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親切な老人

女性が一人改札の前でおろおろしている。バックの中を手で探ったり、服のポケットをパタパタたたいている。たいへんに困っているようす。
「あのう、これ落としましたよ」
 老人が後ろから声をかけた。見事な光頭の老人だ。手には定期券を持っている。
「あ、そうです。どうもありがとうございます」
 老人は定期券を手渡すと立ち去ろうとした。
「あのう、お礼を」
「いや。いいんです」
「そんなわけにはいきません。昨日買った六ヵ月定期を失くすところだったんです」
「電車が来ますよ。行きなさい」
「でも」
「いいんですって。商売でやってることなんですから」
「は、商売?」

 男が一人たばこ屋の前でたたずんでいる。携帯電話を出して困惑した顔でにらんでいる。
「どうしました」
 老人が声をかけてきた。ハゲ頭だ。
「会社に大事な電話しなければならないんです。うっかり携帯が電池切れで。たしかここに公衆電話があったはずですが。ないんです」
「それはお困りですね。これをお使いください」
 老人は自分のスマホを貸してくれた。
「はい。小林です。課長。双葉産業から注文が取れました。すぐヒウラに発注してください。あ、そうですか良かったです」
「ありがとうございました。タッチの差でヒウラの工作機械の確保ができました」
「よかったですね」
 小林の目には男の頭がいっそう輝いて見えた。
「お礼させてください。とりあえずそこの喫茶店に」
「いや。いいです」
「そんなわけにはいきません。おかげで五百万の取り引きが成功したのですから」
「ほんと、いいんです。商売でやってるんですから。私」

 夕暮れ。山の中の道。両側はうっそうとした森。赤いセダンが停まっている。車体が少し傾いている。その横で若い女がおろおろ。
 向こう方に光が二つ見える。車のヘッドランプのようだ。軽自動車が停まって、老人が降りてきた。頭に月光が反射している。
「どうしました」
 少し離れたところから声をかけてきた。山の中で見知らぬ男と二人。若い女性なら身の危険を感じるシチュエーションだが、その老人は危険の「キ」も感じさせない。
「パンクしちゃって」
 最近の若い者には自分でタイヤ交換できない者も多い。
「キーを貸してください」
 老人はトランクを開けてスペアタイヤを取り出し、タイヤを交換した。
「これでだいじょうぶです。スタンドでパンクしたタイヤを修理してもらったらいいです」
 老人は軽に乗り込もうとした。
「あのう、ありがとうございました。あとでお礼させていただきます。お名前と住所をお教えください」
「いいんです。気をつけて行きなさい」
 頭を輝かせながら軽の運転席からほほ笑んだ。
「でも、」
「いいんですって。これも商売ですから」
 そういうと老人は軽自動車を発進させた。
「商売って?」

「ありがとう。あの赤い車どうしたの」
「買い替えたの」
「あら、咲江、そこ毛が抜けてはげてるわ」

「小林君。飲んでくれ。きみのおかげでわが課は社長表彰を受けた。ん、きみ、髪の毛、えらい薄くなったな」 

「清美、定期忘れてるよ」
「ありがとう。おかあちゃん」
「あんた髪の毛少なくなったね」

 老人が庭の植木に水をやっている。はげ頭に薄く毛髪がはえている。
「おじいちゃん、なんか毛が生えてきたね」
「おじいちゃんは、人に親切だから神様のごほうびよ」
 数日後、老人の頭はふさふさになった。
「なんか、最近、若はげの人、多くなったような気がするね」 

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コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
面白い (りんさん)
2018-10-21 18:22:13
何の商売だろうと、いろいろ考えながら読みました。
まさか、そういうことだったとは!
親切な老人には、気を付けなければいけませんね。
 
 
 
りんさんさん (雫石鉄也)
2018-10-22 05:23:47
ありがとうございます。
親切にはウラがあるかもしれません。気をつけねばいけませんね。
 
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