JEC狭山福音教会(大阪狭山市)の聖書・キリスト教・例話コラム

大阪狭山市にあるJEC狭山福音教会(プロテスタントキリスト教会)の牧会スタッフによる聖書・キリスト教・例話コラム。

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メッセージ@2010年3月28日(川崎 豊信)

2010-03-31 12:11:19 | 日記
日時:2010年3月28日(日)
所:www.sayamaec.com(第4主日)
聖書:創世記26:17~33
題:「あきらめない秘訣」

 あん馬から2度、落ちた。いつもニコニコ顔の内村航平(日体大・19)の表情が陰る。
 「もうだめか」。隣にいた森泉貴博ヘッドコーチが、とっさに4年前の許を引き合いに出した。「アテネで勝ったポール・ハム(米)も跳馬で失敗してから逆転した。あきらめるな」
 テレビで見たシーンを思い出した。「ああそういえばそうだったなあ」。心と体が、楽になった。
 高校進学時、長崎の親元を離れて東京に出た。「体操がうまくなりたかった」。3年間、名門朝日生命クラブで厳しい練習を積んだ。父和久さん(47)は、ゆかと跳馬の高校総体王者。受け継いだDNAが目覚めていった。
 本当はきつい練習が、あまり好きではない。「耐える練習より、新しい技に挑戦する方が楽しい」。難しい技でもすぐに自分のものにした。チームの主将の冨田も、日本協会の塚原光男・北京五輪強化委員長も「天才だ」と言う。
 節制は嫌い。線色の野菜はまったく口にしない。「きらいなものを無理には食べたくない」。まだ、生意気盛りの若者だ。
 前半3種目を終わって24人中23位。ここから追い上げが始まった。跳馬、平行棒と完璧な演技を見せる。
 最後の鉄棒。着地を決めた。感触はあった。「銅メダル、取れたかな?」 銀まで届いた。
 五輪の個人線合のメダルは、具志生幸司さんが84年ロサンゼルス大会で取った金以来。10歳代での栄冠は、長き「体操ニッポン」の歴史の中でも初めてのことだ。
(2008年8月14日 朝日新聞)

 内村選手には、優秀な森泉ヘッドコーチがいた。コーチの助言により平静を取り戻した。コーチは多くの情報を収集し研究しつくしていた。だから彼らはメダル獲得へのビジョンをあきらめなかったのだ。優秀な助言者を持つということ、あきらめないということは、物事を達成してゆく上で大切な事である。

 本日箇所は、イサクがゲラルの谷に追いやられての記事である。彼はアビメレクたちゲラル人から理不尽な待遇を受けた。しかし其の地に留まることをあきらめなかった。それはイサクにはヘッドコーチである主がい傍らにいたからである。
 かつイサクは柔和で純粋な信仰の持ち主であった。主は彼を喜ばれ守られた。この個所を分類すると以下のようになる。
**************************************
A イサクとアビメレクの井戸の抗争(17~25節)
-あきらめないこと-
B イサクとアビメレクの同盟締結(26~35節)   
  -神が共におられる人-
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A イサクとアビメレクの井戸の抗争(17~25節) -あきらめないこと-

26:17 イサクはそこを去って、ゲラルの谷間に天幕を張り、そこに住んだ。
26:18 イサクは、彼の父アブラハムの時代に掘ってあった井戸を、再び掘った。それらはペリシテ人がアブラハムの死後、ふさいでいたものである。イサクは、父がそれらにつけていた名と同じ名をそれらにつけた。
26:19 イサクのしもべたちが谷間を掘っているとき、そこに湧き水の出る井戸を見つけた。
26:20 ところが、ゲラルの羊飼いたちは「この水はわれわれのものだ。」と言って、イサクの羊飼いたちと争った。それで、イサクはその井戸の名をエセクと呼んだ。それは彼らがイサクと争ったからである。
26:21 しもべたちは、もう一つの井戸を掘った。ところが、それについても彼らが争ったので、その名をシテナと呼んだ。
26:22 イサクはそこから移って、ほかの井戸を掘った。その井戸については争いがなかったので、その名をレホボテと呼んだ。そして彼は言った。「今や、主は私たちに広い所を与えて、私たちがこの地でふえるようにしてくださった。」
26:23 彼はそこからベエル・シェバに上った。
26:24 主はその夜、彼に現われて仰せられた。「わたしはあなたの父アブラハムの神である。恐れてはならない。わたしがあなたとともにいる。わたしはあなたを祝福し、あなたの子孫を増し加えよう。わたしのしもべアブラハムのゆえに。」
26:25 イサクはそこに祭壇を築き、主の御名によって祈った。彼はそこに天幕を張り、イサクのしもべらは、そこに井戸を掘った。


 *25節「主の名によって祈った」→アブラハムからの習慣。祈りには不思議な力がある。

(説明の例話→祈り)
フランスの生理学者で外科医、リヨン大教授のアレクシス・カレル博士(1873-1944)は、1912年にノーベル医学・生理学賞をもってその業績を称賛されたひとである。
彼は祈りの力について医学的見地からこう述べている。「祈りは人間が生み出しうるもっとも強力なエネルギーである。それは地球の引力と同じく現実的な力である。
 医師としての私は、おおぜいの人々があらゆる方法の療法を試みていやされなかった後、祈りという厳粛な努力によって疾病やゆううつから救われた例を目撃している。
 熱烈な祈りで神に話しかけると、いつでも精神や肉体はともに快方へとむかうのだ。わずか一瞬の祈りでも、必ずなんらかの良い結果が祈った人々にもたらされるのである。

(固定的メッセージA)
 22節を中心とするこの箇所でのメッセージは「あきらめない」ということである。イサクは柔和であったが、その地に定住することをあきらめなかったのである。争いになればいつでも身を引き、必要な井戸のためには何度でも同じ努力を繰り返す。これが従順で、平和を愛するイサクの勇気であった。イサクは自分への敵意は神への敵意と見て一切を主にゆだね、身を引いたがそれは敗北の後退ではなく、勝利に向かっての後退であった。

 参考聖句→ヘブル10:35~「ですから、あなたがたの確信を投げ捨ててはなりません。それは大きな報いをもたらすものなのです。10:36 あなたがたが神のみこころを行なって、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。10:37 『もうしばらくすれば、来るべき方が来られる。おそくなることはない。10:38 わたしの義人は信仰によって生きる。もし、恐れ退くなら、わたしのこころは彼を喜ばない。』10:39 私たちは、恐れ退いて滅びる者ではなく、信じていのちを保つ者です。」

(例話A)
 ボブ・ウイーランドさんは、幼き時より大リーガーになるのが夢だった。学生野球での成績が認められニューヨーク・メッツなど、複数の球団からスカウトされた。
 ところが契約交渉中・いよいよ夢が実射る直前に、徴兵されてベトナム戦争へ行くことになった。衛生兵だった彼は、仲間を助けようと地雷原に入り、爆弾にやられ、両足が吹きとんだ。血だるまの彼を戦友のデニス・クーパーが決死でヘリコプターまで担ぐ。ウイーランドは、「到着時死亡」扱いで野戦病院に運ばれた。
 しかし彼は、奇跡的に一一命をとりとめた。高熱で、死の淵をさまよう中で、ある思いがゆっくりと生まれてきた。
「神は私に何かの役割を与えようとしているに違いない」。彼は大学2年生の時、キリストを受け入れていたのだ。両足を失ったからといって、スポーツマンとしての生命を断たれたわけではない。
 
 帰還した彼は体育教師の資格を取得、大学の体育教師になった。その頃、現在の妻と出会い、25年近くたった今も結婚は守られている。

 1977年に、全米パワー、リフティング選手権大会に出場、健常者と競った。体重55キロの彼は、バンタム級で世界新記録をつくる。だが、「競技参加者は靴を履いてなければならない」という規定から、新記録も優勝も撤回される。
最初は唖然とするが自分の目漂を達成したことが重要だと思った彼は、「分かりました。ここまでがんばれたことで満足しているよ!」と叫んだ。競技場をあとにする時、彼は自分に言った。「神は新しい扉をおあけになってから古い扉をお閉じになる。」
 大会後は前にもまして多くの時間で聖書を読んだ。よき夫であること、よきスポーツマンになること、これが彼の願いだった。聖書を読んでいると肉体と精神の両方に力が湧いてくる。
ある時スポーツトレーナーの友人から、「君にはパイオニア精神がある。君が10マイル(16キロ)を手で歩けば、きっと何百万人もの人を感動させることができる」と言われ、ウイーランドは決意した。米国大陸を横断して、人々に信仰を伝えようと。両足を失っても、自分はスポーツマンとして何とかこの世とのかかわりを持ちたい、また慈善事業団体への寄付金を集めたい、そう決心したのだった。
 そして、3年8ヶ月かけて米国横断を達成する。米大陸4千5百キロを腕で歩く彼の姿を見て、貧しい人々のためにと訴えた募金は31万ドル(3700万円)に達し、これまで出会った人々の中から2000人がキリストを信じる者となった。彼の天への希望に満ちた姿を見て、人々は信仰へと導かれるのである。

 この旅は、ひたすら東に行けばよかったが、途中彼は「神の導きを感じる」と数マイル北上した。北に歩いて2週間後、何と路上で、自分を決死でヘリコプタ一に運んでくれた命の恩人、デニス・クーパ一に出会ったのだ。オーバイで通りかかったデニスは、腕で歩く人の姿を見て、励まそうと降りてきた。17年ぶりで会う彼は、体重も増え、直ぐには分からなかったが、声でデニスだと分かった。デニスの方も、ウイーランドは到着時死亡扱いだったので死んだと思い込んでいたのだ。大陸横断の旅を、神が祝して下さっておられるしるしであった。
(御翼より)

 柔和であるが、目的に向かってはあきらめないイサクのようである。私たちもそうありたい。

B イサクとアビメレクの同盟締結(26~35節) -神が共にいる人-

26:26 そのころ、アビメレクは友人のアフザテとその将軍ピコルと、ゲラルからイサクのところにやって来た。
26:27 イサクは彼らに言った。「なぜ、あなたがたは私のところに来たのですか。あなたがたは私を憎んで、あなたがたのところから私を追い出したのに。」
26:28 それで彼らは言った。「私たちは、主があなたとともにおられることを、はっきり見たのです。それで私たちは申し出をします。どうか、私たちの間で、すなわち、私たちとあなたとの間で誓いを立ててください。あなたと契約を結びたいのです。
26:29 それは、私たちがあなたに手出しをせず、ただ、あなたに良いことだけをして、平和のうちにあなたを送り出したように、あなたも私たちに害を加えないということです。あなたは今、主に祝福されています。」
26:30 そこでイサクは彼らのために宴会を催し、彼らは飲んだり、食べたりした。
26:31 翌朝早く、彼らは互いに契約を結んだ。イサクは彼らを送り出し、彼らは平和のうちに彼のところから去って行った。
26:32 ちょうどその日、イサクのしもべたちが帰って来て、彼らが掘り当てた井戸のことについて彼に告げて言った。「私どもは水を見つけました。」
26:33 そこで彼は、その井戸をシブアと呼んだ。それゆえ、その町の名は、今日に至るまで、ベエル・シェバという。

(固定的メッセージB)
 28節を中心とするこの箇所での固定的メッセージは次のようである。イサクには神が共におられる事を見てアビメレクは、同盟を求めてきた。イサクは戦わずして勝ったのである。現在もクリスチャンには神が共にいてくださる。それが他の人と違うことである。 きよい人に神の臨在があるのであるから、私たちはきよめられる事を求めよう。

 参考聖句→マタイ5:3~「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人のものだからです。5:4 悲しむ者は幸いです。その人は慰められるからです。5:5 柔和な者は幸いです。その人は地を相続するからです。5:6 義に飢え渇いている者は幸いです。その人は満ち足りるからです。5:7 あわれみ深い者は幸いです。その人はあわれみを受けるからです。5:8 心のきよい者は幸いです。その人は神を見るからです。5:9 平和をつくる者は幸いです。その人は神の子どもと呼ばれるからです。」

(例話B)
 ジョン・ベイトン氏は、ニュー・ヘブリディーズ諸島で宣教師をしていた。
ある夜、宣教に敵意を持った原住民の一族が、宣教本部を焼き払ってベイトン夫婦を殺そうと本部を取り囲んだ。
建物の中に身を潜めていたベイトン夫妻は、恐怖におびえながら一晩中祈った。そして、夜明け近くになり、ふたりは追って来た者たちが立ち去って行くのを見て大変驚いた。

 それから1年後、攻撃を仕掛けた一族の族長がキリストを信じる決心をした。ベイトン氏は、1年前のあの晩、なぜ彼らが本部を攻撃せずに立ち去ったのかをその族長に尋ねた。 
 すると族長は、「本部を取り巻いていた男たちは、いったいだれだったのか?」と質問を投げ返した。ベイトン氏は、自分と自分の妻以外にはいなかったと説明したのだが、族長は何百という男たちがしていたと言い張るのだ。抜き身の剣を手に持って、輝く衣に身を包んだ大きな男たちが見張りをしていたと言うのだ。
(クレイより)

 神の人にはきよさと共に、天使の守りがある。信仰をもたない人にはない守りがある。イサクにはそれがあった。だからイサクは戦わずして勝ったのである。
私たちにも純粋な主イエスへの信仰があれば、戦わずして勝つということがありうるのだ。

(結論)
 あきらめない秘訣とは、最高のコーチの助言にしたがい、御心に向かってベストを尽くすことだ。すると聖霊が助けてくださる。主に守られて戦わずして勝つイサクの戦いもあるのだ。
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