よっちゃん農場のドタバタ日記

「よっちゃん農場」の日常。
 ~いち農家から小さなブランド作りの奮闘記~~

岐阜へ。民藝にふれる旅。

2022年07月29日 | 農家ブランド

年始に、

「せ〜のっ!」

で、なんでか一致した今年の研修先は、岐阜。

直前まで迷いましたが機を逃してはと出発。

どうやって行くか調べだしてから知りましたが、遠かった。

初日はどうしても一回見ておきたかった白川郷へ

名古屋からレンタカーで高速を飛ばす。

行けども行けども山ばかり。下車するラストは11キロのトンネル。

これは高知よりすごいのでは!と思ったら、森林率は高知に次ぐ2位。











どこを切り取っても絵になる風景でした。

けれども中心から外れの方には普通に暮らしてる家がたくさん。

(毎日毎日知らない人がうろうろしてるのは住みづらいだろうなぁ〜)

と思ってしまう。

初日はほぼこれで終了。

カミさんの誕生日のお祝いを兼ねてオーベルジュ飛騨の森へ。



イタリアで15年料理をやってきたシェフの、地元素材を活かした料理はもちろん美味しかったのですが、

自身の経験から、オーガニックワインを中心とした合わせ方がすばらしかったです。

『イタリアでは食べるも呑むも「楽しむ」ため。
  よければ私が料理と合わせて提供します』

と、お酒は弱いというシェフの申し出にのってお任せで。

もちろん好みを言うのもありなのですが、せっかくなので(というか全く詳しくないので)。

とクラフトビールから始まり、時折日本酒が入ったり、数種のワインを一皿の途中でミックスしたりと気づけば20種類を超えました。

これが抜群にすばらしかった。

進む料理とお酒が始まりから最後のデザートまで見事な伴奏。

料理がおいしい、、、、お酒がおいしい、、、その先のスタイルでもあり、

考えてみればしごく自然な、原点な形な気がしました。

たくさんお話もできてよかった。


その夜は大いびきかいてたらしいですが、

他のお客様に迷惑かけたんじゃないかと起きてから心配してました。

そういえば、宮城からは初訪問らしく、

申し込んだ際のメールを見ていただいてからシェフがうちの事をこっそり調べてくれたらしく、

フムフム唐辛子農家か、、と、

ハラペーニョを乳酸発酵させたソースを作ってくださり

メインの飛騨牛の時に出してくださったのには感激。

さすがの味。うちももっとYOSCOバージョンアップさせるヒントを頂きました。

これに粉チーズを混ぜると更にうまかった。



これまた非日常な朝ごはん、いやブレックファーストを頂いて出発。

遠いけれどぜひまた伺いたい場所でした。


2泊3日の弾丸研修、この一日が見事に決まりました。

飛騨高山、飛騨古川あたりかなと思いつつ、行った気分だけでは帰りたくなかったのと、

行った先の地元の人達としゃべりたいというのを毎回思ってて、

高山の朝市でおばちゃん達としゃべったあと、

今回唯一決めていた場所へ。

やわい屋さんへ。



半年前に棟方志功展を訪れてから「民藝」という言葉が頭から離れず、

検索した「岐阜 民藝」の一覧から妙に気にかかっていました。

実は休館日だったのですが、ちょうど予約の方の為にお店を開けていて、

絶妙のタイミングで着いたので中に入れました。



私より10歳くらい年下の店主・朝倉さん。

使われなくなった古民家を買い取り、大工さんと少しずつ移築したというお店。

我が家もこうありたい、という雰囲気がたまりません。

地元からほぼ出ず、地元の暮らしを見つめながら地元の民芸を伝えつつ、民芸を研究されてるそうです。



今回はこの方との出会いが大きかった。

いつも旅先によっちゃんなんばんミニサイズを携帯し、

ここぞの時に足跡としてお渡ししてくるのですが、

お休みのところ長々お付き合いくださったお礼にと手渡すと、

「あれ!?・・・・」

と奥の自宅に引き返し戻ってきたらその手にはうちの 生ラー油 が。

「使わせて頂いてます!」

と。。。

なんともすごい出逢い。

こちらも驚いて聞くと高山の農園で販売してますよ、というのではありませんか。

びっくりでした。

不思議なものでそこから距離が縮まった気がしました。



朝倉さんに紹介してもらったそのすぐ近く、

親父くらいの年齢のご夫婦がやってる蕎麦屋さん。

そばとおむすびも美味、そしてシンプルにきちんと漬けられた地元食、真紅の赤カブがホッとしました。



その後、これまた朝倉さんから「ここにはぜひ行ったほうがいいです」と飛騨古川へ。


近いけれど、観光客がわんさかな高山市とは違い、

木をふんだんに使った美しい日本の町並みが美しい静かな街でした。

訪ねたのは和蝋燭の三島屋さん。



休憩中のところを出てきてくださり、仕事を見せていただきながら

和ろうそく を学ぶ時間でした。

今はもう全国に20件あまりしか残らないという和ろうそく。

親父より2つ下の7代目の話は奥深かった。





「和ろうそくの基本は白と赤。どう使い分けるか分かりますか?」

節目となった一つは戦争。

仏教の教えと共に歩んできた日本文化としての和ろうそく。

戦争で一変し、ハゼの実を原料としたものは使われなくなり、

いつのまにか原料は扱いやすい原油由来のものに変わり、

弔いの式には欠かせぬその意味もだんだんと薄れてきてしまった。

今も取り残された遺物という見られ方もある一方、

進みきった、進みすぎた今の時代のジレンマから新しい視野も生まれつつあるそうです。

最初に対応くださった若者が和ろうそく職人として跡をついでいかれるそうです。






静かで、とても濃厚な時間でした。


メイン日最後は、またまた朝倉さん繋がり。

うちの商品を扱ってるという よしま農園さんへ。

実は、前日名古屋を出発して途中寄ったPAで地元漬物を品定めしてました。

私も作る側の端くれなので商品をクルッと裏返して見る癖があり、

名産の赤カブ漬けがズラッとならんでる中で気になっていたのがよしま農園さんでした。

昔ながらの乳酸発酵で作られており、添加物も無しで、PAに置いてるなんてすごいなぁ〜と。

なので朝倉さんに聞いた時は2度びっくりでした。



閉店ギリギリ。


ちょうど畑から帰ったという同世代のご主人がおられて話せました。

想像以上。しっかりショップです。

規模は田んぼも畑もうちと同じくらいで、オールオーガニック。

農園や考えてることを直接伝える場として庭先、ショップを作り、

自分のところの野菜、漬物や味噌の加工品、

そして地元にオーガニックが買える店が無いということで、

仕入れて販売してるそう。

で、なぜうちの商品があるかといえばもちろんGAIAを通じてのご縁でした。

うちもいずれは庭先で、庭先に、という思いはあるもので、

色々と参考になるお話ができました。

お疲れのところありがたかったです。



充実仕切った最後は下呂温泉。






泉質は鳴子のほうがいいですが、平日にも関わらずものすごく混んでたのに驚きました。



宿の夕食は無しにして、周辺の居酒屋へ。

巡ってもいいかなと思ってましたが混んでて面倒になりやめました。

親父が「啓ちゃん」なので気になった「鶏ちゃん焼き」。





漬物ステーキが良かった。

ホントの地元食はもっとすっかい(酸っぱい)のだろうけど、これはいいアイデアだなと。

ここでも食べ切れず酸っぱくなった春先の白菜漬けを、

鮭のアラと煮て食べる「なっぱぬ(菜っ葉煮)」というのがあったそうです。

私はまったく食べたことないですが。

なっぱぬ も、漬物ステーキも、

とにかく食べるものが無い時代、

選択肢が無い中どうにか美味しくして・・・という必死の工夫の産物。

どっちも初見なら、やっぱり卵でとじた方に惹かれますね。。。。


研修ラストは帰途計画半分なので時間勝負。

美濃焼を、とあちこち車を飛ばして求め、





ラストは誕生月のカミさんの引き。

楽しく下道を通ればやっぱり道の駅で止まる。


何個か道の駅を冷やかしつつ過ぎて、山深いところの小さな道の駅隣接の直売所。

先に入ったカミさんが誰かと話して笑ってるので行ってみたら、


みちこちゃん(という方)と楽しそうに。

布ぞうりを探していたら、進化版の「スリッパ型」が。

それを見てたら、納品に来たのが製作者のみちこさん。

布の下地には藁を使ってるので冬暖かく、夏は涼しいとのことで、数個ゲットしたら、

(楽しかったから一個あげるからぁ〜)

と言われ、それは駄目だと断っても言ってくれるのでよっちゃんなんばんと交換。

これまたいい出会いでした。


予定では夕方名古屋を発つ予定でしたが急遽繰り上げ出発。

旅の出発前日に知り、急遽の変更でした。


東京駅でこれを見るために。「東北へのまなざし」

岩手、福島と見逃して、この旅のタイミングは幸運でした。

図録もゲットして新幹線へ。



手仕事の意味を問い、

人の生きる意味を考え、

その時代を過ごす。

うまくは書けませんが、なにか導きをもらったような今年の旅でした。

濃厚でした。




今日から日常。竹之芯、天日干し開始です。



コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 水害。 | トップ |   
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

農家ブランド」カテゴリの最新記事