コミュニケルーム通信 米沢豊穂 近況心境

カウンセリング 、教育、文学、仏教などを中心に講演・執筆活動中の米沢豊穂が送る四季報のIN版です。

心境・近況 我が心の歎異抄

2009-02-28 | Weblog
★NPO法人カウンセリング研究会「あのの」の今年度最後の例会は3月21日(土)に開催される。
今回は「歎異抄に学ぶ」というタイトルで講義の予定である。歎異抄は、我が国中世の古典として、平家物語と双璧である。しかしこれは「信仰の書」でもある。カウンセリングを学ぶ方々に、どのように伝わるかは未知数である。そのようなこともあり、会報3月号に下記の一文を添付した。

★初めて歎異抄に接してから、かれこれ半世紀になる。
子どもの頃、母の実家で何気なく手にしたのであった。その頃の私にとっては、字面を眺めた程度であったのではと思う。お念仏に生きた祖父母にとっては、大切な一冊であったのだろう。いつも仏壇脇に置かれていた。
 生来、本好きな私で、その頃は漱石や鴎外、志賀直哉などを読み、啄木にも魅かれる文学少年であった。
 ところが、十代の後半、心身ともに一つの挫折を体験した。色々と思い悩み葛藤の日々を過していた。
 ある日のこと、ふと脳裏を過(よぎ)ったのが歎異抄の言葉であった。それは「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」であった。とりもなおさず、岩波の文庫本「歎異抄」を求めて読み耽った。金子大栄の意訳、解説付きのこの小さな本を繰り返し読んだ。
 そして、ああそうだったのだ。こんな私さえも、否こんな私だからこそ救われるのだ。との思いに胸が熱くなったことを今でも覚えている。そして私の多感な少年時代は終わった。歎異抄は書棚の隅に埃を被っていた。
 
その後、再び歎異抄を繙いたのは、父の早い死という出来事であった。若気の至りで父とは相性が悪く、不倶戴天の敵のように思っていた。今にして思えば、エディプスコンプレックスか、はた又アジャセコンプレックスであったのかも知れない。
亡くなった者は還って来ない以上、残った者は何をなすべきか。悩み始めたとき、次の言葉に驚愕した。
「親鸞は父母の孝養のためとて、一返にても念仏まうしたること、いまださふらわず。そのゆゑは一切の有情はみなもて世々生々の父母兄弟なり」であった。戦乱の世、早く父母を失った親鸞の言葉である。私はそこに、すすり泣く親鸞の声を聴いた。

更に三度目に手にしたのは、カウンセラーとして活動を始めて間もない頃であった。何とかクライエントさんのためにと、眠れない日が続いた。そして、この仕事は自分には向いていないのかとさえ思うこともあった。
歎異抄は私に「聖道の慈悲といふは、ものをあはれみ、かなしみ、はぐくむなり。しかれどもおもふがごとくたすけとぐること、きはめてありがたし」と語りかける。
まさに一縷の光明を見た思いであった。自らの力を過信していた私を恥ずかしく思えた。今の私のカウンセリングの基本はここにあると言っても過言ではない。

このように、悩みや絶望のとき、不思議と歎異抄が眼前に現われる。以来、歎異抄はいつも私の傍らにある。まさに座右の書なのである。
だからと言って、この書を誰彼に薦める気持ちはない。それは邂逅だからである。
 
★関心をお持ちの方のご来場歓迎です。
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