JEC狭山福音教会(大阪狭山市)の聖書・キリスト教・例話コラム

大阪狭山市にあるJEC狭山福音教会(プロテスタントキリスト教会)の牧会スタッフによる聖書・キリスト教・例話コラム。

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メッセージコラム#166-3(川崎 豊信師)

2016-07-01 17:11:39 | キリスト教
神に語り人にも語る


彼女は、「はしためが、あなたのご好意にあずかることができますように」と言った。それからこの女は帰って食事をした。彼女の顔は、もはや以前のようではなかった。
1サムエル1:18


ビリーの不安
 1955年11月、三七歳のビリー・グラハムは、前年のロンドン・クルセードの成功によって、ケンブリッジ大学での短期集中大学生伝道集会に招かれた。

 ビリーは英国での集会に不安を感じ神経質になっていた。
 ニューヨークに着いて英国行きの船に乗りこもうとしていたビリーは、スティーブン・オルフォードが英国へ帰ることを知って、夜中にもかかわらず旧知の彼のもとに電話をいれた。

「スティーブン、ぼくはケンブリッジ伝道がひじょうに恐いんだ。
 長い船旅の間ぼくの魂の牧師として、ぼくと同じ船室で一緒に祈り、旅を共にしてくれないだろうか」
 オルフォードはそれを承諾してビリーと同室し、期待に応えた。
キリスト教例話事典より


 ビリーグラハムは神に祈るばかりでなく、一緒に祈ってくれるようにオルフォードに依頼した。オルフォードは、旅の同行者また聞き手となってビリーグラハムを支えたのである。このように人には、神に祈ることと友に語ることが必要である。

1サムエル記1章において、ハンナは落胆のあまり、具合が悪くなり、食事が取れなくなっていた。ハンナには子供が与えられなかったからである。
 
 しかしこのとき、ハンナは元気になり喜んで家に帰った。彼女の態度が変わった理由として、次の3つが挙げられる。①神に正直に祈った(1:11)、②エリから励まされた(1:17)、③神に問題をゆだねると決心した(1:18)。
 
 これこそ、失望に対する対処法だ。神に本音を申し上げて問題をおゆだねすることだ。次に、良い友人やカウンセラーから助けを得よう。
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