totoroの小道

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追求方式による校内研修

2008-11-08 17:39:54 | 国語

校内研修で、市川先生の指導案にしたがて「一つの花」の模擬授業を行いました。先生役は、研修主任の川村先生です。

最初に、「おとうさんが、コスモスの花を見つけるまでの3人の様子を振り返る」という活動です。

「ゆみ子は?」
『ひとつだけちょうだいって、泣き出した。』
「お母さんは?」
『ゆみこをあやした。』
『いっしょうけんめい、あやした。』
『ばんざい....』
ここで市川先生が、
「ここでは、議論するのでなく、さっと出して前時を振り返られるようにしたいのです。せっぱ詰まった状況であることは前時に学んでおき、ここでは19段落のあたりからすぐに出るようにしておきます。」
と話されます。
「じゃあ、お父さんは、ぷいといなくなった。だね。」

次に
「今日の問題は、お父さんがコスモスをとりに行ったのはだれのためだろう?」
と大問題をだします。
『ゆみ子』
『ゆみ子とお母さん』
『お母さん』
『お父さん』
とだされます。
「どれにするか、決をとります。」
『ゆみ子』            2人
『ゆみ子とお母さん』 9人
『お母さん』          2人
『お父さん』          1人
となります。

ここで、校長が
「これは、お父さんだよな。だって、ほら、最後の所の、ゆみ子のにぎっている、一つの花を見つめながら―ってかいてあるものな。お父さんは、たくさんの花から一輪だけとったというのは、そこにお父さんの思いがあって、その思いを込めてわたし、最後に思いのこもった花を見つめながら行ってしまう......。」
「いやあ、おかあさんが、ゆみこをあやしているうちにだから.....」
ここで議論が始まりそうになります。すると市川先生が
「私は、一つだけは、このあときちんとあつかいたいと思います。あちこち話し合うと議論が深まりませんから、当日は、お父さんの手には一輪のコスモスがありました。までをあつかうことにしようと思います。その部分は、その次にあつかいます。それに、私は誰のためにコスモスをとったかという問題より、何のためにコスモスをとったかを考えた方がいいかなって思っているんですけど........」

じゃあ、一度ここで話し合いを切って、そっちの目当てで模擬授業をすると、どうなるかやってみようと言うことになりました。


「あらためて、課題は、何のためにコスモスをとったか?です。」
『すみません、その課題に主語を入れてください。』
「お父さんは、何のためにコスモスをとったか?」
『お父さんが、お父さんのためにコスモスをとったのは変だもんね。』
『①ゆみ子をなきやませるため。』
『②明るく別れるため。』
『③困っているお母さんを助けるため。』
『④自分が出征するとき笑顔で別れるため。』
『あれっ、この課題にすると、お父さんは消えるね。』
『そうだね。なんか自分勝手みたいになっちゃうね。』
『つまり、課題の作り方によって、そのとき選択してほしくない選択肢を消すことができるんだ。』
『ちょっと待ってよ。これっておかしいよ。答えは①になるに決まっているよ。』
『えっ、どういうことですか。もっと詳しく言ってください。』
『だって、②も③も④もゆみ子が泣きやむことが前提でしょ。だから、何のために花をとったかと聞くと、まず一義的にはゆみ子を泣きやますこと。そして二次的に次の目的があるんじゃないの?』
『じゃあ、目当ては、①から作ればいいね。』
『お父さんがゆみ子を泣きやませるのは何のためだろう?』
『①家族と明るく別れるため。』
『②困っているお母さんを助けるため。』

「そしたら、それはどの文から分かりますか?」
①ゆみちゃんいいわねえ。おとうちゃん、兵隊.....
②ゆみ子は、とうとう泣き出してしまいました。
③お母さんがゆみ子を一生懸命あやしているうちに
④ゆみ子の握っている一つの花をみつめながら
『え~と、私は①です。このお母さんが、一生懸命泣きやまそうとしている所からお母さんの気持ちが分かると思うんです。』
『僕は、③です。主語がお母さんとなっているでしょ。お父さんが行動を起こす前に見ていたのは、お母さんです。』
『ゆみ子がなきだしたのは、とうとうからです。最後の最後に泣き出したから②を学んだ方がいいと思います。』

困りました。指導案は、③で考えています。

そこでこんな意見が出ました。
『確かに、展開の核を話し合うことは大事です。しかし、問題から対立する選択を作り、そこを解く展開の核を見つけようとすると、大人でもこれだけ時間を掛けても終わりません。ここまでは、前時にやっておきましょう。』
すると平野先生が
『その通りだと思います。本時で話し合いたいことは、お父さんがゆみ子を泣きやませるのは何のためだろう?でしょ。この手の授業で一番時間が掛かるのは、今までの授業を見てきても実は今みんなで行った模擬授業で行った作業です。ここを前時にやっておかないと、せっかく大事なところを話し合おうとしたときに、十分な時間が取れなくなります。問題から対立する答えを作り、展開の核も見つけておきます。そうすると、子どもたちは自発的に調べ学習を行い、より深い意見を持って本時に臨むでしょ!!』
『なるほど。』
と、ため息がでます。

今まで、指導案検討は、指導案をもとに行いました。すると、目当てや単元目標だけで時間をとり、本時をじっくり話し合えません。また、一部の人だけが意見を言い、後の人はよく分からない議論が続きます。
しかし、こうして黒板に教材を貼り、職員が子どもになったつもりで話し合うと、誰もが参加でき、その人なりに授業のノウハウを盗み合うことができます。

ところで、今日、この研修方法を研修主任に、強く押したのは教頭先生です。

「子どもたちに追求方式の授業をやれって言ってるけどさあ、校内研修は従来のままで変わってないじゃない。校内研修だって、追求方式でやったらさあ、全員参加の研修になって、全員が学べるじゃん!!」

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2 コメント

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すばらしい校内研修 (Mrヒデ)
2008-11-09 16:19:05
 ○斎藤喜博の授業形態のあらましは、予備学習→独自学習→相互学習→整理学習→練習学習というように行う。
 私たちの実践している「追求方式の授業」では、上記でいうと、相互学習にあたるところに多くの力を入れているようである。つまり、整理し、決定された学級の問題を対象として、発表を中心として行われるところである。
しかし、この相互学習に至るまでの学習がどうも私は不十分であるように思われる。だから、一人一人が問題に対する明確な読み取りを持たないままに授業が展開されるため、目標からずれた話し合いになったり、余分な時間をとってしまったりするのではないかと思う。
斎藤喜博は、この相互学習の前の独自学習に多くの時間を使っている。つまり、ここでの学習により、一人一人が学習問題に対して、自分で調べたり、友だちと話し合ったり、教師に質問したりして、考えをまとめておく、そして相互学習に備えておくのである。この時間を数時間とるというのである。
「追求方式の授業」では、ここの時間が見えにくいと言うか、あっさりとやってしまう傾向があるために、相互学習(一斉学習)での子どもの考えが十分に出ないのではないかと思う。もう少し一人一人に考えを持たせて相互学習に向かわせたい。
 ○「子どもたちに追求方式の授業をやれって言ってるけどさあ、校内研修は従来のままで変わってないじゃない。校内研修だって、追求方式でやったらさあ、全員参加の研修になって、全員が学べるじゃん!!」これ素晴らしい考えだね。大賛成です。
見えてきてもの (totoro)
2008-11-09 20:48:00
また今度、ゆっくりお話ししたいと思いますが、その辺りも含めて、見えてきたことがたくさんあります。昨年までは、自分の学年のことで精一杯でした。今年それぞれの学年の先生と話し合う機会が毎日のように持たれています。その中で、漠然とそれぞれが感じていたこと、それぞれが宮坂先生から教えてもらったことが、少しずつ見え、結びつき、言葉になってきているのです。

「相互学習の前の独自学習」もしかりです。今19日の指導案づくりに光明小の総力を挙げて取り組んでいます。その中で、本時は、「大問題」の解決に「展開の核」一文で勝負するという暗黙の了解ができつつあります。

そうなるためには、本時は、それ以外の全ての活動を排除します。問題づくりも、その問題の対立する答えも、それを解くための「展開の核」を選ぶ作業も本時では行いません。前時を振り返る活動もほとんど行いません。前もって、それらは子ども達に手の内を全てさらけ出しておきます。

そうすれば、子ども達は自主的にその答えや、その答えの根拠を「展開の核」から自発的に見つけた後に、授業に参加することになります。

そう思っています。

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