totoroの小道

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うれしい研修

2008-11-06 07:38:14 | 国語

19日の授業へ向け、遠山先生のたぬきの糸車の指導案検討を行いました。

遠山先生のプランは、
「おかみさんは、たぬきのことをどうおもっているのだろうか?」
という目当てに対して、
①いたずら
②かわいい
を選択させます。

展開の核は「いたずらもんだが、かわいいな。」です。

Aとして、その中の、まずいたずらについて考えます。
・木こりの困ることをした。
・穴を掘ったんだよ。
・畑の物を食べないものまでとったんだ。
・納屋の、トウモロコシも食べちゃった。
・飼っている鶏を逃がしちゃった
......
など、いたずらの数々を出します。
だから、わなを仕掛けて捕まえたいぐらい木こりは怒っていると押さえていきます。

Bとして、次に、たぬきはまだいたずらをしているかいないかを考えます。
①まだ、している。
②もう、していない。
と選択します。
・わなを仕掛けられてからはしてないよ。
・いたずらをしてたら、わなにかかるもの。
・いや、いたずらをしてるよ。
・そうだよ。人の家を覗くのだっていたずらだよ。
・覗かれた方は、いやな気持ちがするものね。
などと、のぞくことも興味本位の、ある種のいたずらであることに気付かせます。

Cとして、いたずらをして憎らしいはずなのに、「かわいいと変化したところはどこか」を探します。
・くりくりした目玉だからかわいいね。
・くるりくるりと、糸車とともに回る目玉がかわいいね。
・障子に写ったたぬきのかげが、まわすまねをしているから、かわいいね。
・おもわずふきだしたから、ここだと思うな。
・毎晩毎晩やってきて、回すまねを繰り返したことだと思うな。
などと話し合い、結果として
・それからというものとあるから、その後に気持ちの変化があるね。
と押さえます。

Dとして、何がかわいいと思えたかを考えます。
・毎晩毎晩から、一日も休まずにやってくるから。
・何回も見てると好きになるね。
・糸車を回すまねから、同じ事をしたのでうれしかった。
・繰り返しから、毎日同じ事を繰り返したから...
などとその理由を話し合います。

そして、
毎日、どんな夜でもやってきて、おかみさんがするのと同じように、糸車を回すまねを繰り返すたぬきを見ている内に、たぬきのことが大切に思えてきた。
とまとめます。

そして、じっくり音読します。


このようなものでした。

私たちは、内容が多すぎることを指摘しました。
Aだけでも、Bだけでもも、Cでも、Dでも、1年生なら十分1時間かかる内容です。

もし、「いたずらもんだが、かわいいな。」を展開の核とするなら、ここだけを話し合うべきです。と言ってみます。
だから、選択①②にいたずらと、かわいいがでるのなら、残った「だが」で1時間の授業をするべきだと話します。

しかし、そんな難しいことはできないと考えます。
私たちから考えると、遠山先生のプランの方が、1時間に行う作業が多く、かえって難しいように思います。
「だが」がでれば、その後が大切だと言うことになるから、いっぺんに問題が解決してしまいおもしろくない。また、「だが」の意味が分かる子は一部の子どもだとお話になります。
一部の子どもしか分からないのならば、それこそ、「だが」を例文で調べて、「だが」で例文を使って遊んで、どの子にも「だが」があると、その後を押さえればよいことに気付かせてあげたらよいと思います。
しかし、それでは、「だが」を扱う授業になり、たぬきも、糸車も出てこないと納得できません。もっと、たぬきやおかみさんの心情の変化を扱わなければ....
と言われます。

そこで、では、遠山先生は、どこを中心に授業を進めたいのですか?
と、問います。
すると、指導案の、「C」「D」の部分をやりたいことが分かります。
だったら、展開の核は
「毎晩毎晩やってきて、糸車を回すまねをくりかえしました。」
になりますね。
と話します。
すると、それでは、話しがおもしろくない。
子ども達が乗ってこない。
ここでは話し合えない。一部の子どもだけが話し、議論の起こらない授業になるから無理だと話します。
ただでさえ、発表する子は4~5名のクラスなのだから、もっとおもしろいところでないと無理だと考えています。

すると内山先生が、
おもしろい議論がおこるところは
「どこで、たぬきと気づいたかだよ。」
と話されます。
子ども達は、毎日本読みをしているから、くりくりした目玉がたぬきであり、そのたぬきをかわいらしく思っているおかみさんのことを知っています。だから、くりくりした目玉をかわいいと思います。その目玉が「くるりくるり」と動くのだから、かわいいと思っています。
しかし、本当にそうでしょうか?
実は、その時点ではまだかわいいとは思っていないことが、丁寧に読むと分かってきます。


月がきれいな晩とはいえ、まだ障子には月明かりはあたっていません。
つまり、ほぼ外は薄明かりで、その中に部屋のあんどんの光にほのかに照らされた、2つのくりくりした目が見えるだけです。
なんだろう。
こわいものかな?
なんだか、のぞかれていると落ち着かないなあ
あたりを思うのだと思います。
ただし、「きゃーっ」などと叫ばないし、逃げないのだから、恐怖を感じているわけではないと思います。
そのうちに、その目玉が「くるりくるり」と動きます。
子ども達は、くるくる回ったととらえるのでしょうが、くるりくるりは辺りを見回してあっちこっちを見ることです。かわいいと言い切れるものでもありません。
そのとき、ぱっと月が雲(又は山)からでて、たぬきの影が映り、な~んだ、たぬきかと思います。
そして、思わず=なにも思っていない(かわいいとも、いたずらとも本人は自分の気持ちに気づいていない)で、吹き出します。おそらく、滑稽だったのです。おかしいなあと言う気持ちだと思います。
この時点ではまだ、たぬきはかわいい存在ではありません。
だから、このように目の絵を描いたりしながら読み解けば、子ども達の思いこみを「はっ」と気づかせるおもしろい授業になるよ。
と提案してくれます。
わたしも、結局時間の経過をおいながら、細かく切って、その時間その場面でどこまで見えているのか、物語のシュチュエーションをはっきり見せてあげると、思いこみが無くなり、皆が同じ舞台に立って議論できるよと話します。

しかし、遠山先生は、そこは大事ではない。大事なのは、その後ろの、「毎晩毎晩やってきて糸車を....」が大切だと話されます。
それなら、担任の思いこみがあるその部分を展開の核として授業をしましょうと話すと
つまらない授業なるから、ここだけでは授業はできない。
Aの活動でたくさん話させてあげて、
Bの活動でたくさんはなさせたあげて、
それから、Cで場面を切っていって
Dで少しおもしろくないけど、なるほどここかあと思わせてあげたいと話されます。

大丈夫、子ども達は賢いから、きっと「毎晩毎晩やってきて糸車を....」だけで1時間話し合えるよと、話すのですが.......


そこで、以前私の行った「たぬきの糸車」のビデオを持ってきて少し見てもらいます。
すると、前半部分は、個人読み、全体読み・ペア読み、そして代表ペアの読みと延々10分ぐらい読む活動がでてきます。その後、フリートークで、ぼくはね...うちの人がくるくるとくるりくるりは違うって教えてくれたんだけどね.....と、とぎれずに楽しそうな話し合いが続きます。

こんなふうに、読む活動をたくさん入れれば、「いたずらもんだが、かわいいな。」のだがですぐに結論がでても、十分授業になると思うけど.....
と話すと、先生のクラスとわたしのクラスは違って.....それで.....
と話されます。
わたしのクラスだって同じ1年生なんだし、ビデオでは分からないけれど負けず劣らず手のかかる子はたくさんいました。
ともかく、どこを扱ってもいいけれど、問題をしぼることと、このビデオのように子ども達が主役であることを考えましょう。
この指導案のままだと、一問一答になる可能性が高いと思います。
と話しますが.........

このとき、それまで話しをじっと聞いていた市川先生がこう話されました。

私、最初は、追求方式の授業がよく分からなかったんだ。とても難しいことを言っていると思っていたんだ。
でもね、今日の話し合いがよく分かったんだ。先生達が言おうとしていることも分かったんだ。だから、先日の私の指導案がこの学校のやり方と違うこと、この学校のやろうとしているとも、今日の話しを聞いたり、先日もらったたたき台の指導案を見ていてがよく分かってきたんだ。だから、私の指導案は、またいつかこのままやってみたいんだけど、今はしまっておくね。
あのね、こうやって分かったのは、こうして話し合いの輪に入ってみたからなの。話し合いの輪に入ってみないと、この研修でやろうとしていることは見えてこないんだね。
私、この新しく作った指導案でやってみたいんです。次回の検討会までに検討しておいて、どこをどうしたらいいのか、教えてね。
と。

なんだが、じーんとしてしまいました。

嬉しい研修になりました。

それ時を同じくして、遠山先生が、やりたい活動がたくさんあるけれど、それはやってはだめだということではなく、単元計画の中でもちろん行うのだけど、その中のどこか一部に絞った本時の部分だけを指導案にしていこうと決意し始めます。


つまり、遠山先生の考えている指導は、単元計画だったのです。これを分かってもらうには、これと、これと、これを押さえて、それからここを扱おうと思っています。それを1時間で行うから、優秀な数名しか発言しなくなるのです。1時間で行おうとしていた授業を、何時間かに分けて、丁寧に扱えば、だれもが同じ土俵の上にたって話し合いが進むし、遠山先生の大事だと思った押さえもすべて学習できます。
ただ、お客さんの前で、その全てを見せるのか、その一部を見せるのかのちがいになります。
議論の末、そんなことが見えてきました。

時計は、9時を回っていました。

 

 

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話し合い、分かり合う楽しさ (Mrヒデ)
2008-11-06 09:26:18
 私がブログに書いた「納得してもらうのは難しい」ように「追求方式の授業」の理解は、先生方の今までの経験がじゃまをして、なかなか困難である。
 酒井先生のこのブログ「うれしい研修」の中でもそれを物語っていますね。
 「追求方式の授業」の特徴のひとつは一点突破というか、こことここを解き明かすと他(大問題等)が一気に解決するというところがあります。それが授業の面白さであり、深みであり、立体的で構造的なところだと思います。このような授業は必ず子どもたちの思考力を必要とします。また、他者と協力しなくてはできません。
 今までの国語の授業は、系統的というか、項目的というか、逐条的というか、そんな授業が多かったと思います。これは、ちょっと考えると、子どもたちにとってとても分かりやすい授業のようですが、ちっとも面白くありません。考えるということも少ないです。ディスカッションもいりません。また、子どもたちの学習の定着や記憶も少ないです。
 さて、遠山先生の「たぬきの糸車」の学習展開の説明を読んだとき、とてもよく学習の手順がされているなーと感心しました。そして、これは単元計画なんだと捉えました。そうです、1時間では無理ですね。こういう単元計画を持ちながら、この1時間は何を追求させようかと考えたいです。しかも、その課題は子どもの好奇心と挑戦欲をかき立てるものでないといけないと思います。遠山先生の検討を祈ります。
 市川先生も理解を示してくれているのは、やはり仲間に入って話し合ったからでしょうね。よかったね。

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