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火神(アグニ)を盗め


 山田正紀         祥伝社

 山田正紀はエンタティメント小説の万能職人作家だ。出発点のSFはいうにおよばず、ミステリー、伝奇小説、時代劇、ホラー、冒険小説とひと通りの分野で水準作以上の作品を1974年のデビュー以来40年以上にわたって発表し続けている。これはすごいことだ。その山田正紀の冒険小説の代表作がこの作品だ。
 インドに建設された原子力発電所アグニ。そのアグニ建設に関わった日本の商社亜紀商事の原発技術者工藤。その工藤が極秘にアグニに仕掛けられた爆弾を発見する。うらにはアメリカCIAの存在が。工藤はCIAのエージェントに命を狙われる。助かる方法はアグニの爆弾を取り外すこと。会社はCIAを敵に回したくない。
「会社存続のために個人は切り捨てる」これに対して工藤は「生存のために会社を利用する」かくして亜紀商事は爆弾除去チームを編成する。会社としては本音はこのプロジェクトは失敗して欲しい。工藤は助かるために成功しなくてはならない。
 で、会社が選んだメンバーは、工藤以外に落ちこぼれの社員ばかり。女性にしか興味のない社史編纂室の佐文字、謹厳実直だけがとり得の経理課の仙田、上方落語の大御所の落としだね営業部接待係の桂。
 このとても冒険には不向きな連中が実現不可能なミッションに挑む。追って来るのはCIAの腕っこき殺し屋。立ち向かうは、触圧反応装置、対地レーダー、赤外線探知装置、高圧電流、前の川には飢えたワニがうじゃうじゃ、警備するはインド陸軍の精鋭、異常ともおもえるほどの警戒厳重な、最新鋭の原子力発電所。
 小生が特に印象に残ったのは、営業部接待係の桂正太。彼は上方落語の某大物噺家が東京に来た時にできた子。認知はされていないようだ。関西の父の元では育ってない。血がなせる業が、上方落語が大好き。自分でも演じる。関西弁をしゃべる。でも、東京育ちのため関東なまりの関西弁しかしゃべれないため、プロの上方落語家にはなれない。落語以外に能力がない彼は亜紀商事で接待専門の社員として生きている。一度は高座に上がって大勢の客の前で上方落語を演じたいと思っている。
 桂正太のミッションは音響反応警備装置の無力化。ところが彼は大音響を発する機械をなくしてしまう。どうしたか。音響反応装置の前で、大声で上方落語を演じた。インドの山奥の原子力発電所の前、そこが彼の高座だ。
 大声で演じられる「夢八」ヒマラヤの山々に桂正太入魂の落語が鳴り響く。
「さあ、こっちはいっといで」「実は来てもろたんはほかでもないねんけどな」「ジンベはんなんでんの」原子力発電所内に、関東なまりの関西弁が、うわんうわんと鳴り響く。
 上方落語ファンの小生は、涙なくしてここを読めなかった。
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コメント
 
 
 
出ました! (アブダビ)
2016-08-26 02:46:25
伝説の名作!
田中光二氏と山田氏を除くと、当時は冒険小説を書く人が、生島次郎「黄土の奔流」とかしかなかったですね。
大藪や西村は少しカテゴリーが違うというか、
そもそも彼らはジャンル=自分の独立峰でしたからね。
今読んでも面白い!
戦いの素人だからこその奇想天外作戦が魅力でした。特に感心したのが、この落語と宇宙服。
山田氏は「謀殺のチェスゲーム」のようにプロの戦いも上手いけど、素人ならではの反撃を描くと抜群でしたね。
マクリーン、ヒギンズ…プロ戦士の作家と、
ハモンド・イネスみたく素人の作家がいますが、双方を描けるのは山田氏くらいでは?
ミッションを終えて、全員が自分の道を歩くところで終わるすよね。
田中氏はやはり一級の冒険小説を書ける人でしたが、アグニみたいのは見かけない。その点で山田氏が羨ましかったのでは?
年下なせいか、私にはSFってーと、ジュブナイル名作の達人である眉村卓氏を除けば、このお二人がSFと冒険小説のトップランナーなんです。それは手塚治虫でも石ノ森章太郎でもなく、永井豪世代…みたいなもんで。
その後に数年して、谷甲州「惑星CB8越冬隊」が来るんです。
でも谷先生はなかなか不幸なデビューしていらして、ハードSFファンに認められるのは「航空宇宙軍史」からなんですね。
それまでSF研に無視されていて、ワンゲル部とか山岳部に新田次郎の伝承者として愛読されてました。
山田先生は田中先生のライバルにふさわしい才能の持主なのですが、あまりに多才すぎて、田中先生に比べて、冒険小説協会でも評価が低かった気がします。
その点でも、「学園退屈男」「デビルマン」「バイオレンスジャック」「ハレンチ学園」など多才だった永井豪に似てる気がします。でも、このお二人が80年代の冒険小説ブームを切り開いたのは確かと思います!
西村も大藪も素晴らしいんですが、あの二人は
本当にローンウルフで、冒険小説協会的な山脈は作らなかったから!
そういう意味では、漫画なら「鉄人28号」から
「狼の星座」「バビル二世」「三國志」の横山光輝に大藪・西村は似てますね。
手塚=ときわ荘ラインでなく、さいとうたかお的な関西貸本劇画作家でもない。独立。
これらと離れた第三世代として現れた点で、
私は田中・山田両氏は永井豪だと思うんですけどね。
 
 
 
記事と関係ないすけど (アブダビ)
2016-08-26 03:07:59
「狙われた学園」や「ねじれた町」などジュブナイルSFの名作を産んだ眉村先生も立ち上げて下さいよ!
何かと言うと、筒井康隆「時を駆ける少女」でしょう?
でも70年代にジュブナイルで名作を次々と産んで、80年代のSFブームを胎動したのは眉村氏と思うのですよね。それはNHK.の少年ドラマで彼が如何に多く作品を提示しているかにも現れてます。そこんとこが私は面白くないのですね。
 
 
 
感無量! (アブダビ)
2016-08-26 03:22:02
田中・山田両氏や眉村先生、谷先生、彼らが今回のシンゴジラを観たらどう思われるのだろ?
SFは確かに拡散した。
もはや特別な分野ではない!
でも…管理人さんにギャアギャア吠えたてた私は
一撃で沈没させられました(笑)!
センスオブワンダーは生きていると思います。
生きてる限りSFは不滅であります!
 
 
 
アブダビさん (雫石鉄也)
2016-08-26 10:02:37
山田正紀=永井豪というのは慧眼だと思います。なるほど、山田氏は永井氏に一脈通じてるかもしれませんね。
永井さんの「デビルマン」はいずれここでレビューしようと思って、購入してあります。
永井氏の作品で一番好きなのは「バイオレンス・ジャック」なのですが、あの長大な作品を大人買いするのは、ためらわれて、どうするか迷っています。
眉村さん、堀さん、菅浩江、山本弘、谷甲州といった作家諸氏とは面識もあり、ご交誼をいただいております。この中でも眉村さん、堀さんは大先輩であり、ときどきお会いしてます。そういう人のレビューをするのは、ちょっとためらっております。
眉村さんとは、たぶん11月ごろお会いするかと思います。そのとき「シン・ゴジラ」をご覧になったかどうかおたずねしようと思います。
 
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