最初から読む
7.茨城県小川町・航空自衛隊百里基地(AB)
7月11日 2228時
暗闇の中、基地内では、第401基地防空隊が警戒態勢に入り、隊員たちは、配置に就いていた。
対空機関砲VADSも漆黒の空の闇に睨みを利かせていた。陸自第1空挺団の普通科群が基地のフェンスの周囲を警戒している。
百里基地には第204飛行隊と第305飛行隊の要撃戦闘機部隊が所在している。
使用機は、どちらの部隊もF-15Jである。
その他に、RF-4E/RF-4EJ偵察機を装備する偵察航空隊第501飛行隊、UH-60Jヘリ、U-125A救難捜索機を装備する百里救難隊、基地を防衛する第401基地防空隊、第12移動警戒隊が所在している。
いわき人民軍による百里基地の占領が予想される為、第401基地防空隊の他に、陸自第1空挺団普通科群、対戦車隊が基地の防備に当っていた。
基地内に配備してある航空機はいわき人民軍による破壊を避ける為、他の基地に退避させてある。要撃戦闘機のF-15J、偵察航空隊のRF-4E偵察機は、入間、在日米軍横田基地へ、救難ヘリは海自下総基地、陸自木更津駐屯地などに分散させてある。
いわき人民軍によるECM(電子妨害)の為、水戸以北の無線通信は麻痺状態で、状況が把握できない有様であった。
北部警戒管制団のレーダーサイトは完全に機能を失い、各警戒群(ACW)からの連絡が途絶えた。加茂の33ACW、山田の37ACWなどの防空監視所(SS)からの回線も切れている。
また、中部警戒管制団の大滝根にある27ACWからも連絡が途絶えている。27ACWはいわき人民共和国の眼と鼻の先にあるレーダーサイトなので、いわき人民軍に占拠された可能性もある。
峯岡山の44ACW、輪島の23ACWなど、水戸以南のレーダーサイトは正常に活動している。
第401基地防空隊の橘二等空佐は、隊舎の中にある本部でコーヒーを飲みながら、基地全体の配置図を睨んでいた。
警戒体制に入ってから家には一度も帰っていない。いわき人民軍は、何時、基地を攻めて来るのか、苛立ちが募っていた。
いわき軍の攻撃によって、戦闘に巻き込まれない様、既に基地周辺の住民たちは警察によって避難させてある。
「隊長、少しはお休みになったほうがいいですよ」
本部要員の山内二等空曹が、気を利かせて言った。
「ありがとう。でも、いわ軍が何時、狙って来るかもわからん。それを思うと寝られんのだよ」
橘は、答えた。
「そんなに心配しないでください。仮に、いわ軍が攻めて来ても、わが基地防空隊の他に、陸自最強の第1空挺団が一緒に守ってくれてますから。基地の防備は完璧です」
「しかし、北は、いわ軍のECM(電子妨害)により、航空機はおろかACW(レーダーサイト)も活動出来ないんだ。敵に制空権を握られているから、どうやって、この基地を攻めて来るのか敵の動きが読めない」
橘は困惑し、腕を組んだ。
「敵は、恐らく航空攻撃を最初にかけてくるでしょう。それから、空挺又はヘリボーン攻撃をかけ、基地を占拠しに来るでしょう」
「空挺、ヘリボーンか?そうなると、勝算は我々にあるな。空挺部隊は軽装備だからな」
橘は、楽観的に言った。
空挺部隊、ヘリボーン部隊は、航空機によって空中を機動し、敵が直接支配しているか、またはその脅威を受けている地域に、落下傘で降下、あるいは、ヘリで降着し、以後の本格的地上作戦の前哨戦を行う。
だが、航空機で移動する為、装備は小銃、機関銃などの軽装備で、対戦車火器に乏しいといった弱点を持つ。その為、敵の機甲化部隊に遭遇するケースでは瞬く間に制圧されてしまう場合もある。
第二次大戦のヨーロッパ戦線における「マーケット・ガーデン作戦」では、イギリス軍第1空挺師団がアルンヘム橋の攻防で、ドイツSS第9機甲師団に包囲され、作戦は失敗している。
また、旧日本軍のフィリピン戦線でのレイテの戦いでも、高千穂空挺隊がブラウエン飛行場に降下したが、結局は米第96師団の反撃にあって敗走している。
この様に過去の戦史を見てみると、空挺作戦が成功した例は数少ない。
「ですが、敵の規模が不明です。空挺、ヘリボーンを支援する部隊も来るでしょうから・・・」
と、山内が言った。
「いわきのECM(電子妨害)さえなければな・・・」
橘は、苦虫を噛んだような表情をした。
その時、電話が鳴り響き、橘は受話器を取った。
「401基地防空隊本部、橘二佐です」
『中部航空方面隊SOCです。栃木県奈良部山の第2移動警戒隊、茨城県つくば山の第12移動警戒隊のレーダーが国籍不明機を捕捉しました。日本海側から百里ABに向かっています。機影多数』
電話は、入間の中部航空方面隊指揮所からだった。
「なんだって!!機種は?」
橘の表情がこわばり、体に緊張感が走った。
『戦闘爆撃機、それに輸送機も含まれてます。百里ABは防空迎撃体制に入って下さい』
SOCの隊員も緊張している様だった。
「橘二佐、今の電話は?」
山内が、電話を終えた橘に訊いた。
「敵が来るぞ!戦闘配置に着くんだ!警報ーッ!!」
橘は椅子から立ち上がって、叫んだ。
その時、深谷二等空曹と坂内三等空曹が部屋に入って来た。二人とも血相を変えている。
「隊長、大変です!管制塔のレーダーが国籍不明機が基地に接近して来るのを捉えました。第3高射隊のペトリオットも迎撃体制に入りました」
深谷二曹が報告した。
第3高射隊は、霞ヶ浦分屯地にあるペトリオット部隊である。
「ようし、武器庫を開けろ!」
橘は、怒鳴った。
外で爆発音が響き、建物が小さく揺れた。歩哨犬が夜の闇に吠えた。
サイレンが鳴り響いた。
橘が電話に飛び付き、警備隊を呼び出した。
「基地防空隊長だ、一体、何が起きた!」
橘は、受話器を握りしめながら怒鳴った。
その間に、今度は銃声が聞こえた。
『03滑走路付近から、敵が侵入した模様です。現在、陸自と警備隊が応戦中です』
「なんだって!」
橘は、強張った顔で電話を切ると、
「VADS、短SAMは迎撃体制に入れ!」
と、深谷や山内に怒鳴った。
武器庫から、64式小銃やスティンガーを取り出して来た深谷たちは頷き、外へ向かった。
外では、まだサイレンが鳴り響き、侵入した敵に対処する為、警備隊や基地業務群の隊員たちがランクルやニッサン・パトロールなどの車輌に乗って、現場である03滑走路に向かって行った。
* * * * *
8.同時刻 航空自衛隊 霞ヶ浦分屯地
霞ヶ浦分屯地の地対空誘導弾ペトリオットは、箱型コンテナの発射台の角度を漆黒の空に上げて、いつでも発射出来る態勢に入っていた。
霞ヶ浦分屯地に配備されているペトリオットは、湾岸戦争でも有名になった実戦配備最新型の「PAC-2」で、強力な電波妨害下で同時に複数目標に対処出来る中距離対空迎撃システムの最高峰である。
だが、弾道ミサイル迎撃には不充分で、自衛隊ではあくまで対航空機用としている。
ペトリオットは、ナイキJの後継として1988年より導入され、本年で更新が完了する予定になっている。
ペトリオットは、レーダー装置1基、迎撃管制ステーション1基、アンテナマストセット1基、発射台1基をワンセットで運用し、すべてトレーラーやトラックで移動可能となっている。
亡命軍が、百里基地に向かっているとの情報があり、霞ヶ浦に展開している第3高射隊は迎撃態勢に入っていた。更に、その前にある習志野の第1高射隊、武山の第2高射隊は、いわき人民軍のスカッドミサイルに対処する為、24時間迎撃態勢に入っている。
よって、対航空機用に対処可能なのは、ここ第3高射隊だけである。
「発射スタンバイ!目標、敵航空機」
管制員が叫ぶ。
「一機たりとも、百里には近づけるな!」
佐伯二等空尉は、緊張した表情で怒鳴った。
「発射準備よしッ!」
発射管制空曹が報告する。
「発射ッ!!」
発射台の箱型コンテナからペトリオットミサイルが、炎を吹き上げて次々と飛び出して行った。
ペトリオットから、航空機は逃れられない。佐伯二尉は、そう思いながら夜空を睨んだ。
* * * * *
次回へ
7.茨城県小川町・航空自衛隊百里基地(AB)
7月11日 2228時
暗闇の中、基地内では、第401基地防空隊が警戒態勢に入り、隊員たちは、配置に就いていた。
対空機関砲VADSも漆黒の空の闇に睨みを利かせていた。陸自第1空挺団の普通科群が基地のフェンスの周囲を警戒している。
百里基地には第204飛行隊と第305飛行隊の要撃戦闘機部隊が所在している。
使用機は、どちらの部隊もF-15Jである。
その他に、RF-4E/RF-4EJ偵察機を装備する偵察航空隊第501飛行隊、UH-60Jヘリ、U-125A救難捜索機を装備する百里救難隊、基地を防衛する第401基地防空隊、第12移動警戒隊が所在している。
いわき人民軍による百里基地の占領が予想される為、第401基地防空隊の他に、陸自第1空挺団普通科群、対戦車隊が基地の防備に当っていた。
基地内に配備してある航空機はいわき人民軍による破壊を避ける為、他の基地に退避させてある。要撃戦闘機のF-15J、偵察航空隊のRF-4E偵察機は、入間、在日米軍横田基地へ、救難ヘリは海自下総基地、陸自木更津駐屯地などに分散させてある。
いわき人民軍によるECM(電子妨害)の為、水戸以北の無線通信は麻痺状態で、状況が把握できない有様であった。
北部警戒管制団のレーダーサイトは完全に機能を失い、各警戒群(ACW)からの連絡が途絶えた。加茂の33ACW、山田の37ACWなどの防空監視所(SS)からの回線も切れている。
また、中部警戒管制団の大滝根にある27ACWからも連絡が途絶えている。27ACWはいわき人民共和国の眼と鼻の先にあるレーダーサイトなので、いわき人民軍に占拠された可能性もある。
峯岡山の44ACW、輪島の23ACWなど、水戸以南のレーダーサイトは正常に活動している。
第401基地防空隊の橘二等空佐は、隊舎の中にある本部でコーヒーを飲みながら、基地全体の配置図を睨んでいた。
警戒体制に入ってから家には一度も帰っていない。いわき人民軍は、何時、基地を攻めて来るのか、苛立ちが募っていた。
いわき軍の攻撃によって、戦闘に巻き込まれない様、既に基地周辺の住民たちは警察によって避難させてある。
「隊長、少しはお休みになったほうがいいですよ」
本部要員の山内二等空曹が、気を利かせて言った。
「ありがとう。でも、いわ軍が何時、狙って来るかもわからん。それを思うと寝られんのだよ」
橘は、答えた。
「そんなに心配しないでください。仮に、いわ軍が攻めて来ても、わが基地防空隊の他に、陸自最強の第1空挺団が一緒に守ってくれてますから。基地の防備は完璧です」
「しかし、北は、いわ軍のECM(電子妨害)により、航空機はおろかACW(レーダーサイト)も活動出来ないんだ。敵に制空権を握られているから、どうやって、この基地を攻めて来るのか敵の動きが読めない」
橘は困惑し、腕を組んだ。
「敵は、恐らく航空攻撃を最初にかけてくるでしょう。それから、空挺又はヘリボーン攻撃をかけ、基地を占拠しに来るでしょう」
「空挺、ヘリボーンか?そうなると、勝算は我々にあるな。空挺部隊は軽装備だからな」
橘は、楽観的に言った。
空挺部隊、ヘリボーン部隊は、航空機によって空中を機動し、敵が直接支配しているか、またはその脅威を受けている地域に、落下傘で降下、あるいは、ヘリで降着し、以後の本格的地上作戦の前哨戦を行う。
だが、航空機で移動する為、装備は小銃、機関銃などの軽装備で、対戦車火器に乏しいといった弱点を持つ。その為、敵の機甲化部隊に遭遇するケースでは瞬く間に制圧されてしまう場合もある。
第二次大戦のヨーロッパ戦線における「マーケット・ガーデン作戦」では、イギリス軍第1空挺師団がアルンヘム橋の攻防で、ドイツSS第9機甲師団に包囲され、作戦は失敗している。
また、旧日本軍のフィリピン戦線でのレイテの戦いでも、高千穂空挺隊がブラウエン飛行場に降下したが、結局は米第96師団の反撃にあって敗走している。
この様に過去の戦史を見てみると、空挺作戦が成功した例は数少ない。
「ですが、敵の規模が不明です。空挺、ヘリボーンを支援する部隊も来るでしょうから・・・」
と、山内が言った。
「いわきのECM(電子妨害)さえなければな・・・」
橘は、苦虫を噛んだような表情をした。
その時、電話が鳴り響き、橘は受話器を取った。
「401基地防空隊本部、橘二佐です」
『中部航空方面隊SOCです。栃木県奈良部山の第2移動警戒隊、茨城県つくば山の第12移動警戒隊のレーダーが国籍不明機を捕捉しました。日本海側から百里ABに向かっています。機影多数』
電話は、入間の中部航空方面隊指揮所からだった。
「なんだって!!機種は?」
橘の表情がこわばり、体に緊張感が走った。
『戦闘爆撃機、それに輸送機も含まれてます。百里ABは防空迎撃体制に入って下さい』
SOCの隊員も緊張している様だった。
「橘二佐、今の電話は?」
山内が、電話を終えた橘に訊いた。
「敵が来るぞ!戦闘配置に着くんだ!警報ーッ!!」
橘は椅子から立ち上がって、叫んだ。
その時、深谷二等空曹と坂内三等空曹が部屋に入って来た。二人とも血相を変えている。
「隊長、大変です!管制塔のレーダーが国籍不明機が基地に接近して来るのを捉えました。第3高射隊のペトリオットも迎撃体制に入りました」
深谷二曹が報告した。
第3高射隊は、霞ヶ浦分屯地にあるペトリオット部隊である。
「ようし、武器庫を開けろ!」
橘は、怒鳴った。
外で爆発音が響き、建物が小さく揺れた。歩哨犬が夜の闇に吠えた。
サイレンが鳴り響いた。
橘が電話に飛び付き、警備隊を呼び出した。
「基地防空隊長だ、一体、何が起きた!」
橘は、受話器を握りしめながら怒鳴った。
その間に、今度は銃声が聞こえた。
『03滑走路付近から、敵が侵入した模様です。現在、陸自と警備隊が応戦中です』
「なんだって!」
橘は、強張った顔で電話を切ると、
「VADS、短SAMは迎撃体制に入れ!」
と、深谷や山内に怒鳴った。
武器庫から、64式小銃やスティンガーを取り出して来た深谷たちは頷き、外へ向かった。
外では、まだサイレンが鳴り響き、侵入した敵に対処する為、警備隊や基地業務群の隊員たちがランクルやニッサン・パトロールなどの車輌に乗って、現場である03滑走路に向かって行った。
* * * * *
8.同時刻 航空自衛隊 霞ヶ浦分屯地
霞ヶ浦分屯地の地対空誘導弾ペトリオットは、箱型コンテナの発射台の角度を漆黒の空に上げて、いつでも発射出来る態勢に入っていた。
霞ヶ浦分屯地に配備されているペトリオットは、湾岸戦争でも有名になった実戦配備最新型の「PAC-2」で、強力な電波妨害下で同時に複数目標に対処出来る中距離対空迎撃システムの最高峰である。
だが、弾道ミサイル迎撃には不充分で、自衛隊ではあくまで対航空機用としている。
ペトリオットは、ナイキJの後継として1988年より導入され、本年で更新が完了する予定になっている。
ペトリオットは、レーダー装置1基、迎撃管制ステーション1基、アンテナマストセット1基、発射台1基をワンセットで運用し、すべてトレーラーやトラックで移動可能となっている。
亡命軍が、百里基地に向かっているとの情報があり、霞ヶ浦に展開している第3高射隊は迎撃態勢に入っていた。更に、その前にある習志野の第1高射隊、武山の第2高射隊は、いわき人民軍のスカッドミサイルに対処する為、24時間迎撃態勢に入っている。
よって、対航空機用に対処可能なのは、ここ第3高射隊だけである。
「発射スタンバイ!目標、敵航空機」
管制員が叫ぶ。
「一機たりとも、百里には近づけるな!」
佐伯二等空尉は、緊張した表情で怒鳴った。
「発射準備よしッ!」
発射管制空曹が報告する。
「発射ッ!!」
発射台の箱型コンテナからペトリオットミサイルが、炎を吹き上げて次々と飛び出して行った。
ペトリオットから、航空機は逃れられない。佐伯二尉は、そう思いながら夜空を睨んだ。
* * * * *
次回へ