JEC狭山福音教会(大阪狭山市)の聖書・キリスト教・例話コラム

大阪狭山市にあるJEC狭山福音教会(プロテスタントキリスト教会)の牧会スタッフによる聖書・キリスト教・例話コラム。

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メッセージコラム#166-1(川崎 豊信師)

2016-07-01 16:49:58 | キリスト教
御翼のおおい

彼は言った。「あなたはだれか。」彼女は答えた。「私はあなたのはしためルツです。あなたのおおいを広げて、このはしためをおおってください。あなたは買い戻しの権利のある親類ですから。」
ルツ記3:9


「ハーフ」「めくら」といじめられ
 全盲のテノール歌手、新垣勉さんは、1952年、沖縄県読谷村で、在日米軍人であったメキシコ系アメリカ人と日本人の母との間に生まれた。出生後まもなく、助産婦が誤って家畜用の洗浄液を両目にさしたため全盲となる。1歳の時に両親が離婚し、父親はアメリカへ帰国、母親は再婚したため、祖母に育てらわる。その際、祖母は母親、母親は姉と言い聞かされながら育てらゎた。しかし、祖母が死去した中2の碍、すべてを知った。新垣さんは父母と助産婦を恨み、「将来は両親と助産婦を殺害して自分も死ぬ」と考える。学校では「ハーフ」「めくら」といじめられ、高校1年の時には、井戸に飛び込もうとして、友人に見つかり引き止められた。

 そんな頃、米軍のラジオ放送で讃美歌を耳に、讃美歌をもっと聴きたくて教会に行った。そして、夏休みにサマーバイブルキャンプに参加した時、自分の思いを牧師にぶつけた。「アメリカに行って父を見つけて殺してやる。自分を見捨てた母も、自分を失明させた助産婦も赦せない」と。すると先生が、身体をふるわせて涙を流しておられる雰囲気を感じた。その時、「自分の存在を肯定してくれる人が世の中にもいる。それまで自分の重みというものをそれほどまでに感じたことはなかった…」と薪垣さんは思った。その後、牧師は、自分の子どもが三人もいるにも関わらず、新垣さんを家族の一員として引き取り、新垣さんは初めて家庭の温かさを味わう。新垣さんは心を開いて信仰を持ち、東京キリスト教短期大学、西南学院大学神学部専攻科を卒業し、日本バプテスト連盟系教会の副牧師になった。

 また、聖歌隊としての奉仕も活発に行なっていた。西南学院大学在学中、ボイストレーナーのアンドレア・バランドーニ氏に「君の声は目本人にはないラテン系の素晴らしい響きをしている」と激賞された。
 
 その際、父がメキシコ系ラテン人だと伝え、自分の出生について語ると、「辛い体験だったと思うが、同時にそれはプレゼントであり、感謝すべきものでもあるのだよ」と言われ、その言葉で両親や助産婦を恨む気持ちが癒え、両親に感謝できるようになったという。
御翼より


 新垣さんは、神のお導きにより、人を赦せるようになり、同時に、人を恨んできた自分の罪の赦しも体験されたのだった。クリスマスは、このキリストにある赦しを体験する時である。

 ルツ記において、未亡人であるルツとナオミの将来の見通しは厳しいものしかなかった(未亡人の生活についての詳細は1:8,9の注を参照)。しかしナオミがボアズについての知らせを聞いたとき、未来に対する希望は新しくされた(2:20)。

 もし誰もその未亡人を助けようとしない場合は、おそらく彼女は残りの人生を貧困の中で暮らさなければならない。なぜなら、イスラエルの文化では、遺産は息子か最も近い男性の親戚に受け継がれることになっており、妻は継げなかったからである。

 こういった遺産にまつわるお決まりの痛手を和らげるために、落穂拾いや買い戻しの律法があった。ナオミの助言は一種の賭けであった。しかしナオミとルツは神に導かれて幸いを手にしたのである。ボアズはキリストの型である。

 私たちにはイエス・キリストという買い戻しをしてくださる方がいる。神でありながら、私たちを救うために人としてこの世に来てくださった方である。
 
 イエスはその十字架の上の死によって私たちを罪と希望のない状態から購い出し、私たちを買い取ってご自身のものとしてくださったのである(Ⅰペテロ1:18,19)。このことが私たちに、永遠に受け継ぐ、ことのできる財産を保証してくれる。

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