豊川高校探Q部

豊川高校探Q部は、楽しいこと、面白いことを探求し、その真理を探究する部活動です。どんな新しい出会いがあるかな?

想像力を駆使して 3 -聖学院大学英語スピーチコンテストに挑戦!-

2015-09-21 11:25:49 | 日記
 ドリアさんとの交流の翌日

 ドリアさんに模範スピーチをしていただき、録音した音源を部員達に渡し、

 スピーチの練習を行った。

 一人でドリアさんの音源に沿って読む者。

 4,5人のグループで読み合わせする者。

 対応はそれぞれ。


 そんな彼らに外国語を駆使して、スピーチした方の原稿を見せた。

 それは、昨日お世話になったドリアさんの日本語スピーチコンテストの原稿である。

「日本の田舎に学んだもの」

高校の時に日本へ留学してから、日本が自分の居
場所と感じ、大学院、就職、そして日本人との結
婚に導かれました。子育てをしながらの生活を通
して、独身の時とは全く別の日本を見ることがで
きて、とても興味深いです。

山ランサム どりあ Ms. Doria Yamazaki-Ransom (アメリカ・主婦)

 私が住んでいる愛知県新城市には、日本棚田百選の一つ、四谷の千枚田があります。
今世界 中で注目を浴びている「里山」の一つです。実際は千枚以上の田んぼがあり、
それらが山の斜面全 体に広がっているのは、息をのむような美しい風景です。

心の安らぎを得るために、私も時々千枚田を訪れます。そんなある時のことです。
一人のおじさんが、釣り竿だけを持ってスクーターから降りました。
何かを捕まえて、釣り針に付けて、田んぼのそばを流れる用水路で魚を釣っています。
声をかけてみたところ、なんと、蜂の子を取るため に魚を釣っていたのです。
魚の肉で団子を作って、軽い綿の目印をつけます。その団子を取りに来た 蜂が巣に持ち帰るのを、目印をもとに追いかけて行きます。
巣を見つけると、その中から蜂の子が採 れるわけです。釣りエサは稲の穂についていたバッタでした。
実際、帰り道にはバッタの足と羽があっ ちこっちに落ちていました。一見残酷にも見えますが、これが私の目には美しく映っていました。
なぜなら、すべてはこの棚田を舞台にした自然のサイクルの中のできごとだからです。
人間から稲、稲からバッタ、バッタから魚、魚から蜂、そして蜂の子から人間へと命が受け継がれています。
代々伝わって きた知恵を用いて、自然の営みを無駄なく最大限に生かした麗しい光景でした。

 私がこのように感動ができるようになったのも、5年ほど前に日本の庭付き一軒家に住むようになって からです。
家庭菜園を作り、初めて野菜を育ててみました。それを通して、人間がいかに季節と共に 生きていくようにできているかということを学びました。
アメリカでは日本以上に、スーパーに行ったらいつでもなん何でも買えますので、「旬」の概念はないに等しいです。
ほとんどの人は、りんごとかぼちゃ が秋にできるということぐらいしかわかっていません。
しかし、日本の暑い夏には、庭に生えているキュ ウリやトマトが無性に食べたくなります。体がちょうど旬のものを欲しがるのです。
季節の変化に体を合 わせようとする、自然の恵みの機能です。また、寒い時に食べる大根や冬瓜は、なんと体が温まるこ とでしょう!

 日本人は自然や季節を大切にするということは、日本語を習い始める前から聞いていました。
アメリカ人の大半は、春にはチューリップが咲き、秋には紅葉があるということぐらいしかわかっていません。
けれども、庭の手入れをし、季節の移り変わりや自然の小さな変化に注意を払うようになってからは、
日本の様々な植物の名前とその花がいつ咲くかがわかるようになりました。
また、「今年は梅が不作だ」、今年は菖蒲が咲くのが早い」など、命のサイクルの中で、
いつ、何がおこるべきかということも、 やっと読み取れるようになってきました。

 田舎で生活するようになって、「三寒四温」や「木の芽時」など、暦や天気、健康について昔から
伝わってきたことわざや言いつたえが驚くほど正確であることが初めて実感できました。
何百年も自然を観察する中から生みだされてきた知恵を軽んじることはできません。
いや、それらの知恵を忘れ、もしくは気にも留めずに過ごしている現代人の方が愚かなのかもしれません。
 今、日本文化についての教育、そして「食育」という、2つの教育方針が広く叫ばれています。
この2つの主題を一緒に教えることができるのではないでしょうか。伝統行事や芸能だけではなく、
代々伝わってきた大地についての知恵、「里山」の有益さ、日本食や健康についての知識、
そして季節と共に体や精神状態を管理することの大切さ・・・これらもすべて日本の文化ではないでしょうか。

 少し前までは、「田舎」は「ダサいもの」というイメージがありました。
けれども、今はアイターンやエコツーリズムなどに見られるように、田舎の良さが再発見されてきています。
脱原発、石油依存からの脱 却が求められているこの時代にこそ、日本の田舎が世界に伝えることができることは山ほどあると思います。
田舎の「自然と共に生きる知恵」の素晴らしさをまず日本の人々に、そして世界の国々に知っていただくことが、
国の将来、地球の未来のための大きな第一歩になるのではないでしょうか。
日本の田舎は恥ずべきものではなく、誇るべきもの、いや、なくてはならない、貴重な宝物です。日本の田舎こそ国宝であり、農家こそが無形文化財です。
一人でも多くの人がこのことに目覚めることを心より 願ってやみません。
そして、自然のサイクルの中に生きることの大切さを教えてくれた日本の田舎に感謝し続けたいと思っています。


 ドリアさんは、これで2012年外国人による日本語弁論大会で最優秀である外務大臣賞を受賞された。

受賞の有無が問題ではない。外国人が日本の良さ、愛知の山間の新城の良さに気付き、発信している事実こそ感動である。



ローリングを言っている「コミュニケーションにおける想像力」と

ドリアさんから教わった「4歳児にも納得できるようにかみ砕いて表現する」ことの2つが

この作品の中には込められていると思う。

ドリアさんは言う、外国人だから気づけることもあると・・・。


2011年8月のニューヨーク・タイムズ紙で米デューク大学の研究者であるキャシー・デビッドソンさんの研究が発表された。
そこには「米国で2011年度に入学した小学生の65%は、大学卒業時、今は存在していない職に就くだろう」とあった。

2011年とは、ちょうど高校1年生の君たちが6年生の頃の話。

どう想像するか?

これと同じく
高校生の君たちが親になるころには、今暮らしているところとは異なる場所にいる可能性が高いだろう。
これは、都市部への流出という意味だけではない。
ドリアさんのように、日本から遙か遠い国に住んでいる可能性も指している。
グローバル化が進む未来では、世界はどんどん動き、その距離は物理的にも精神的に縮まると思うからである。

その時、自分の住む場所をどう捉えるかで人生の面白味って変わってくると思わないか?

何事も“ジブンゴト”として考えられるのも、想像力のなせる業。
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想像力を駆使して 2 -聖学院大学英語スピーチコンテストに挑戦!-

2015-09-18 08:04:16 | 日記
 聖学院大学スピーチコンテストに向けて、各部員が精進する中、
 9/17(木)新城市在住のドリアさんと交流する機会を得た。

 Doria Ymazaki Ransom さんは、
 新城で「ふれんず」という塾を開いていらっしゃいます。3人の中学生のお母さんです。
 新城での生活をもとにした外国人日本語弁論コンテストで外務大臣賞を受賞した経験をもつ才女です。
 日本語はペラペラ。

 
 昼休みに進路指導室に集合。
 
 先にドリアさんがいる部屋に探Q部員が入る形となった。
 どうするかな?と見ていたら、

 みな、口々に「ハロー」と声をかけて、なかなかのコミュニケーション能力を見せた。

 では、

 「今日は、新城市在住のアメリカ人ドリアさんお越し頂きました。

  以前から練習しているJ.K.ローリングのスピーチ。YOU-CUBEなどでローリングのスピーチは見ていますが、

  よく分からないところもあります。

  ドリアさんと交流し、お手本を聞かせていただき、勉強したいと思います。

  ドリアさん、自己紹介で、Self introduce Please。」

 と筆者がいうと、部員達からは、バリバリの日本語じゃんかと失笑がもれた。



 そんな雰囲気は気にせずドリアさんは英語で自己紹介を始めた。

 「ドリアです。出身はミネソタ州です。みんなはミネソタって知っている?」

 英語が流暢なのは当然のことながら、生徒の扱いがうまい。

 「今は新城に住んでいます。千郷、杉山。新城の子いる?」

 一人の部員が手を挙げると、

 「どこ?」

 『しまむら』の近くです。(バリバリの日本語で)

 「わお!わりと近いわよ。私には娘が3人にいて、みんな中学生です。」

 
 早速、スピーチ原稿を読んでいただいた。


 なめらかで、かつ分かりやすい読み方だ。

 英語原稿を目で追うのは大変だが、なんとか付いていける。

 速いなぁと思いましたが、3分50秒。

 コンテストは、5分。もう少し余裕があるよと部員達に伝える。

 せっかく、だから質問はないかな?

 長坂先生の促しに一人が、

 「難しい原稿だと思うけど、ドリアさんのをお手本に頑張ろうと思った」と感想を述べてくれた。

 なかなか質問するのも難しい。

 すると、

 ドリアさんがいきなり日本語で

 「このスピーチのテーマは何かな?ローリングの言いたいことって何?」

 と切り出した。

 面食らう部員。



 ざわざわしながらも、「想像力」「想像力を使おう」など口々に言い出す。

 「そう、想像力。想像力って何だろう?想像力って普段に何に使う?」

 もじもじしていると
 
 「想像力って、芸術。音楽とか美術とか芸術に関わるときに、想像力と創造力を発揮するよね。

  ローリングは、それだけじゃなくて、コミュニケーションでも、想像力を使え!って言っているんです。」

 
 「この内容は非常に難しい。哲学とかさまざまな分野の話題がとびとびで出てくるから難しい。

  みんなは小さい子、4歳ぐらいの子と遊んだことある。

  4歳ならば、政治とか哲学、宗教などどんな難しい概念でもかみ砕いて話せば、たいてい理解できるです。

  私は塾でそういう子とつきあっているからわかる。

  スピーチでもコミュニケーションでも大切なことは、言いたいことを自分でかみ砕いてまとめること。

  何が言いたいか、はっきり分かっていないと伝えられない。

  そういうつもりで勉強・練習してみたら?」
 終始、笑顔でそして含蓄のあるお話をしてくださった。 

 教員として、私も学ぶことが多かった。

 わずか30分弱だったが、有意義な時間を過ごすことができた。

 ドリアさん、ありがとうございました。



 さあ、いよいよシルバーウィーク明け、録音に入ります。

 

 


 

 
 
 
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聖学院大学英語スピーチコンテストに挑戦!1

2015-09-11 17:53:34 | 日記
探Q部の今度の取り組みは、「英語」だ。

英語の暗誦コンテストに挑む。


挑むのは、第11回 聖学院大学の英語スピーチコンテスト 暗誦部門だ。

応募資格は、高等学校在校生で、英語を母語としない者。ただし、就学以後の英語圏での生活経験が1年未満の者。

バッチリ該当する。

今回の暗誦課題は『Very Good Lives』より“The Importance of Imagination”by J.K.Rolwing”
        『ハリー・パッター』シリーズの作者によるハーバード大学卒業式祝辞(抜粋)

Now you might think that I chose my second theme, the importance of imagination, because of the part it played in rebuilding my life, but that is not wholly so. Though I personally will defend the value of bedtime stories to my last gasp, I have learned to value imagination in a much broader sense. Imagination is not only the uniquely human capacity to envision that which is not, and therefore the fount of all invention and innovation. In its arguably most transformative and revelatory capacity, it is the power that enables us to empathise with humans whose experiences we have never shared.

One of the greatest formative experiences of my life preceded Harry Potter, though it informed much of what I subsequently wrote in those books. This revelation came in the form of one of my earliest day jobs. Though I was sloping off to write stories during my lunch hours, I paid the rent in my early 20s by working at the African research department at Amnesty International’s headquarters in London.

There in my little office I read hastily scribbled letters smuggled out of totalitarian regimes by men and women who were risking imprisonment to inform the outside world of what was happening to them. I saw photographs of those who had disappeared without trace, sent to Amnesty by their desperate families and friends. I read the testimony of torture victims and saw pictures of their injuries. I opened handwritten, eye-witness accounts of summary trials and executions, of kidnappings and rapes.

Many of my co-workers were ex-political prisoners, people who had been displaced from their homes, or fled into exile, because they had the temerity to speak against their governments. Visitors to our offices included those who had come to give information, or to try and find out what had happened to those they had left behind.

I shall never forget the African torture victim, a young man no older than I was at the time, who had become mentally ill after all he had endured in his homeland. He trembled uncontrollably as he spoke into a video camera about the brutality inflicted upon him. He was a foot taller than I was, and seemed as fragile as a child. I was given the job of escorting him back to the Underground Station afterwards, and this man whose life had been shattered by cruelty took my hand with exquisite courtesy, and wished me future happiness.

And as long as I live I shall remember walking along an empty corridor and suddenly hearing, from behind a closed door, a scream of pain and horror such as I have never heard since. The door opened, and the researcher poked out her head and told me to run and make a hot drink for the young man sitting with her. She had just had to give him the news that in retaliation for his own outspokenness against his country’s regime, his mother had been seized and executed.

Every day of my working week in my early 20s I was reminded how incredibly fortunate I was, to live in a country with a democratically elected government, where legal representation and a public trial were the rights of everyone.

Every day, I saw more evidence about the evils humankind will inflict on their fellow humans, to gain or maintain power. I began to have nightmares, literal nightmares, about some of the things I saw, heard, and read.

And yet I also learned more about human goodness at Amnesty International than I had ever known before.

Amnesty mobilises thousands of people who have never been tortured or imprisoned for their beliefs to act on behalf of those who have. The power of human empathy, leading to collective action, saves lives, and frees prisoners. Ordinary people, whose personal well-being and security are assured, join together in huge numbers to save people they do not know, and will never meet. My small participation in that process was one of the most humbling and inspiring experiences of my life.

Unlike any other creature on this planet, humans can learn and understand, without having experienced. They can think themselves into other people’s places.

Of course, this is a power, like my brand of fictional magic, that is morally neutral. One might use such an ability to manipulate, or control, just as much as to understand or sympathise.

And many prefer not to exercise their imaginations at all. They choose to remain comfortably within the bounds of their own experience, never troubling to wonder how it would feel to have been born other than they are. They can refuse to hear screams or to peer inside cages; they can close their minds and hearts to any suffering that does not touch them personally; they can refuse to know.

I might be tempted to envy people who can live that way, except that I do not think they have any fewer nightmares than I do. Choosing to live in narrow spaces leads to a form of mental agoraphobia, and that brings its own terrors. I think the wilfully unimaginative see more monsters. They are often more afraid.

What is more, those who choose not to empathise enable real monsters. For without ever committing an act of outright evil ourselves, we collude with it, through our own apathy.

One of the many things I learned at the end of that Classics corridor down which I ventured at the age of 18, in search of something I could not then define, was this, written by the Greek author Plutarch: What we achieve inwardly will change outer reality.

That is an astonishing statement and yet proven a thousand times every day of our lives. It expresses, in part, our inescapable connection with the outside world, the fact that we touch other people’s lives simply by existing.

But how much more are you, Harvard graduates of 2008, likely to touch other people’s lives? Your intelligence, your capacity for hard work, the education you have earned and received, give you unique status, and unique responsibilities. Even your nationality sets you apart. The great majority of you belong to the world’s only remaining superpower. The way you vote, the way you live, the way you protest, the pressure you bring to bear on your government, has an impact way beyond your borders. That is your privilege, and your burden.

If you choose to use your status and influence to raise your voice on behalf of those who have no voice; if you choose to identify not only with the powerful, but with the powerless; if you retain the ability to imagine yourself into the lives of those who do not have your advantages, then it will not only be your proud families who celebrate your existence, but thousands and millions of people whose reality you have helped change. We do not need magic to change the world, we carry all the power we need inside ourselves already: we have the power to imagine better.

I am nearly finished. I have one last hope for you, which is something that I already had at 21. The friends with whom I sat on graduation day have been my friends for life. They are my children’s godparents, the people to whom I’ve been able to turn in times of trouble, people who have been kind enough not to sue me when I took their names for Death Eaters. At our graduation we were bound by enormous affection, by our shared experience of a time that could never come again, and, of course, by the knowledge that we held certain photographic evidence that would be exceptionally valuable if any of us ran for Prime Minister.

So today, I wish you nothing better than similar friendships. And tomorrow, I hope that even if you remember not a single word of mine, you remember those of Seneca, another of those old Romans I met when I fled down the Classics corridor, in retreat from career ladders, in search of ancient wisdom:
As is a tale, so is life: not how long it is, but how good it is, is what matters.
I wish you all very good lives.


暗誦部門の原稿はさらに5分に収まるように削ってある。


まずは、探Q部英語班顧問の長坂先生による、原稿解説だ。


原稿をもとに自作のプリントを作成し、解説開始!

英語の授業のようだが、それでも明るい生徒に救われる。

辛いだろうが、頑張ろう。
自分の世界を広げる!それが探Q魂!!!!!!!!
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人の気を引く - POINT OF PURCHASE ADVERTING - ③

2015-09-08 16:06:54 | 日記
POP実習を始める前に、基礎講義。

POPの基本原則
①あまりごちゃごちゃさせない(キャッチコピーの勢いを削がない)
キャッチコピーは、インパクトのあるもの

逆転の発想。

コピーではないが・・・
ソフトバンク孫正義社長はかつてこんな感じ

こうなった今


髪がかなり後退していると指摘をされた後のコメント
「髪が後退しているのではない。俺が前進しているんだ」

こういう発想が大切。

②目線の動きをスムーズに
・POPは、インパクトのあるキャッチを引き立てる装飾が必要。
 縦書き、横書きを揃えて、スムーズな目線の動きを意識する。
 横書きの場合は、Z型(左から右)の動き
 縦書きの場合は、N型(右上から左下)の動き

③強調やグループ化の仕方
 ・漢字・カタカナなどの使い分け
 
④余白にも注意
・情報があれば良いという訳ではない。
 インパクトを与えるために、あえて書かない。余白を利用する。


⑤色の効果
 ・配色は3~4色程度
  色も背景色も含めて、4色程度に揃える。
  文字の色は、共通事項で揃えた方がスッキリする。

これを踏まえて、

このPOPを直してみよう。

真剣に取り組む生徒たち


色を付けるとかなり印象が変わる。


できあがった作品を一つひとつ先生が講評。


POPコンテストのこれまでの優秀作品の紹介。

気がつけば、12:00。3時間も講義していただいた。
POPやキャッチコピーを自分で考えて、作ってみることで
その難しさと楽しさを学ぶことができた。

今までお世話になった、ディベート連盟の先生方やJAXAの細田先輩。そして今回の宝島先生。
どの大人も自分のおかれた立場を楽しんでいると思う。
好きなことも大事だが、自分のおかれた状況を楽しもうという姿勢こそ大切なのだろう。


最後にみんなで記念撮影。


宝島先生、ありがとうございました。
コンテストで入賞できるようなPOPを作りたいと思います。





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人の気を引く - POINT OF PURCHASE ADVERTISING - ②

2015-09-07 12:44:41 | 日記
一通り、CM、キャッチコピーの講義を受けた後、




実践編に入った。上の空欄に何と入れる?

宝島先生「一応、正解(?)があるんだが、あっ!思わせるのがイイね。」

回りながら部員の解答を見て、もう少し具体的になどアドバイスをしていく。

顧問杉浦先生は「カードはたんさんあるさ」と大人な(?)解答。

生徒は、「ないよりマシさ」や「愛がつまっているのさ」などを解答。

筆者は、「俺の財布と金は、相容れない関係なのさ」と書いた。

一応、正解なるものが発表された。

正解とは、この問題自体が何かの本で出題されたもので、

その作者の模範解答も載っているらしい。

    「愛は!あふれているよ。」

つづいて、ネズミ年を前に発表された広告。


少々見にくいと思うが、ネコが目を丸くして振り返っている写真。

その右上に「キャッチコピー」を入れる問題。

これはその年の広告大賞を受賞したほどの秀作らしい。

ネズミ年を迎えるという設定をどう生かすかがポイント。

生徒は、「さぁ、狩りの時間だ!」などブラックな答えが多く出た。

ちなみに、筆者は「過去は振り返るな!」とネズミ年を無視したコピー。

これも広告大賞を得た正解(実例)がある。


「えっ!?今、ネズミって言った?」

ネコの一瞬の動きとネズミ年の到来を準備する日常のシーンがダブって秀逸な作品だ。

面白いけど、難しい。


続いて、雑誌の表紙を考える。



女優北川景子が表紙を飾り、

情報としては、「細くスリムに見えるおしゃれの方法やアイテムをたくさん集めました」ということを

一目で、インパクトがある強い言葉で表現したい。

生徒は「やせてないのに、やせて見える」など女子らしい作品が多かった。

ちなみに、筆者は「詐欺!と言われても、細く美しくなりたい」というのを思いついた。


開始から90分ほど経過したので、小休止。

休憩中に、先生と雑談。

先生の専門は、「広告」ではなく、実は「数学」だそうだ。

ご自分でもまさか自分のキャリアの中にこういう分野に携わるとは考えても見なかったそうだ。

こんなお話をしていたら、

休憩明けに、先生が自ら

「私の専門は『数学』です。『広告』は専門ではありません。

 学部の中でコンテストの代表になって、こういう講義をやるようになりました。

 私もこんなことを講義するようになるとは思ってもいませんでした。

 人生に無駄なことなどありません。

 だから、若いウチにいろいろ経験してください。」

と語ってくれた。

 さぁ、いよいよ、POP作りの講義に入る。
                                    つづく










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