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復興

 雪が降ってきた。温暖な瀬戸内気候の神戸にはあまり雪は降らない。それでも年に何回かは降る。きょうは、その年に何回かの日だったわけだ。
 久しぶりの神戸だ。何年ぶりだろう。42年ぶりか。20年前大震災があった。神戸は壊滅的な被害を受けた。当時は私は海外に赴任していた。
 私は、遠い外国で、故郷の災厄を心配するばかりだった。幸い、家族は東京の自宅にいたので事なきを得た。それでも、高校時代の友人が亡くなったと聞いた。
 長い外国勤めを終え、東京の本社に戻ってきたのが5年前だ。二人の子供も昨年社会人となった。それと時を同じくして私は定年となった。そして、長年の念願だった、ふるさと神戸への旅行が、こうして実現した。
 
 神戸電鉄湊川公園駅で降りる。私の高校は湊川にあった。いまはもうない。高校の統廃合でなくなった。校舎はある。いまは定時制高校の校舎に使われている。
 校舎はきれいに塗装しなおされていたが、私が高校生のころのままだ。あの大震災を生き残ったのだろう。なつかしい。42年ぶりに見るわが母校の校舎だ。ただし校舎だけだ。私の母校はもうそこにはない。その高校を卒業し、私は東京の大学に進学、東京の会社に就職した。
 三宮まで歩いてみよう。往きは市バスで登校していたが、下校はここから三宮まで歩いていた。当時、私の家は東灘区にあった。三宮で阪神電車に乗って帰宅する。
 湊川公園の下をくぐって大倉山の方へ歩く。なつかしい風景が広がっている。ところどころコンビニができていたり、私の記憶とは違うところもあるが、街並みは42年前と変らない。
 大倉山だ。右手に神戸文化ホール、左に市立中央体育館がある。地下鉄の駅の入り口が見える。あのころは地下鉄はなかった。その代わりに市電があった。緑色の市電が神戸の街中を走っていた。
 大倉山の交差点を南に曲がる。湊川神社の横を通る。左に神戸地裁の赤レンガの壁が見える。その湊川神社の東口から一人の婦人が出てきた。初老の私と同年代の女性だ。視線があった。彼女は少し口を開けた。
「あら、高木くんじゃない」
 42年前の面影は残っている。山沢静代。少し甘酸っぱいものが、胸の中に出た。好きだった。高校の1年と3年の時に同じクラス。明るく活発な少女。スポーツ好きで女子バレー部のエースだった。
 おとなしくスポーツよりも、読書好きな男子高校生だった私とは、違う世界の住人だった。彼女は。
同じクラスだから口はきいたことはある。でも、彼女にとっては私はその他大勢の男の子にすぎない。ところが私にとっては、彼女は、明るく輝くまぶしい存在。おくてだった私は、あこがれるだけだった。
「どうしたの。東京に行ったのではないん?」
 年は取ったが、明るさはそのままだ。
「いまも東京やで。久しぶりに神戸を見とうてな」
「こんなとこ歩いてるんやったら、高校見てきたんでしょ」
「そや」
「どう、久しぶりの神戸は」
「うん、昔と変らんな。高校の校舎もそのままやったし」
「なつかしかったでしょ」
「なつかしいな。山沢は、まだ神戸か」
「うん」
 彼女とこんなにおしゃべりしたのは初めてだ。甘酸っぱさが増してきた。
「地震はどうやった」
「だいじょうぶやったよ。家はちょっと壊れたけど」
「そら良かったな。家族は、ダンナは」
「あら、あたしずっと独身よ」
 独身とは意外だった。ボーイフレンドは山ほどいたはずだが。
「ふ~ん。あんたがね。お眼鏡に叶う男はいなかったんやな」
「いたわ。でも、彼のお眼鏡にあたしが叶わなかったみたい」
「へえ。そんな贅沢な男がおるんやね」
「そうね。それじゃ、あたしは行くところがあるから。復興した神戸をよく見ていってね。じゃあね」
 そういうと彼女は、くるっと向こうを向いて、風を巻くようにして去って行った。

 三宮のビアホールの前。待ち合わせの時間までまだ時間がある。電気シェーバーが動かなくなった。月電社で買っていこう。センター街の同じ所に店はあった。ただし月電社ではなくLABI三宮という店名になっていた。
 シェーバーを買ってビアホールに戻ると、二人は来ていた。久しぶりだ。二人とも高校の同窓生だ。きのう、ホテルから電話すると、久しぶりに会おうということになった。42年ぶりだ。一人が兵庫の医院の息子で、その医院のホームページの電話に架けると、彼は親のあとを継いで院長になっていた。もう一人はその医院の患者だ。
「ではひさしぶりの高木くんの帰神を祝って、かんぱい」
 私と、この二人、それにもう一人清水という男と、4人は高校で特に仲が良かった。二人は医者と患者だからしょっちゅう会っている。私は高校卒業以来だ。清水は震災で死んだ。
「高木もあまりかわってへんな」
「そやな。ワシはまだ毛があるけど」
 二人とも見事な光頭だ。
「いやあ。男は頭がこうなってこそ、いっちょう前やで」
「うれしいな。今日はちょっとぐらい、ようけ飲んでもええやろ。センセ」
「そやな。尿酸値も前回より下がってるし、ま、きょうぐらいはええやろ」
「来年で震災から20年やな」
「そや。どや、高木、神戸は変わったか」
「びっくりしたわ。ワシ、神戸の被害はテレビや新聞でしか知らんけど、あれだけの大震災で、ようこんなに復興したな」
「そやろ」
「昔、よう行った月電社、店名が変ってたのはびっくりしたで」
「あそこも地震で店舗が全壊して、それが影響して経営が傾いてカワダ電機の傘下になったんや」
「そうか。やっぱ地震の影響は大きいんやな。ところで山沢ちゅう女の子憶えてるか」
「憶えとるで。バレー部のごっつい可愛い子やった」
「かわいかったな。なんや高木、お前、あの子好きやったんか」
「うん」
「告白せんかったんか」
「うん」
「あの子の姉とワシの姉が友だちやねん。で、姉に聞いたんやけどな、あの子、お前が好きやったんやで」
「ええ、ほんまか」
「いや、高木には悪いけど、あの子が好きやったんは、死んだ清水や。そうワシは聞いたで。センセの話とちゃうけどな」
「あのう、ワシ、きのう山沢と会ったで」
「うそや。山沢も地震で死んだんやで」

 タクシーが新神戸に着いた。新幹線の新神戸の駅は、神戸の中心地三宮から少し離れている。ポートアイランドのホテルを出て、タクシーで市役所の前のフラワーロードを通り、加納町の交差点を過ぎて、ここまで神戸の街を改めて見た。きれいに街は復興したように見える。しかし、神戸は本当に復興したのだろうか。私にはそうは思えない。
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