前は波上宮。


朱塗りの建物が美しい。






お賽銭を入れ、お祈りをする。



沖縄へ感謝の気持ち。
出会えた人たちへの感謝の気持ち。
自分を支えてくれる家族、友達への感謝の気持ち。


しばしベンチに座ってのんびり。



ここには沖縄戦で亡くなられた人たちへの慰霊の碑があった。



何の罪もない多くの人たちが、沖縄戦によって命を落とした。
慰霊の碑に祈りを捧げ、波上宮を後にする。



初日に行った対馬丸記念館の裏手に公園があるらしいので、そこへ行ってみることにした。



ここには大きなガジュマルの木が生えていた。
沖縄によく生えているこの木である。
(写真はネットから引用)




枝から根が伸び、地に根をはる。


巨大なガジュマルはとても美しかった。

太い幹は生命力に満ち溢れ、思わず手を触れた。


この木はどのくらい、ここで沖縄の姿を見て来たんだろう。
戦火をくぐり抜け、こんな立派な姿を留めているのだろうか。


ガジュマルの木を眺めていると、いろんな思いが頭を駆け巡った。



彼はここで、流れる沖縄の歴史を眺め続けているんだろうな…

そう思うと、物言わぬガジュマルの木に尊敬と敬意の気持ちが湧いて来た。

ここの奥には、対馬丸以外の船舶撃沈による犠牲者を祀った、「海鳴りの像」があった。

女性が赤ん坊を抱いている像だ。



(写真はネットから引用)

慰霊碑には犠牲者の名前が刻まれている。
戦時中の日本は、このように船舶が撃沈をされていても戦況の悪化を示すことになるといって、軍事機密とされていたそうだ。

なので対馬丸が撃沈されたことも、すぐには沖縄市民には伝えられなかったため、自分の子供や家族がどうなったかわからなかったそうだ。

情報だけが錯綜し、ただひたすら家族の安否を祈る日々だったんだろう。


東京の靖国神社、広島の原爆ドーム、鹿児島の知覧特攻隊記念館。
そして沖縄。


戦争に関する場所や記念館へ何箇所か訪れたが、何故戦争が起こるのかわからない。

戦争が起こるには理由がある。

根底にあるのは、人間の欲だろう。

蒼く輝く美しい沖縄の海。
夏場は観光客で埋め尽くされる海は、70数年間前、米軍の船で埋め尽くされた。


戦後を生き抜いた人たちが懸命に復興のために立てた建物は、開発の名の下にどんどんとたて壊されていく。



「日本は平和な国だよね。」



海外で知り合った人に何度も言われた言葉だ。


本当にそうだろうか。
歴史は何度も繰り返す。



今でも米軍が起こす事件や事故は後を絶たない。
(一方的にアメリカを非難しているわけではないが)


以前、沖縄の離島を旅したとき、夜に一人で島にあるバーに飲み行ったことがある。


そこで島のおじさんと隣になり、沖縄と米軍の関係について話し込んだ。


おじさんは、


「米軍を悪く言う人や、嫌いな人はいるけどね。けどそれによって利益を得ている人がいるのも事実だから、何とも言えないよね」

と、少し酔って赤くなった顔で私に話してくれた。


本当の平和とは何なんだろうか。

沖縄に来るたびに考えるが、未だに答えは出ない。





公園を歩き回り、波の上ビーチに戻って来た。


さっきまで吹いていた風もおさまり、暖かい日差しがビーチに降り注いでいた。


邪魔なスーツケースを階段脇に置き、砂浜へ。




暖かな日差しに誘われ、多くの人がビーチにいた。


小さな子供を連れたお父さん。
自撮りを楽しむカップル。
賑やかな外国人のグループ。
私のような1人の女性。




適当な場所に腰を下ろし、ザックを枕にして砂浜に寝転んだ。

サラサラの砂浜が気持ちいい。







目をつぶり、あっという間の今回の旅を振り返る。




楽しかったなぁ…




ウトウトしていると、冷たい風に目が覚めた。




時計を見ると四時を過ぎている。

そろそろ行くか。



階段脇に置いておいたスーツケースを取りに戻り、ゆいレールを目指す。



せっかくだし、沖縄を離れる前に沖縄そばを食べよう。


この近くに定食屋があるらしいのだ。




ビーチから徒歩五分ほどの定食屋さんは、量が多くて有名らしい。




せっかくだし、たくさん食べよう!!


食い意地が張っている私は、沖縄そばとカツ丼のセットを購入した。











めっちゃ多い\(^^)/



これで600円だよ?

安いでしょwwwww




あれだけ食べると意気込んでいたのに、全然食べれなかった…
残してごめんよ…おばちゃん…




パンパンのお腹をさすりながら、空港に戻るためゆいレールへ。



空港行きのゆいレールには、同じようなスーツケースを持った人たちが沢山いた。


みんなどんな沖縄時間を過ごしたんだろう。





空港に到着し、荷物を預けて準備は完了。
あとは出発を待つのみだ。




那覇空港の三階から、海に沈む夕陽を眺めた。





真っ赤な夕陽が光の線を放ち、周りの雲を明るく染める。






夕陽が沈み、明るかった空に陰を落とした。




夕陽を1時間近く眺め続け、出発ゲートへ向かった。




機内は満席だった。

これからまた寒い成田に戻る。
寒いの嫌だな…

しかし行きの飛行機のときとは違い、帰りの機内の自分は晴れやかな気分だった。

突発的な旅だったが、多くの人のおかげで素晴らしい旅にすることが出来た。




機内の照明が落とされ、気づくとウトウトしていた。

成田到着まであと少しだ。


すっかりと夜も更けた九時過ぎに、飛行機は成田空港に着陸した。

機外に出た途端、吹きすさぶ冬の風が頰にあたり、眠気が一気に覚めた。


戻ってきたんだなぁ。


しみじみと感じた。







スマホをオンにすると、ホストの彼からメッセージが届いていた。




「今回はありがとう!楽しかったよ。
またいつでも帰ってきてね!」




楽しかった沖縄での日々を思い出し、思わず笑顔になった。














悲しいことや辛いことがあったとき、人はどうやってそれを乗り越えるだろうか。

堪え切れない悲しみ、やり場のない怒りなど、多くのネガティヴな感情が自分を支配し、自分でどうすることもできない。


沖縄に行く前の私はそんな状態だった。


行きの飛行機の中で無意識のうちに涙が溢れたり、自分で自分の感情がコントロール出来なくなっていた。







このままじゃダメだ。






そう思い、本当に衝動的に沖縄行きの航空券を買った。



沖縄にくる前、ひどく落ち込み、精神的にボロボロだった。

しかし沖縄に訪れ、すっかりと元気になった自分に気がついた。



沖縄の青い空、美しい海、暖かな空気。
沖縄の人の優しくてひょうきんな人柄。

カウチサーフィンのホストの彼に出会い、毎晩のように大笑いをした。
ローカルなスポットに連れて行ってもらい、沖縄のディープなところを教えてもらった。

彼との出会いは本当に大きい。
彼と出会えていなければ、ここまで沖縄を楽しむことは出来なかった。



人によって傷つき悲しんでも、人の優しさに触れ、立ち直る力をもらう。


今回の旅で、このことを心から感じた。





沖縄は本当に私にとって特別な素晴らしい場所だ。
来るといつも元気になれる、そんなところだ。



大好きな沖縄、本当にありがとう。
滞在中、世話になりっぱなしだったホストのKくん。
本当に本当にありがとう。




また必ずここに来よう、
沖縄の景色に会いに、そして出会った人たちにまた会いに行くために。




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久高島の青い空、青い海。

2017-12-31 00:20:55 | Japan🇯🇵
12/26

ホストの彼は朝の五時前に出かけていったようで、私が目覚める頃にはいなくなっていた。


寝ぼけ頭で起床し部屋を出ると、お父さんが起きていた。


挨拶をすると、

「何か食べる?」

と聞いてくれた。


フルーツとコーヒーを出して頂き、椅子に座ってゆっくりと軽めの朝食を取った。


先にも書いたが、この家には日本人外国人問わず、20人以上の旅人が泊まりに来ている。




「この間は、ロシア人が来たねぇ。その前はスウェーデンだったかな?」




カウチサーファーはほとんどが欧米人が多い。
必然的に英語が必要になるため、語学練習にももってこいだ。


お父さんは続けて、



「いつも急に連れてくるからねぇ。」



と、一言。





ん?





急に?







「お父さんは、私が来ることをご存知でしたか?」




「いや、知らないよ?」





ちょwwwwwww







けどそんなことも慣れっこらしく、お父さんはさして気にしていないようだった。



後からお母さんも出て来て、3人でおしゃべりをした。


しばらくおしゃべりをした後、私は出かけることに。



日差しが眩しい。

今日は晴れるかな?



ゆいレールに乗り込み、今日は旭橋駅で下車。

ここから徒歩で那覇バスターミナルを目指す。


日差しが強くなり、着ていた上着を脱いだ。




10:17



やってきたバスに乗り込む。
乗客は少なく、バスの窓から景色を楽しんだ。



窓から差し込む日差しが強く、暑くてTシャツ一枚になる。



1時間ほどバスに乗り、ようやく目的地の安座真港に到着した。


バスを降りようとすると、運転手のおじさんに

「港は外に出たら左だよ!」

と教えてくれた。


おじさんの言う通り左に曲がると、少し下った下に港が現れた。




海を見てテンションが上がり、思わず坂道を駆け下りる。




港に到着し、11:30のフェリーチケットを購入した。


目的地の島まではフェリーでわずか15分だ。


フェリーはあっという間に目的地の久高島に到着した。




久高島は沖縄の聖地でもある斎場御嶽からも見える島だ。
島全体が聖域として崇拝されており、「神の島」と呼ばれているそうだ。





久高島は約150人ほどの人たちが暮らす小さな島だ。



島の端から端まで、約4キロ。

信号もなく、娯楽施設などはない。


のんびりとした島時間が流れる。


久高島への最北端にあるのが、カベール岬。
とりあえずここを目指そう。





島の主な移動手段は自転車らしく、船を降りた人はみんな自転車を借りていた。



私も借りようか考えたが、自分の足で歩きたくなり、歩いて回ることにした。

港からカベール岬までは約4キロ。


時間にゆとりはあるし、のんびり行こう。



ザックを背負い、ブラブラと歩くことにした。


途中、無人の販売所を見つけた。




可愛らしいシーサーが沢山いた。
のどかな風景に思わず心が和む。






道路を歩いていると、右の茂みからガサガサと音がする。




ん?



立ち止まって茂みの中を覗き込むと、可愛らしいぬこが出てきた。




微妙な距離を保ちながらこちらを見つめるぬこ。
無理に触るのも彼に悪いので、距離を保ちながら写真だけを撮って彼に別れを告げる。






沖縄らしい瓦屋根の民家が立ち並ぶ道を歩く。

降り注ぐ日差しが気持ちいい。

なんでサングラスを持ってこなかったんだろう…




段々と丈の低い木々が生い茂る道になってきた。

すると茂みの奥からまた音がした。


またしてもぬこだ。





この子は人懐っこく、私が近づいても逃げようとしなかった。
それどころか擦り寄ってくるではないか。


なんて可愛いやつなんだ。

しばしぬこと戯れていると、後ろから自転車に乗ったご夫婦が現れた。



「可愛い猫ね」


奥さんの方がぬこを見て微笑んだ。


しばしこのご夫婦と立ち話をした。


「歩いて回ってるの?大変じゃない?けど砂利道は歩いた方が楽かもね」


少し話した後、二人は先に自転車で颯爽とかけて行った。




残された私は再び歩く。

道の脇には、沖縄らしい草木が生える。
なんていい天気なんだろう。








しばらく歩くと、久高島の中で聖域と呼ばれる場所に到着した。


ロープが張ってあり、


「この先は立ち入り禁止」


と看板が立っていた。


私は霊感といったそういんものは全くないが、そのようなのがある人は、久高島に来ると何かしら感じるものがあるらしい。

中には不届きものがふざけて久高島の聖域の石ころを家に持ち帰ったところ、悪いことが立て続けに起こる。

「私を島に返して」

謎の夢を毎晩のように見て、結局石を戻しに久高島へ再び訪れた人もいるという。

真意の程は定かではないが、神秘的なものがあるのは間違いないだろう。





狭い道を抜けると、少し道幅が広くなり、真っ直ぐな一本道が現れた。





白い砂利道に、青い空と緑が多い生える。




綺麗だなぁ…


暑くてTシャツ一枚になり、空を見上げながら砂利道を歩く。


まっすぐな道の行き止まりに到着した。



カベール岬だ。




断崖絶壁の先には、真っ青な海。







到着した人たちは岩場に腰を下ろし、写真を撮ったり、ぼんやりとしたりと、思い思いの時間を過ごしている。


私も少し奥の岩場に腰を下ろし、朝お父さんに頂いた沖縄の饅頭を食した。





風が吹き、波が白波を立てる。

寄せて返す波が岩場に当たり、再び白波を立てる。


波が荒いせいかのんびりと、という雰囲気ではなかったが岩場に座ってぼんやりと海を眺め続けた。

もう2017年も終わる。
今年は本当に色々なことがあった濃い一年だった。


突発的に沖縄に来たけど、来てよかったなぁ…

しばらく海を眺めてから、港に戻ることにした。


今度は行きと違うルートで帰ろう。


最初に来た道とは反対の道を歩くことにした。


歩いていると、ビーチへと続く道を見つけた。



ガサガサと茂みを越えて抜けると、目の前に真っ青な海が広がっていた。

誰もビーチにおらず、まさにプライベートビーチだ。


テンションが上がり、波打ち際まで降りてスニーカーを脱いで裸足になった。








水温はさすがに冷たいかと思ったが、そこまで冷たくなく、歩き回って暑くなった体にはちょうどいいくらいだった。


しばらく波打ち際を歩き回ったり、海に石を投げたりして遊んだ。


波打ち際にあった岩場に腰掛け、iphoneで音楽を流す。



日差しが照りつける。
暑い…

12月26日の真冬に汗をかくなんて…

関東は極寒なのになぁ…

そう思うと、何故か不思議と面白くなり一人で笑ってしまった。




何をしているわけでもない。
ただ海を見ているだけだ。
それだけなのに、気持ちが満たされる。



青空と青い海。
これだけで私は元気になれるんだなぁ。
我ながら自分の単純さに驚いた。



海を満喫し、帰りのフェリーの時間もあるので、港に戻ることにした。



途中、畑で作業をしている島の人に出会った。
軽く挨拶をすると、笑顔で返してくれ、少し立ち話をした。



なんて素敵なところなんだろう。
来てよかったなぁ。


寄り道をしながら、港近くに戻って来た。





フェリー出航までまだ30分ほど時間がある。


近くに売店を見つけ、オリオンビールを購入した。
事前に買ったおにぎりとビールで小腹でも満たそうと、公園のベンチに座った。





座っておにぎりを食べようとすると、猫に囲まれていることに気づいた。





あれ?
いつの間に…


島のぬこの距離は近い。




ズイズイと近づく彼ら。

おにぎりを食べようとすると、なんと手で取ろうとしてくるではないか。

おちおちおにぎりも食べれない。

数えると6匹のぬこに囲まれていた。




圧迫感ハンパない_:(´ཀ`」 ∠):







ベンチに座って食べるのは諦め、立ったままおにぎりを食べていると、隣のベンチにかき氷を持った女性が座った。


私の姿を見て笑っている。

そりゃそうだ、ぬこにおにぎりを取られまいと必死な姿は、誰が見たって滑稽だ。



日差しが暖かいとはいえ、風が吹きすさぶ中でかき氷って凄いなぁ。



そう思い、その女性に、

「かき氷、寒くないんですか?」

と、聞くと、

「うーん、ちょっと寒いかもね(笑)」


と、笑いながら言っていた。



相変わらずぬこが私のおにぎりを狙っている。
しまいには前足で私のおにぎりを横取りしようとしてくる。


その都度女性が笑っている。

しばらくすると、どちらともなく会話が始まった。


彼女はシンガポール人だった。
日本語を普通に話すため、日本人だと思っていたため驚いた。


かつて東京に住んでいたことがあるらしい。


それからシンガポールに戻り、久しぶりに日本に旅行に来たそうだ。



「シンガポールにいると、中々日本語の勉強が出来なくて苦労したよ」

そのため彼女は独学で勉強を続けたそうだ。



シンガポールは小さな国だが、経済発展がめざましく、日本はシンガポールを見本にしている、と聞いたことがある。

会話を楽しんだあとは、フェリーに乗るため港に戻った。



16:30


定刻通りフェリーは久高島を出発した。


小さくなる島を眺めながら、楽しい時間をくれた久高島に、「ありがとう」と、心の中で呟いた。





25分程でフェリーは安座真港に到着した。



フェリーを降りると、先ほど島で話したシンガポール人の女性に再会した。

これからバイクで宿に戻るという彼女。


少し立ち話をし、


「じゃぁ、また。どこかで会えるといいね!」


と、笑顔で去って行った。



旅をしていると、色々な人に出会う。


旅に出ていなければ、出会っていなかった人がたくさんいる。
彼女にも沖縄に来ていなければ、出会うことがなかった。


港の隣にあるあざまサンサンビーチを散歩していると、仕事を終えたホストの彼が迎えに来てくれた。



「どう?島は楽しかった?」

「すんごい楽しかったよ!さっきシンガポール人に会った!」

車内で今日の出来事を、興奮気味に話す。


私は明日帰るため、今日が最後の夜になる。


「とりあえず肉を食べて、それから飲みに行こう!」


これまた素敵な提案でないか。



向かう途中、私が島でぬこに囲まれた話をすると、

「猫好き?」

と、尋ねれた。


ぬこも犬でもなんでも好きだ、と答えると、ぬこがたくさんいるところがあるから、行こう!と言ってハンドルを切った。



「そんなにいるの?」
「うん、結構いるよ〜」


どのくらいいるのだろうか。
期待が高まる。



あっという間に目的に到着。

公園の前に、ぬこたちがいる。


おお…



車を止め、後ろから彼が何か取り出した。



「これ」


差し出して来たものは、キャットフードだった。




キャットフードの袋を持った途端、散らばっていたぬこたちが一斉にこちらに駆け寄って来た。




一気にぬこに囲まれた。




久高島の6匹どころではない。
10匹以上いただろうか。


ワラワラとぬこに囲まれる。




キャットフードを少しあげると、彼らは行儀良く並んで食べていた。


ぬこと戯れた後は、最初の目的地へ。



目的地をよく聞かされないまま、とりあえず向かう。


だんだんと街灯が少ない道路へ…



どこに行くんだ?


と、思っているうちに目的地に到着した。


そこは糸満市にある観光農園だった。

入り口に入ると、奥にキラキラと輝くイルミネーションのトンネルが見えた。

どうやらここは冬季の間はイルミネーションが楽しめるようだ。



「綺麗!」

思わず声が出た。





入り口付近には多くの出店が出ており、お祭りの雰囲気のようだった。

私はイルミネーションが大好きで、一人で写真を撮りに行くこともあった。

しかし今年は一度も見に行っていない。


まさか沖縄で二回もイルミネーションが見れると思わなかったため、嬉しくなった。



キラキラと輝くイルミネーション。
そして一緒にいるのは、カメラマン。













当然始まる撮影大会\( ˆoˆ )/









バシャバシャと撮ってもらいながらも、イルミネーションを楽しんだ。




私の一眼レフは、世界一周の間に何度も落としたことによって壊れてしまったので、今回の旅には連れてきていない。

なのでたくさん(しかも最高品質のカメラで)写真を撮ってもらうのは、有り難かった。


撮ってもらった写真はとても美しいのだが、人様に撮ってもらった写真を載せてもいいのか分からないので、載せるのはやめておく…


この施設の中には、お土産コーナーもあった。
中を覗くと、ワインの試飲をやっているではないか。






とりあえず六種類全部試飲した。





美味しいではないか。








買わなかったけど…



イルミネーションを堪能し、園内を出る頃には真っ暗だ。



空を見上げると、星が輝いてた。



「星が綺麗だね」



そう彼に言うと、


「今夜の方が星が見えたかな?」


と、呟いた。


確かに…そうかも…?





「昨日のビーチ、行ってみる?」









行くに決まっている(°▽°)!!





急遽予定を変更し、昨日のビーチへ。



ビーチに到着すると、オリオン座がはっきりと見えた。


しかし彼曰く、まだまだ足り無いらしい。



こんなに綺麗なのに…??



ためにし写真を撮るが、三脚がないためブレてしまう。
夜間撮影の際は、三脚がないと無理なのだ。



写真は撮れずとも、星空を見れたので私は満足だ。
しかもこんな素敵なビーチに二回も来れるなんて!!

本当に私は幸せだ。



ビーチのあとは、お待ちかねの夕飯だ。


沖縄はアメリカの影響もあり、ステーキ屋さんが多い。
中でも人気のステーキ屋さんがあるらしいので、そこに連れて行ってもらうことになった。



考えたら今回を含めて沖縄には6回来ているが、沖縄でステーキを食べたことは一度もない。




お店に到着すると、駐車場は満車。
店外にも多くのお客さんが並んでいる。

とりあえず名前を店員さんに告げ、車の中で待機することに。


待っている間に、沖縄言葉のレッスンをしてもらった。





めーごーさーするよ?



何かおわかりだろうか。



げんこつするよ?だそうだ。




あがっ!







いたい、やべ!

みたいな。






難しすぎるwwww






同じ日本でも独特の文化を持つ沖縄。
知れば知るほど奥深い。




レッスンをしていると、店員さんに呼ばれた。





ついにステーキですよ(΄◉◞౪◟◉`)!






せっかくなので、一番高いフィレ肉のステーキを頼んだ。




Sサイズで2000円。






高いʕʘ‿ʘʔ






今か今かと待ち構えていると、ようやくステーキがやってきた。





一口食べる。








う、う、うまーーーーーーい💓💓💓💓💓💓💓









私はもともとそんなに肉を食べる方ではない。
焼肉屋は自分からは行かないし、あまり食べると胸焼けがするのだ。






しかしこのステーキはうまい。

さすが高いだけある。



ここのお店は人気店らしく、観光客のみならず地元の人も来るそうだ。

店内は常に満席で、我々が外に出た時も未だにお客さんが並んでいた。



美味しい食事でお腹を満たした後は、飲み屋へ!!




彼の家の近所に、地元の人が集う飲屋街があるらしい。


沖縄では国際通りか、ゲストハウスでしか飲んだことが無いのでワクワクだ。



パーキングに車を停め、飲屋街をブラブラと歩く。



なるほど。
ここには観光客はいないだろう。


狭い路地裏にパイプ椅子を並べた小さな飲屋が立ち並ぶ。


みんなだいぶ酔っており、楽しそうに飲んだくれていた。


私は小綺麗なレストランなバーより、こうゆうローカル感が満載の居酒屋の方が好きだ。

このような店では地元の人が集うし、そんな人たちと話すのは本当に楽しい。


適当に店を見つけて入店。


まずはオリオンビール!






美味しい٩(๑❛ᴗ❛๑)۶


ビールは苦手だが、最近は飲めるようになってきた。

日本酒と焼酎も頼み、だいぶ顔が熱くなってきた。

しかし今夜は沖縄最後の夜だ。



店全体は賑やかだった。
みんなが楽しそうだ。




何故か私も嬉しくなる。



夜も更け、店が閉店するので外に出ることに。




2軒目行こう!!






というわけで、二軒目に選んだのはカウンター席のみの路地裏に面した居酒屋。




我々も隅の席に座る。

ここのお客さんたちは、かなり出来上がっていた。
隣同士が近いため、自然と会話が始まる。

私の隣に座っていたのは、石垣島出身の女性だった。
常連さんらしく、店員さんと楽しそうにおしゃべりをしていた。


店員さんもかなりフランクで、みんなで飲みながら、ひたすら笑った。
笑いすぎて呼吸困難になり、息が出来なくなったくらいだ。



ここのお店では一杯にしておいた。


笑いすぎて、飲む暇も無かった、というのもある。






夜も遅くなって来たので、みんなに別れを告げ、代行車で帰る。


大いに笑い、大いに飲み、大いに食べた夜だった。
本当に楽しかった。

沖縄の人は本当に面白い。
あくまでも私の考えだが、人と人の距離が近い気がする。
そしてみんな人懐っこく親切だ。
南の島特有の性格なんだろうか。


兎にも角にも、私はやっぱり沖縄が大好きだ。



明日も仕事なのに、遅くまで飲みに付き合ってくれた彼に心から感謝。




沖縄最後の夜。
本当に楽しかった。





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Merry Christmas in Okinawa

2017-12-29 13:00:17 | Japan🇯🇵
12/25

✨❄️✨Merry✨❄️✨
🎄✨💓Christmas🎄✨🎁








ま、そんなん関係ないけどね!





朝目覚めると、ホストの彼は仕事のためもう居なくなっていた。


さて、今日は何をしようかな。


ぼんやりとしながら今日の予定を考える。




沖縄は電車がないため、移動の基本は車だ。

車を運転できないと、沖縄旅行は正直つらいものがある。


というわけなので今日はレンタカーで1日ブラブラすることにした。


那覇空港近くのレンタカーオフィスに行くため、ゆいレールで那覇空港へ。


天気予報は曇りだったが、雲間から太陽の光が見えてきた。

これは青空を見れるかな?


淡い期待を抱きながら、レンタカーの事業所に向かうバスの中から空を見上げる。


そし事業所に到着し、手続きを済ませて今日の相棒と対面♡




ニッサンのルーツだ。




どこに行くか決めていなかったが、海が見たくなり古宇利大橋を目指すことにした。
初めて一人で沖縄に来た時も行ったことがあるのだが、生憎の天気だったため絶景を拝むことが出来なかったのだ。

那覇市から古宇利大橋までは2時間近くかかる。


急いでいるわけでもないし、のんびり行くか。


車に乗り込み、出発!



車内で音楽をかけながら、沖縄の高速道路をかっ飛ばす。


那覇市を離れると、徐々に緑が増えて来る。


窓を開け、風を感じながら走るドライブは最高だ。



しかし20分ほど走ったところで、急にルートの変更をしたくなった。


古宇利大橋に行くのはやめ、すぐに高速を降りた。


料金所で料金を払おうとすると、そこにいた係の男性がトナカイのカチューシャをつけていた。


おお…



可愛らしい姿にほっこりし、男性に

「可愛いですね」

と声をかけると、男性は笑顔で

「はは、ありがとう」

と言い、私にお釣りを渡しながら、



「メリークリスマス、良い1日を」

と笑顔で言ってくれた。


短いやり取りだったが、心が温かくなり、沖縄に来て良かった、と感じた。






車を走らせていると、右側に漁港が見えた。

私は魚介類は食べれないが、港に行くのが好きだ。

駐車場に車を停め、港に停泊している船を眺めた。




水面に太陽の光がキラキラと輝く。

日差しが温かく、薄手のロンT一枚で十分な気候だ。


寒いのが苦手な自分は、この気候が本当に心地よかった。
太陽の光を浴び、港をのんびりと歩いて回る。





近くにあった食堂を覗くと、新鮮な魚介類の定食が沢山あり、多くの人たちが食事を取っていた。

魚介類が食べれない私は見ているだけだが、見ているだけでも十分楽しかった。



食堂を回りきったところで、再び車に乗り込む。






右側には大好きな沖縄の海。
太陽の光を浴びるだけで、人はこんなにも元気になれる。



車を走らせ、海中道路に到着した。

この橋はうるま市にある伊計島や浜比嘉島と本島を繋ぐ5.6キロの橋だ。

海の上にかかる橋は、さながら海のすぐ上を走っているような気にさせてくれる。




適当に車を停めて外に出るが、風が強い。


波が白波を立てて、ごうごうと音がする。


少し肌寒くなってきたので、車に乗り込んで再び走らせる。

とりあえず1番奥の伊計島まで行こう。


曲がりくねった細い道を走り、さとうきび畑に囲まれた道を走る。


沖縄らしいのどかな光景に癒されながら、ドライブを楽しんだ。



途中で断崖絶壁から真っ青な海を眺めた。


真っ青な海。透明度が高く、底がハッキリと見えた。



綺麗だな…


その光景を見ただけで、途端にテンションが上がる。

綺麗な海を見るだけで、穏やかな気持ちになれる。
この波では海に入るのは無理だが、見ているだけも幸せになれるのだ。
海はそんな不思議な力があると思う。





伊計島をぐるっと回ったところで、浜比嘉島へ行くことに。

ちなみにこんな感じ。





浜比嘉島へ行く途中の道に、海沿いに公園があるのを見つけた。




すぐにそこへ行き、海沿いにある階段に寝転んで空を見上げた。





青い空。

目をつぶって、波の音を聞く。





波の音を聴きながら、色んなことをぼんやりと考えた。



寄せて返す波のように、ここ最近は自分の気持ちも浮いたり沈んだりを繰り返した。



傷つき、悲しみ、涙し、そこから学ぶこともあるだろう。
悲しみを乗り越えると人は強くなる、といったセリフもよく聞く。



しかし頭ではわかっていても、そう簡単に切り替えることは出来ない。







真上に広がる空をただぼんやりと見上げ続けた。





だいぶ時間が経ったところで、車に戻って浜比嘉島を目指す。
ここは去年の9月に友達と3人で訪れた場所だ。


ついた頃は日が暮れかけており、さすがに風も冷たくなっていた。

パーカーを着込んで外に出て、少し散歩をした。





寒くなってきたため、車に戻る。
(寒いといっても、15度くらいはある。しかし沖縄は風が強いため、体感温度が冷たいのだ)

せっかくだから夕日が見たい。

昨日の夜行ったアメリカンビレッジの近くに、夕焼けで有名なサンセットビーチがあるらしい。


そこに行こう!!!



ナビをセットしサンセットビーチを目指す。



日が暮れかけてきたが、日の入りの17:40にはギリギリ間に合い、17:35にサンセットビーチに到着した。


しかし大量の雲が空を覆い、太陽を隠し、夕焼けも何もなかった。

少しがっかりしたが、天気はどうしようもない。
代わりにビーチのカフェにいた外国人グループにいた、可愛い金髪の子供たちを眺めて癒された。


日がすっかり陰り、あたりは真っ暗になった。



ここから那覇市までは1時間半程度だ。
車は夜8時までに返せばいいので、時間的にはかなり余裕があった。



ちょっとのんびり行くか〜


レンタカー事業所にカーナビをセットし、出発!



先にも書いたが、沖縄は車社会だ。


ゆいレールは那覇空港から首里城までしかいかないため、車社会になるのは必然だのことだろう。



私が走っていた時間は、まさに帰宅ラッシュのときだった。




渋滞の規模が尋常ではない。

ゆっくりゆっくりと進み、残り8キロの時点で、到着時間は1時間後だった。







8キロが1時間…!?






ホストの彼は仕事が終わってからレンタカーの事業所に迎えにくれる予定なのだが、このままだと待ち合わせ時間どころか8時までに車を返すことができないかもしれない。



ホストの彼に

「渋滞がやばい、間に合わないかも」

と連絡をすると、

「沖縄の渋滞をなめないほうがいいよ(笑)」

と返事が来た。



本当にその通りだわ……(((;゚д゚;)))




渋滞を越え、事業所近くのガソリンスタンドで給油し、急いで事業所に向かった。


時刻は案の定8時を過ぎていた。


私は最後だったらしく、スタッフの皆さんが外で私を待っていた。


謝罪しながら車を返却し、迎えに来てくれたホストの彼の車に乗り込んだ。




今日はクリスマス!



何を食べたい?

と、彼に聞かれたので、私は「沖縄そば」と答えた。


クリスマスも何もないが、沖縄に来たのなら沖縄そばが食べたいのだ。



彼のオススメの沖縄そば屋があるらしく、そこに向かうことに。





そば屋近くに差し掛かったとき、彼が

「あっ!」

と、叫んだ。

何事かと思い、

「どうしたの?」

と聞くと…



「そば屋、閉店してた…」





と、悲しそうに彼が呟いた。



閉店しているのなら仕方ない。
近くのモールにある沖縄そば屋へ行くことにした。


ここのそばも十分美味しかったけどね♡



そばを食べた後は、ブルーシールアイス!!


クリスマスケーキならぬ、クリスマスアイスだ。



美味しい食事にすっかり満足し、幸せな気分になる。


彼は明日の朝、恩納村でブライダルの撮影があるため朝4時に起きないといけないので、もうこのまま帰るのかと思ったが、


「これから一箇所だけ行ってから帰ろう」


と言う。



「どこに行くの?」

「星が綺麗に見れるところがあるから、そこに行って写真を撮ろう。曇ってたらすぐに帰ろう」


なんとも素敵な提案じゃないか。




クリスマスに星空撮影なんて!!!




素晴らしい彼の案に感謝し、早速目的地へと向かうことになっと。


車は次第に街灯がない真っ暗な道を走っていた。


山にでも行くのかな?



しかし着いた先は真っ暗なビーチだった。



星はあまり見えなかった。



しかし雲の間から、ちらほらと星が見える。




ビーチの砂を踏みしめ、波打ち際まで歩いた。

海には船が何隻か浮いており、波に揺られていた。



真っ暗な海を眺めていると、後ろから彼もやってきた。



「雲がないときは本当に星が綺麗に見れるんだけどね…今日はちょっと見えないな。」


彼は残念そうだったが、私は夜のビーチいるだけでも幸せになれた。


波の音が優しく響き、空には糸満市にある平和祈念公園の平和の光が、空に向かって伸びていた。




「星が綺麗に見れる時は、よくここに来るんだ。1時間くらい撮ったら、そのあとは砂場で寝転んで星をボケーっと見たり。」




彼が空を見上げながら教えてくれた。







私も西表島に行ったとき、一人で港で写真を2時間ほど撮っていた。





西表島の夜は満天の星空、まさにこの言葉がふさわしかった。
夜空にきらめく星を見ていると、言葉に出来ない幸せな気持ちになれる。





昼間のモヤモヤとした気分は何処へやら。

いつの間にか爽やかな気持ちになっている自分に気づいた。



大好きな沖縄。
ここに連れてきてくれた彼。

本当にありがとう




30歳のChristmasは、心が暖かい日だった。
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日本で大好きな場所

2017-12-28 17:33:45 | Japan🇯🇵
12/24

旅の思い出として、記す。


世間はクリスマス。

しかしそんな雰囲気とは無縁の私。

人生山があれば谷もあり、いいこともあれば悪いこともある。


23日の夕方、突発的にどこかに行きたくなった。


どこかに行きたい。



無意識のうちに格安航空券を探していた。

さすがに海外は無理だ、国内のどこかに行きたい。


スカイスキャナーで1番安い航空券を探し、翌日のチケットを購入した。



期間は三泊。

三泊程度なら荷物は少ない。
バックパックでは大きすぎるので、1番小さいスーツケースに荷物を詰め眠りについた。



翌朝、LCCに乗るために第三ターミナルへ。


第二ターミナルと第三ターミナルを繋ぐ通路には、世界中の写真と、短いメッセージがプリントされた写真が飾られている。


私はここの写真を見るのが大好きだ。


一枚一枚眺め、自分が行ってきた国を思い出す。



第三ターミナルに到着し、荷物を預けて出発を待つ。

クリスマスのせいか、空港は賑わっていた。




続々と飛行機が離陸し、目的地へと飛びたって行く。


飛行機は窓側だったため、窓から先に飛び立っていく飛行機を眺め続ける。



たくさんの旅人を乗せ、飛び立つ飛行機。

あの飛行機はどこに行くのだろうか。

ぼんやりと考えながら眺め続け、自分の乗る飛行機も飛びたった。




世界一周から帰国して、国内ひとり旅に行くのはこれが初めてだ。

帰国してからあっという間に時が過ぎ、半年も経っていた。


帰国したのは夏だったが、季節が移り変わり、今は冬だ。

この半年の間に本当に沢山のことがあり、色んなことを考えた。



楽しいことばかりではない。
辛いこともあった。



眼前に広がる雲の海を眺めていると、涙が溢れた。
なんの感情かわからないのだが、涙が溢れて止まらなくなっていた。


溢れ出す涙を止める必要はない。
泣きたい時は泣くのが1番だ。
雲を眺めながら、ただ感情のままに涙を流し続けた。


三時間のフライトを経て、飛行機は目的地に到着した。


大好きな場所、沖縄だ。




沖縄は私のとって特別な場所だ。


5、6年ほど前にも突発的に沖縄に行ったことがあった。
離島の民宿に泊まり、民宿の人やリゾバの人たちと飲み、みんなで夜の海でシュノーケルをした。
多くの人たちの優しさに触れ、悩みはすっかり消えていた。


帰り際に、民宿のお母さんの

「辛いことがあったら、いつでも来なさい」

この言葉が嬉しかったのをよく覚えている。




飛行機から外に出てビックリ。
太陽がギラギラと照りつけ、夏のような日差しだ。
暑くて当然、この日の最高気温は25度もあったのだ。




年末で25度って……




沖縄最高だろ\(^o^)/




今回は本当に何も決めずに来てしまったため、空港に着いてから何をしようかな、ととりあえず考えることに。

しかし考えたところで何かいい案が出るわけがない。

とりあえずゆいレールに乗り、国際通り方面へ向かうことにした。





スーツケースをゴロゴロ転がしながら、県庁前駅で下車。


着いた先は、対馬丸記念館だ。



対馬丸とは、集団疎開をするために多くの児童を乗せた大型の貨物船のことだ。
しかし出航後に対馬丸はアメリカ軍の攻撃を受け、沈没してしまう。

これによって多くの児童が亡くなった。

把握しているだけでも人以上が亡くなっており、正確な数は未だに不明らしい。


受付にスーツケースを預け、館内を見て回る。


沖縄戦が悪化すれにつれ、女性、子供、老人は沖縄以外の本島へと疎開させよ、と命令がくだされる。



中には両親と離れるのを嫌がり、対馬丸に乗船直前まで泣いて嫌がった子供達もいるそうだ。
そんな我が子をなんとかながめすかし、安全を祈って多くの親たちが我が子を対馬丸に乗せた。


「先に行っているから、あとでまた会おう」


まさかそれが最後の言葉になるなんて、誰がその時予想しただろうか。


アメリカ軍の攻撃により対馬丸は敢え無く沈没。

何千人もの尊い命が失われたが、幸運にも生き残った人達もいる。
しかし彼らは自分だけが生き残ってしまったことに罪悪感を感じ続けたという。


なんの罪もない人々が死に、罪悪感に苛まれる。


戦争によって生まれるものは悲しみと絶望しかない。


亡くなった人たちの写真と、生き残った人たちが亡くなった人たちへ捧げた詩を読んでいると、涙がこぼれた。




沖縄の人たちはみんな優しく、海も街並みも大好きだ。

しかし戦時中はここは戦火に呑まれ、那覇市は廃墟と化した。
沢山の人の犠牲の上に今の沖縄がある。

過去を知り、この悲劇を2度と繰り返してはいけないと強く感じた。



対馬丸記念館を見終え、外に出ると雨が降っていた。



また雨か…



自分であまり言いたくないが、私は雨女だと思う。

雨、時には台風にかち合うときもある。


ここから近くにビーチがある。

雨の中のビーチってなぁ…


どうしようか悩んだが、せっかくなのでビーチへと向かって歩き出した。


ビーチに着くと、雨足は更に強くなってきた。
波は白波を立てており、美しいビーチを見てのんびり、なんて雰囲気は皆無だ。


落胆に暮れながらもビーチを眺めていると、近くにいた男性に話しかけられた。

近所に住むという男性は、仕事が休みだから海に来たらしい。
しかしあいにくのこの天気。

二人で世間話をしながら、雨が落ち着くのを待ち、雨足が弱くなったところで彼に別れを告げて国際通りへと向かうことにした。


フードをすっぽりとかぶり、足早に進む。


国際通りは沖縄で1番有名な通りだろう。
1.6キロに及ぶ通りには多くの店が軒を連ね、観光客の呼び込みに余念がない。


賑やかな通りは避け、私は路地裏に進んで行った。


観光客向けの通りはあまり興味がないので、奥にある地元の人が集う飲屋街に行きたかったのだ。


国際通りから2キロほど歩いたところ、牧志公設市場近くにある飲み屋通りに到着した。


まずはお腹が空いたので適当に目に入った沖縄そば屋へ入ることに。


店内はお世辞にも綺麗とは言えなかったが、ディープな感じに興味が湧いたのだ。

カウンターにいた店員の女性に沖縄そばを頼む。

390円。





最高♡♡♡



少しぬるめだったが、そばは美味しかった。



そばを堪能したところで店を出て、次は店の前の立ち飲み屋で飲むことにした。


ここにいるお客さんはみんな沖縄の人のようだった。
賑やかな雰囲気と、少し酔いが回ったせいか気分が良くなって来た。

一杯で酔ってきたため、立ち飲み屋を後にした。



再び国際通りに戻り、ある人と待ち合わせのために集合場所へと急いだ。




ノープランの旅だが、一つだけ決めていたことがあった。

それは何か?



カウチサーフィンをやる。





サーフィンといっても波乗りのサーフィンではない。
カウチはソファーのこと、つまりソファーを渡り歩く、ということだ。


カウチサーフィンは欧米を中心に世界中にユーザーがいる。
簡単に言ってしまえば、旅人がその地に住む人の家に泊まる、というサービスだ。

基本的に無料。
そして地元の人のため、色々な情報を教えてもらえるのだ。
日本ではあまりユーザーはいないが、那覇市に感じの良さそうなユーザーを見つけたので連絡をすると、すぐに快諾をしてくれた。



待ち合わせに到着すると、仕事帰りの今回お世話になる男性が待っていた。

彼は生粋の沖縄っ子。
そしてカメラマンだ。

軽く挨拶を交わし、彼の車に乗り込んだ。



私は人によっては人見知りするのだが、彼はとても話しやすかった。
アメリカに留学し、中南米を放浪していたという彼。
今までに日本人、外国人を問わず20人以上を家に泊めたという。
同じように海外を放浪していた身として、彼の話しが面白くない訳がない。

会ってすぐに打ち解け、車内でずっとおしゃべりを続けた。そしてあっという間に目的地のアメリカンビレッジに到着した。

ここは沖縄の北谷にある巨大な娯楽施設だ。

クリスマスのため、敷地内はイルミネーションがキラキラと輝きとても綺麗だった。



軽めのタコス。
うまし。





カメラマンの彼。

写真を撮るからこっち向いて!と、何度もシャッターを切った。
私も写真を撮るのは好きだが、撮られ慣れてはいない。


引きつった笑顔をしながら、微妙なポーズを取り続けた。


アメリカンビレッジは米軍施設が近いせいか、アメリカ人が多い。
多くのアメリカ人達が、同じようにクリスマスを楽しんでいた。


まさかこんなに綺麗なイルミネーションを見れるなんてなぁ…


ぼんやりとイルミネーションの光を眺めていると、

「こっち向いて!」

と彼に声をかけられ、ふと我に返った。



夜景を堪能したところで、彼のご自宅に向かう。


家に着くと彼のお父さんが起きており、挨拶を交わす。
もう20人以上も家に旅人を泊めているせいか、お父さんはさして驚きもせず軽く会話を交わすだけだった。


その日の夜は、オリオンビールを飲みながらいろんな話をした。

何故カウチサーフィンを始めたのか、
仕事はどんな感じなのか、
アメリカでの留学生活のこと


話は尽きず、深夜の2時までずっと話をしていた。
笑いすぎて声が枯れてしまい、眠る頃にはおかまのような声になっていた。


笑うと元気になるなぁ。




沖縄1日目から笑いまくり、満足した気分でその日は就寝。
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ただいま日本

2017-05-30 17:59:20 | Japan🇯🇵

突然ですが…










I'm in Japan!!!!!!










2016年11月6日に日本を出国し、2017年5月29日に帰国致しました。




本当は旅の最後のブログと共に気持ちを綴りたいのですか、なんせタイムラグが2ヶ月もあるので、今綴らせてもらいます。



そしてかなり長文になるので、面倒な方はスルーして下さい笑



旅に出ると決意したときは、3ヶ月程度で考えていた世界一周。
行きたい国をリストアップすると、どう考えても3ヶ月では足りないことに気づき、キリのいい半年にすることに。

出発前、多くの人たちから応援の言葉をもらい、当日は家族が空港まで送ってくれ、かっきーとのんちゃんが空港まで見送りに来てくれた。


最後の最後まで見送ってくれたかっきーの姿を見て、思わず涙が…

最初の国はタイ。

同じアジアなのに異なる文化に驚き、これから始まる一人旅に不安を覚えた気がする。

しかし旅の日数を重ねるにつれ、多くの人に出会い助けられ、素晴らしい景色に感動し、涙することもたくさんあり、旅に出て本当に良かったと思った。






世界一周を考え出したのは5、6年前から。
本格的に意識したのは数年前からだろうか。
私は外回りの仕事をしていたため、私が辞めると他のメンバーに迷惑をかけることになる。

自分のワガママのせいで、多くの人に迷惑をかけることになる…

そう考えるとなかなか決断出来ず、ただ時が過ぎていくばかりだった。
もちろん決断出来なかった理由はそれだけではない。

この歳で仕事を辞める不安。
帰国後の不安。
両親に心配をかけることへの申し訳なさ。


不安だけがひたすら募り、何も出来ずにただ時が過ぎていくばかり。


何気なく友達に相談すると、

「旅に出たい気持ちはわかるけど、帰国後の年齢で再就職は厳しいと思うよ。ちゃんと現実を見た方がいいんじゃない?いつまで夢を追ってるの?」


と言われた。


もちろん友達は心配した上での言葉だったんだと思うが、私はこの言葉がかなりショックだったのとと同時に、


「じゃぁあなたはいつ夢を見るの?」


と思った。



誰でも夢を持つことは出来る。


大小様々だが、人には夢があるだろう。

私は世界中にある絶景を見るのが夢の一つだった。


夢を持つことは誰でも出来る。
けど、一体そのうちの何人か実際に夢を叶えているんだろう。




仕事を辞める決意ができないとき、ふと自分の未来を想像した。



このまま仕事を辞めずに働き続け、歳をとり結婚をしたとして。
そんな人生も素敵だ。
素晴らしいと思う。
前職では人に恵まれ、多くのことを学んだ。
尊敬する課長、楽しい先輩、可愛い後輩、可愛がってくれるお客さん達、バカ騒ぎが出来る大好きな仲間達。

本当に私は人に恵まれている。

けど旅に出ずにそのまま歳をとり、死の間際になったとして…

きっと私は後悔するだろう。

「なんで私はあのとき決意出来なかったんだ。
なんで私は旅に出なかったんだろう。」


と。




そう思ったら、悩む必要がないことに気づいた。



行かなければ私は後悔する。
行こう!!!





旅はトラブルの連続だった。
英語はカタコト、方向音痴、適当、めんどくさがり。
こんな性格のため、しょっちゅう色んなことがあった。
その都度なんとか乗り越え、旅の日々を重ねて来た。
しかし私が旅を続けてこれたのは、多くの人の助けがあったからだ。




初めてその地に来たと伝えると、色んな人に電話をかけてオススメレストランを調べてくれた人。

バスがない為一人で車道を歩いていると、危ないからと言って車に乗せてくれた人。

やることを決めていないと言うと、一緒にハイキングに誘ってくれた人。

英語で盛り上がるグループに入れず一人でいると、輪の中に誘ってくれ、みんなに私を紹介してくれた人。

現地の言葉が話せず、四苦八苦していると通訳をしてくれた人。




ここには書き尽くせないほどの多くの人が私を助けてくれた。
言葉が通じず苦労することなんて日常茶飯事だ。
しゃべれないときはジェスチャー、たまに絵を描いて説明することもあった。



一人で旅をしているが、常に人に助けられた。

何かのキャッチフレーズにもあったが、世界は本当に優しさで溢れている。
困っていると誰かが手を差し伸べてくれ、助けられて来た。








日本にいる私は、自分に自信が無かった。
正直言って、自分が嫌いで劣等感の塊のようなものだった。
私が一人で海外に飛び出したのは、そんな自分を変えたいと思ったからという部分もある。



〝一人で世界一周をしたら、きっと自分に自信が持てるかもしれない。きっと何かが変わるかもしれない〟



そんな淡い期待を抱いていた。




一人で海外を放浪している女性なんて聞くと、物凄い人のように感じる。
私もそう思っていた。
しかしいざ自分が旅に出ると、そんなに凄いことではない気がして来た。


時間とお金、そして少しの勇気があれば誰でも世界一周なんて出来る。


海外を放浪している日本人女性はいくらでもいる。
中には一年以上も放浪している人もいる。
現地で日本語の先生をしている旅人もいた。
現地の人とすぐに仲良くなり、常に誰かと楽しそうにしている旅人もいた。




旅のスタイルなんてみんな違って当たり前なのに、そんな人たちと自分を比べ、自信のなさに拍車をかけた。


そんなとき、旅の途中で一人の日本人に出会った。

話しやすい人だったので、何気なく自分の自信の無さについての話をした。


その人は私の話を聞き、こう言ってくれた。


〝旅はいつか終わって、過去のことになる。けどあなたが自分で旅に出ると決め、自分で色々と決めて旅を進め、自分の目で世界を見て、その地で体験したことは一生消えない思い出となるんだよ。それは紛れも無い事実なんだから。〟



〝自分を好きになること、自分に自信を持つのは難しいし、すぐに出来ることではない。
けど自分自身を認めることは自分にしか出来ないことだから。ゆっくりでいいから、自分を認めてあげられるといいね。〟



この話を聞いて、涙が出た。



何故私はくだらない自分の考え方に固執していたんだろう。

何故私は周りの人と自分を比べていたんだろう。





比べる必要なんてどこにもない。
私の旅は私だけのものなんだから。





長年見続けていた夢の世界一周。

世界地図を広げ、日本と他の国々を見比べる。


大小様々な国があり、それぞれに文化や歴史がある。
日本での常識は、別の国では非常識となることもある。

日本での当たり前が通じないこと。


そこに住んでいる人々の顔、言葉、におい、建物、文化。

一度日本を出れば全てが変わる。




南米のトイレは、外に大きな樽のような入れ物から自分で桶で水をすくい、直接流すものが多かった。
もちろん紙などない。


鍵がないトイレも沢山あった。



時には不便と感じることが、時には心地よかった。



〝ここは日本ではないんだ〟


ということを強く感じられたから。



〝日本は本当に凄い国だよね〟


旅先で出会う外国人は、みんな口を揃えてこう言った。

〝道にゴミが落ちていなかった〟
〝日本人はみんな親切で丁寧だった〟
〝タバコを決められた場所でしか吸わない〟


小さな小さな島国の日本。
そんな日本が、多くの国の人たちから賞賛されている。
日本人として、こんなに嬉しく誇らしいことはない。

もちろんいいことばかりではない。

〝なんで日本はアメリカの言いなりなの?〟
〝なんで日本人は働いてばかりなの?〟

すぐに返答できない事も聞かれた。






海外に実際に出て、その土地を訪れ、現地の人たちと触れ合い、学ぶことが沢山あった。

世界は広く、大きい。

たった200日弱の世界一周。
世界を見るには、この期間では短すぎた。

まだまだ行ってみたい国がたくさんある。

世界は驚きと感動の連続だ。



世界一周を終え、何か私の中で変わったか、と自問自答してみた。



答えは簡単だ。


特に何も変わらない。


世界一周をしたところで、何か自分の中で大改革が起こるわけではない。
偉くなるわけでもない。


けどこの200日で得たもの、感じたことは私の今後の人生で大きな財産となるのは間違いないと思う。
もちろんこの旅では得たものだけではない。
失ったものもある。
けど旅に出たことへの後悔は微塵もない。




流した感動の涙。
別れを悲しむ涙。

喜怒哀楽をこんなにも一度に感じる200日があっただろうか。




日本に帰ると連絡すると、すぐに会おうと言ってくれた友達。
空港まで迎えに来てくれた両親。
すぐに電話をかけて来てくれた友達。
また会おうと約束した旅先で知り合った人たち。



本当に本当に私は多くの人に恵まれ、この旅を終える事ができた。


今改めて、周りの人たちに感謝の言葉を贈りたい。








本当にありがとうございます!!
そしてこれからもよろしくお願いします٩(๑❛ᴗ❛๑)۶




思い切って旅に出て良かったと思う。
本当に思う。




意味不明な文章ですみません。
感情が高ぶると、どうも冷静に文章を書けなくなるようです…笑







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