思いつくまま感じるまま。

身辺雑記です。
何でもありの記録
HN天道(てんとう)

人生の目的

2010年02月21日 | Weblog
「人生の目的」なんて事に思いが及ぶことはまず無い。
そんなことを考えたりするのは哲学者とでも言われるごく一部の人たちだ。
哲学の語源は「暇」と言う言葉から来ていると習ったことがある。

そんな訳で、暇なときが多いと「人生とは」などという思いが脳裏を掠めることもある。

そして生命体の進化の頂点にある極端に発達した人間の脳だけが、そんな特権を有しているんだなと思ったりする。
逆に人間も生命体のひとつの形態であることは、不可避的な固体の死という宿命からは逃れられない。

「だからこそ有意義に過ごす必要がある」
という屁理屈は詭弁である。
「人は必ず死ぬ」
と言う現実が真実であれば
「人生は死に向かう過程である」

そこには人生の目的なんて悠長なことを考えても意味が無い。

我々は幸いにして平均的な寿命を知ることができる。
従って現在年齢からあと何年くらい生きられるかを知ることができる。

個体としてどう生きるかは自分で決めることができる。
どう生きても自由である。

「楽しい」という言葉がキーワードになる。
「こう生きたい」と決めて苦労するのも楽しみの一つである。

何かを「創造する」ことがやはり最大の楽しみかもしれない。

楽しみながら人生を終えることが一番幸せなことだろうなと思う。

ステージの上でマイク握ったままポックリ逝くのが望み、なんていう人もいた。
私もその程度かもしれない。

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2 コメント

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余命 (てんてん)
2010-02-23 21:11:06
誰にでも平等に訪れる死です。
少々の差はあっても必ずお迎えの時は来ます。
今日も友とそんな話をしました。
今ある人生を無心に生きられたらと思います。
義兄が昨年肺がんの手術をしました。
先日医師に「あとどれくらい生きられますか?」と聞いたら「神のみぞ知る」と医師は答えたそうです。神様がこの世にいるのかいないのかよく分かりませんが義兄は納得したようです。
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てんてんさんへ (本人)
2010-02-23 22:19:46
私の周りでも飲み友達と言いますか歌仲間と言いますかそんな人たちが少なくとも5人は亡くなりました。
病気・事故・老いとそれぞれ理由は別ですが、「彼最近見ないね」と言うと「あれ、彼は先月亡くなったよ知らなかったの」と言う具合です。
思い出は残りますが2度と会うことはできません。
私達は本当に「死」と隣りあわせで生きていますね。
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